騎士団
「ということで、名前には今後Knightsを重点的にプロデュースしてもらうと」
「ということでの前に文がなかったから、ということでって言われてもはいって言えないんだが?」
昼休みに突然呼び出されたらこれだ。何が何だかとちんぷんかんぷんな顔をしている名前だが、その手の動きは淀みない。元々生徒会の仕事の手伝いをするために呼び出されたため、手伝いだけで終わるのかと思いきや、これだ。サインが疲れたなどとほざきやがる兄の代わりに、最後の一枚に"天祥院"とサインを入れた名前がそれをボックスに入れる。放課後になれば桃李や弓弦が書類を持って校内をひぃこら言いながら走り回るのだろう。ご苦労な事だな、名前は心の中で呟いた。
「不満かい?」
「………」
「転校生ちゃんと二人三脚でTrickstarのプロデュースを続けていきたいのは分かるよ。でも、出来たてほやほやの彼らに、名前は過剰戦力じゃないかな」
「年末の『SS』の出場が決まってるんだよ。Trickstarは駆け出しのグループでまだ全国的な知名度がない。知名度を広げようにも、北斗先輩の両親のネームバリューだけじゃ心もとない。お姉さまはこの業界に入ったばかりだから右も左も分からない。となると私がサポートしながら、Trickstarを押し上げて『SS』で決勝まで残れるように、天祥院の名前を使ってでもお手伝いをするべきなんです。もしかして、お兄様はTrickstarを、『SS』で勝たせる気がないんですか?」
「そうとは言ってないよ。怒らないで欲しいな」
「名前は怒ってるんですよお兄様。この間だって夢ノ咲学院でテロ騒動が起きたではありませんか。弓弦に言わせればTrickstarの偵察のために仕掛けられたものだとか」
「その件に関しては僕もちょっと怒ってるんだ」
「じゃあ!」
「名前」
英智の声に、立ち上がりかけた名前が押し黙った。大人しく自分の椅子に座った名前を見て、英智は大きくため息をついた。
「名前はこのまま、転校生ちゃんの成長を止めるのかい」
「………」
「この業界は厳しい。名前もよく知っているよね。だらこそ、転校生ちゃんにもTrickstarにも気持ちよく活動して欲しいからサポートをしたい。それは分かっているよ、僕だって同じ気持ちを少しは持っている。でもそれじゃあ、彼らは何も出来ないままになるんだよ。私たちが母親のように彼らにて手取り足取りあんよが上手、あんよが上手と例えば『SS』が優勝するまで歩くのを手伝ったとしよう。その後は?名前だって家の仕事があるし、Trickstarに、転校生ちゃんに掛かりっきりには出来ないよね。子供はずっと母の庇護で生きていけない。いつかは親の手元を離れて羽ばたかなければならない」
仕事始めに淹れた紅茶は、既にぬるくなっていた。冷めても美味しい紅茶でよかった。そう呟いて、英智は紅茶を飲み込む。
「遠くない未来、彼らは大きな障害に立ちはだかるかもしれない、大きな失敗をするかもしれない、見えない陰謀に巻き込まれ、貶められるかもしれない。彼らの進む道には、たくさんの罠と地雷が張り巡らされているかもしれない。僕はね、これから一切Trickstarの手助けをするなとは言ってないんだよ、名前。でも、ずっと手助けをしろとも言っていない。僕はね、彼ら自身に自分たちに起きた問題を解決して欲しいんだ。名前はたまに様子を見に行って、たまに手助けして、たまに罠や地雷を除去するだけでいいんだよ」
もちろん、目も背けられないような大きな地雷や罠が設置された時は、僕達が、天祥院が全力を持ってそれらを除去し、道を平にして、心穏やかに進めるようにするよ。名前から回された、英智にしかサインできない書類を持ち上げた英智が、それに目を通した。
「それに、僕達も言うほどその道のプロではないよ」
「それは、知ってる」
「彼らには失敗を沢山して欲しい。僕みたいに」
「その言い方だとさすがに性格が悪すぎでは?」
「続きがあるんだよ、失敗して、乗り越えて、強くなって欲しい」
「少年漫画の主人公みたい」
「ふふ、そうだね。だから名前には、Knightsに行って欲しいんだ」
「だから文脈おかしいんだって」
何がだからよ、どういう風の吹き回しでこうなってるのよ。弓弦が隠したクッキーを難なく探し出して箱を開ける。真ん中にイチゴジャムが詰められたそれをつまみあげた名前は、サクリとそれを齧った。ジャムの甘さが、体に染みる。
「この間の【DDD】の一件で、Knightsは活動資金の一部を没収されて謹慎状態になっている。詳しくいえばドリフェスの参加禁止だね」
「ほーへ」
「こら、口にものを入れて喋らない」
「んぐ、そうね」
「よろしい。まぁ瀬名くんに変わって鳴上くんがリーダー代理をしているから、よほどのことが起こらないと思うけど、名前には監視として行って欲しいんだ……というのは建前でね」
「建前かーい」
「あそこはほら、朱桜さんちの司くんが居るだろう?」
まぁ半分身内みたいなものだし、僕もできるだけ気にかけていたんだ。小首を傾げた英智だが、名前はまだ釈然としないと言ったような顔をしている。そんなの、自分でたまに見に行けばいいのでは?という声が聞こえてきそうだ。
「本来ならば、名前にはfineのプロデュースをして欲しいんだけどね」
「死んでも嫌」
「ほら、言うと思った。だからKnightsだよ」
「だからさぁ、なんで」
「それに、休学中だけど、Knightsは月永くんがいるよ」
その一言に効果があったらしい。完全に黙り込んだ名前に、どう?と英智が問いかけた。静かに立ち上がった名前は、英智を見る。
「私、家族として一緒にいてくれる『天祥院英智』は好きだけど、為政者としての『天祥院英智』はそんなに好きじゃないのよ」
「ふふ、それでいいんだよ」
「その話、受けることにするわ」
じゃあね、お兄様。ひらひらと手を振って生徒会長を出ていこうとした名前が、ふと立ち止まる。まだ何かあるのかい?不思議そうな顔をした英智に、名前は振り返った。
「たまに!ほんのたまにだけど!fineのプロデュースをしてやらなくもないんだからねっ!」
だから気が向いたら呼びなさい!言いたいことを言い終えたのだろう、パタパタと生徒会室を走って出ていった名前の後ろ姿を眺めながら、僕の妹ってかわいいなぁ、と英智はそれはそれは嬉しそうに笑った。
♪
「それでぇ?だからのこのこやって来たの?ちょ〜うざい」
「ノコノコやってきては無いんですけど。むしろ有難く!やってきたんですけどね!」
「なぁに、この後輩、チョ〜うざぁい!」
椅子に座ってふんぞり返る泉に、まぁまぁ、と嵐がなだめる。天祥院のお兄さまに気にかけてもらっているだなんて、とスタジオの隅で感動に打ち震えている司に建前だけどね、と声をかけてみるも、都合のいいことしか耳に入らないようで一人の世界を醸しだしていた。だめだこりゃ、遠い目をしていた名前に、ずしりと体重が掛けられる。
「えぇ〜なぁに〜?これからは名前が来てくれるの〜?やったぁ」
「あら凛月ちゃん、起きたのぉ?」
「美味しい血の気配がしたからねぇ、今日は怪我してないの?」
「する予定がないのでなんとも言えないですねぇ、それより凛月先輩重いので降りてくれません?」
「じゃあ膝枕」
「はいはい」
前にスタジオを利用した生徒が忘れていったヨガマットを広げ、名前がそこに座る。すかさずそこの膝に寝っ転がった凛月が、大きな欠伸をした。一人目。
「ふぁ、ふ。やっぱりいいなぁ、女の子の膝枕。暖かくて、いい匂い〜」
「何度聴いても思いますけど変態臭いですよ」
「いーの、俺は、おじいちゃんなんだから」
「ちょっと、なんでくまくんはもう絆されてるのぉ〜?」
「えぇー、紅茶部の後輩だよ?この中では一番仲良し♪」
「えぇっ!?私は?」
「司は最近もうたまにしか会わなくなったじゃん」
「むむむ、」
唸り始めた司が、やはりどこかで接点を作っておくべきなのでしょう。そう結論を出したらしい。名前さん、歓迎します!両手を広げた司に、よろしくね、と名前が笑顔で返す。二人目。
「かさくんまで、なるくんは?」
「専属ではないけど、今のこの状態でもKnightsのお手伝いをしてくれるって言うんだったら、嬉しいよねぇ、私はどちらかと言うと歓迎よ!よろしくねぇ、名前ちゃん」
「はい、よろしくお願いします、鳴上先輩」
「あら、苗字で呼ばれるの、好きじゃないのよ。だから嵐ちゃんとか、お姉ちゃんでもいいのよ!」
「……嵐ちゃん?」
「いやーん!かわいい〜〜!お姉ちゃんとたっくさーん、ガールズトークしましょうね〜!」
手始め化粧品の話でもするー?ポーチからゴロゴロと化粧品を出した嵐が、ほら見て、と名前に一つ一つ説明をする。三人目。
「ちょっとなるくんまで……」
「瀬名先輩、大人しく降伏してください」
「はぁ〜?というか今のあんたがKnightsに来ても、なんの旨みもないよぉ?」
現にいま活動停止食らってるから、満足にプロデュースも出来ないんだけどぉ。まぁ、泉ちゃん、誰のせいでこうなったと思ったの?責めるような嵐の声に、もうその話はしないでよねぇ?と少し苛立った泉の声。
「まさかぁ、俺の監視とか、言わないでよねぇ?」
「建前ですけど、それもあります」
「あるんだ……というか建前多すぎない?」
「あの天祥院英智ですよ、最愛の妹である私を下手なユニットに預ける訳ないじゃないですか」
「うわ自分で最愛とか言っちゃってるし」
「兄妹で愛し愛されてる自覚はあるんでね!!!一方通行のどこかの誰かさんとは違って!!」
「ねぇそれ俺の事いってる??」
「うける。名前、もっと言ってやれー」
やーい!と名前の膝に寝っ転がりながら加勢する凛月に、名前はクスクスと笑う。
「兄さんは、私の希望を汲んでくれてここにやってくれたんです」
「だからぁ?」
「レオくん」
名前が口に出した名前に、スタジオが静まり返る。唯一何を知らされていないであろう、司だけが空気を読んで黙っているのだが、わけも分からないというように四つの顔を見回す。座り直した泉が、おおきな息を吐いて椅子の背もたれによりかかった。
「…………『王さま』と、知り合いだったの?」
「はい。短い間でしたし、お互いのこともよく理解出来てはいないんですけどね」
俯いた名前は、もう既に夢の国の住人となった凛月の髪を撫でる。あんなん、思考回路を理解出来る方がおかしいんだって。弱々しい泉の声が、外の喧騒に紛れながらも、ハッキリと名前の耳に届いた。