マグノリア



「そう言えば兄さん、先輩に聞いたんだけど、普通のお家の兄妹喧嘩は殴り合いするんだって」

放課後。生徒会室にやってきた名前は、購買で買ってきた駄菓子を英智の机に広げて一つ一つ袋を開けていく。けーくんにばれなきゃいいんだよ、と合言葉に、英智の手もお菓子に伸びる。ポテトチップスにグミ、とうもろこしのお菓子を指にはめて魔女の指と遊んでみたり。カフェインレスの麦茶をお供にした小さなお茶会は、少し遅れてやってきた渉も混ざり始める。

「ごきげんよう諸君!おやぁ、おやおやぁ?『皇帝陛下』と『王女殿下』が楽しげにお茶会をしていますね?」
「普通に名前で呼ばないと斬首よ」
「おや、怖い怖い☆それではごきげんよう!英智、それから名前」
「ごきげんよう渉」
「それで、さっきの兄妹喧嘩の話だけど」
「おや、そんな話を」

どこからともなく椅子を出した渉が、名前の隣にこしかける。何かあったんですか?そう聞かれて、名前は先程の会話を繰り返した。興味深いですね、と渉が目を見張る。

「僕達もしてみる?殴り合いの喧嘩」
「楽しそうだけど、私、兄様を殴れる自信が無いわ」
「僕も、思いっきり名前を殴れる自信が無いなぁ」
「ふむ、愉快な話をしているんですねぇ☆」

では代わりに私を殴ってみますか?ウィンクした渉に、名前は英智と顔を見合せた。

「却下、かな」
「さすがに赤の他人を殴るのはちょっと」
「残念、振られてしまいました」

シクシクと泣き真似をする渉の前に、名前がチョコレートを置けば、ポンと軽い音と共にそれが赤い薔薇に変わる。元気になりました、ありがとうございます!ご機嫌に言う渉に、どういたしまして、と名前が傍にあった花瓶に薔薇を差し込んだ。

「代わりと言ってなんだが、創くんに教えてもらった雨の日の遊びがあるんだけど」
「あぁ、言ってたねぇ」
「ほほぅ?どんなのでしょうか」
「雨で滑りやすくなった廊下を、つるつる〜って滑って移動する遊びらしい」
「なるほどなるほど!」
「名前はやったことある?」
「あの金持ちのお利口さんしかいない学校で、この遊びが出来るのは馬鹿か阿呆よ。ないわ」

窓の外の曇り空を見ながら英智がそうだったね、と苦笑する。名前と同じく、英智も中学までは通っていた学校である。どんな学校なのかは、英智もよく知っているのだ。ところで、いつの間にか自分の分の紅茶を淹れた渉が、優雅にそれを一口飲んだ。急に呼び出されたので来たのですが。なにか理由でも?あぁいや『なんとなく』でもいいのです。

「私も何となく友達と遊びたくなった時は『突撃☆お宅訪問』をしたりするので」
「その割には、僕の家には来ないよね」
「本邸はセキュリティが良すぎるのよ。渉が入った途端に蜂の巣になるわ」
「誰かさんのおかげでね」
「………………、まぁでも渉はよく私の家にはくるよね」
「はぁい☆」
「えぇー、ずるい」
「名前の家はセキュリティが『ザル』なので☆」
「普通の一戸建てになにを期待しているのよ。でももっと来てもいいのよ。この間うちで晩御飯食べて行った時は高岡も喜んでいたし」
「チーズインハンバーグ、実に美味でした!」
「僕を置いて仲良しするのは、許せないかなぁ」
「あら、兄様だって好きな時に遊びに来てもいいのよ?」

名前の言葉に、えっ、と英智が驚く。何をそんなに驚くことあるの?首を傾げた名前に、遊びに行ってもいいの?と英智が言う。

「いいに決まってるじゃない。お兄様よ?喜んで歓迎するし、なんなら泊まって行ってもいいのよ?」
「本当?」
「えぇ、ゲストルームも作ってあるんだけどまだ使ったことないし、兄様がお客様一号になってくださる?」
「もちろん、いいとも」
「んー!麗しき兄妹愛!私は感動しました!」
「渉もまた来てね、お家で家族とお友達とご飯食べるの、楽しみにしてるの」
「おやおやこれは、必ず行かなくてはならなくなりましたねぇ」
「嫌?」
「どんでもないですよ、姫君」
「ふふ、嬉しい」

来る日が決まったら言って、高岡と二人で盛大におもてなしするから。今にも鼻歌を歌い出しそうに機嫌がいい名前は、実はみんなを呼び出したのは私なんだけどね、と言った。

「おや、そうでしたか」
「断ることも考えたんだけどね、他ならぬ名前からの仕事だったし、受けることにしたんだ」
「ほほー」

それでどんな内容なんです?首を傾げた渉に、名前が説明する。去年暇つぶしでブライダル事業を始め、結婚式場を建てたこと。梅雨の時期はあまり顧客が居ないため、なにかイベントを考えて欲しいとスタッフに頼んだこと、それならとオーナーのお兄様のいるfineにトークショーとライブをしてもらうのはどうでしょう、と意見が出たこと。

「と言っても六月だからねぇ。海外では六月は絶好の結婚式日和だけど、日本は梅雨時だし」
「ふむ、では晴れるように取っておきの魔法をかけてあげましょう!」
「魔法」

掛け声とともにぽんと出てきたのは等身大の渉のお人形だ。わぁと目を輝かせた兄妹に、にんまりと笑った渉が次々と渉人形を出す。

「ねぇねぇ渉、この渉にタキシード着せることは出来る?」
「もちろんです!そぉれ」
「おぉ、なかなか似合うね」
「でしょう!ではこちらはウェディングドレスということで!」

タキシードとウェディングドレスを着た渉が並ぶ。それがなんだがおかしくて笑いだした名前に、じゃあこれも!渉が手を振れば、小さな渉が出てきた。

「わぁ、かわいい!!」
「でしょう!名付けて渉Jr.」
「これもらって帰っていい?」
「もちろんです☆こんなので良ければもう一人、」
「一人で十分よ」

兄さん、兄さんが小さい頃に着ていた服ってまだ残ってるかな。まるで小さな子を抱っこするように渉人形Jr.を抱き上げた名前に、合点が行った英智が微笑む。もちろん、後で家に届けさせよう。ふむ、Jr.は着せ替え人形になるのですね!と楽しそうな渉がもう一度手を振れば、Jr.と同じ大きなの英智人形も出できた。名前の目が輝く。

「これも!?」
「もちろんです、さぁどうぞ姫君、そーれっ」

登場した箱に、渉Jr.と英智Jr.かテクテクと歩き箱に入る。蓋が閉まり、登場したリボンがするりと結ばれた。あなたへの、プレゼントです!パチリとウィンクした渉に、こんなに貰っていいの?と名前が目を瞬かせる。

「もちろんです!アンハッピーバースデー!」

紙吹雪が舞い、鳩が飛ぶ。今からでも楽しそうなお祭りが始まりそうな雰囲気は、少し遅れてやってきた桃李と弓弦によって、終了された。散らばった紙吹雪と鳩の羽根を掃除する弓弦がすこぶる笑顔だったのが、名前には印象的だった。



トークショーを含めたライブが行われたのは、梅雨時の六月だとは疑わしい、からりと晴れた雲ひとつない空。晴れてて良かった、なんて桃李がいいながらライブ会場に入れば、予報では降水確率70%でしたからね、と弓弦な相槌を打つ。きらびやかに飾り付けられたガーデンでは、多くの観客が詰めかけ、楽しくワイワイとお喋りをしている。二人とは少し遅れて渉と一緒にやってきた英智は、その様子に満足しながらもあれ、と声を出した。近くにいるスタッフを呼べば、直ぐに駆け寄ってくる。

「名前は?」
「オーナーは仮眠室で寝てます」
「寝てるの?」
「はい。昨日はオーナーが自ら夜通しで飾り付けをしていたので。お兄様がライブを行うのだからと、大層張り切ってまして」
「そっか…教えてくれてありがとう」
「いいえ、とんでもございません」
「後で様子を見に行っても大丈夫かな?」
「はい、是非」

私共も楽しみにしておりますのて。一礼して下がって行ったスタッフを見送り、英智は輪の中に入る。明日で迎えられたら出迎えるけど、ダメだったらごめんね、と電話越しに話す名前の声を思い出し、ため息をつく。一昨日にfineの全員が集められ、名前から今回のライブの詳しいタイムスケジュールを貰った。もともと天祥院の仕事でも手腕を発揮していた名前だが、夢ノ咲に入って二ヶ月足らず、あんずと共に沢山のライブやイベントを企画し、名前は更に腕を上げている。配られた企画書に目を通した時の衝撃を、英智は忘れない。女の子の成長って早いなぁ、となぜか父親目線で名前を見ては、不思議そうな顔をされていたが。名前があんずと共にTrickstarのプロデュースをしていた片手間に、クラスメイトに頼まれて手掛けているRa*bitsも、三年生が一人いるが、今年結成したばかりとは思えないほど躍進を始めている。この間本人に良かれと思って押し付けたKnightsも、そろそろ謹慎が解かれ、活動を再開するだろう。その時、どうなるのか。

「こわいなぁ。こわすぎて、楽しみだ」
「なにがですか?」
「いや、独り言だよ」





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