部活



『夢ノ咲学院は部活に入ることを校則で決めているからね。強豪からそんなに活発では無い部活もあるけど、好きな部活に行くといい。それでもやりたい部活が見つからなければ──』

兄の声が脳内でこだまする。まだ白紙の入部届を眺めながら、名前は小さく息を吐いた。

「名前ちゃん」
「あんずのお姉様!」

一緒にお昼食べよう、可愛らしい巾着に包まれたお弁当箱をかかげ、わざわざ来ない一年生の教室まで誘いに来たあんずに、名前はあわてて鞄からお弁当箱をひったくって席を立つ。午前中は座学が行われており、アイドル科の午後は実技が多い。ということは名前とあんずと一緒にプロデュース科の授業があるということで。昨日行った授業の内容を復習しながらあーだこーだと討論をする。企画書の書き方、業者への連絡、発注の仕方などなど。括りは大きいが、細かい作業が多い。あまりなハードワークっぷりにあんずは顔色を悪くしていたが、名前はやっぱりそんなものか、と瞬きを一つした。

「それ、入部届?」

一緒にガーデンテラスに持ってきてしまったらしい。目ざとく名前の持っているそれを見つけたあんずが、何部に入るの?と微笑んだ。

「まだ決まってないんです。こんな部活があるよって説明を受けてはいるのですが……あんずのお姉様は?」

その言葉に、あんずが肩を揺らして笑う。

「お姉様って、やっぱりなんかくすぐったいなぁ」
「そう、ですか?」
「うん。うちには弟がいるんだけど、お姉ちゃんだったし、今では姉ちゃんだよ…ほんっと、可愛げがなくなっちゃって」

間違えてもそんなに丁寧にお姉様とか言ってくれないし。親の手作りだろうか、卵焼きを口に入れたあんずは、じっと名前がお弁当箱の蓋を開けるのを見る。まるで促されているようみたいだなと思いつつ、名前は期待されたどおりに蓋を開けた。木の温かみのある曲げわっぱのお弁当箱の中は、彩り豊かに詰め込まれていた。枝豆ごはんと鮭のほぐし身の入った小さなおにぎり、可愛らしいプチトマト、綺麗に巻かれた卵焼きに冷めても美味しい一口大の唐揚げ。それから野菜不足を危惧したほうれん草の和え物。いつ見ても名前ちゃんのお弁当はすごいねぇ、感嘆の声を漏らしたあんずに、唐揚げどうぞ、と名前は自分のお弁当箱から唐揚げをひとつつまんであんずのお弁当箱に落とした。

「じゃあ私も。名前ちゃん、何がいい?」
「えーっとですねぇ……ちくわのやつ」
「これね、はいどうぞ」
「ありがとうございます」

どうやら竹輪の真ん中の穴にチーズが詰められているものらしい。なかなか美味しかったし、両端がチーズで封されていただけで、間には別の食材が詰め込まれていた。目を丸くしてちくわを咀嚼する名前をみて、あんずも唐揚げを口に入れる。

「ん〜!美味しい!えっ唐揚げめちゃくちゃ美味しい」
「ふふ、ありがとうございます」
「名前ちゃんが作ったの?」
「いえ、家の人が作ってるんです。今日帰ったら伝えときますね」
「うん、とても美味しかったって、ね」
「はい」

あっ、こんな所にいた!やっほー、なんて言いながら手を振って近づいてきたのは、スバルだった。午後からは別行動になるし、ちょっと色々聞きたいこともあるし、そう前置きしたスバルだったが、あれ、と首を傾げた。

「入部届?」
「あっ」
「そっかー、部活に必ず入らなくちゃダメなんだよねー、名前は何部に入るか決めた?」

ちなみに俺は、バスケ部がオススメ!お願い〜バスケ部のマネージャーになって〜!両手を合わせながらニコニコするスバルに、名前は曖昧に笑い返す。

「多分入っても部活参加できないと思いますよ」
「えぇー」
「プロデュース科の仕事も山積みになる予定ですので、私も、あんずのお姉様も多分幽霊部員扱いです」
「ふーん、プロデューサーって大変なんだね」

ところで、あんずのお姉様って言い方、いいね!俺は俺は〜?と四方八方に変わる話題に、名前は目を白黒する。

「えっと、スバルのお兄様?」
「わぁ〜〜なんか感動!もっと言って!もっともっと!」
「……スバルのお兄様、お昼は食べなくていいんですか?」
「そうだった!早く買わないと食券無くなる!急げ〜〜」

あ、俺もそこで食べるから席取っておいて!目にも止まらぬ早さで奥に入っていったスバルを見送り、入部届に目を落とす。部活かぁ、うむむ、と悩み始めたあんずを横目に、名前は胸ポケットからボールペンを取り出す。学年クラス名前と書き込み、下線が引かれた空欄でペンを止めた。

『紅茶部に行くといいよ。あそこは名ばかりの同好会みたいなものだしね。不定期でお茶会を開いて、お菓子を食べてお茶を飲むだけの部活。負担も少ないと思うし、参加してみてもいいかもね』

紅茶部。その三文字をしっかり書き込む。うん、とひとつ頷いて、名前はそれを半分に折って制服のポケットにしまい込む。部活決まったの?聞いてきたあんずにはい、と答えて名前は思い出す。

「そう言えば、衣装に使う布サンプル、届きましたので後で見ましょう」
「ほんと?見よ見よ」
「はい、同じ布地でも材質によって値段がピンからキリまであるので。今後の活動でTrickstarが着ていくと考えると、やはり丈夫でちょっとお高めの布地がいいと思うんです」
「そうだね、でもスバルくんが校内アルバイト頑張ってて貯金はいっぱいあるし、使っていいって言ってたから」
「ですね、まぁ最悪足りなければ…」
「だね」

自腹を切る。重なった言葉に顔を見合わせてクスクスと笑う。何をそんなに楽しそうにしてるのー?俺も混ぜろー!お昼をやっと買えたらしい。定食セットを持ったスバルが席に着く。なんでもないです、なんでもないよ。二人でまたハモってしまい、思わず笑ってしまった。



ガーデンテラスの更に奥、そこは紅茶部の活動場所となっている。入部届は受理されているし、部員には知らせが行っているのだろう。現にクラスメイトの創からはこれからよろしくお願いしますなんて言葉をかけられた訳で。その創は校内アルバイトを済ませてから遅れてくるらしく、まだ何も任されてない手持ち無沙汰の名前が一人で先に行く事態となった。柔らかな日差しに包まれ、色とりどりに咲き乱れる花の香りが鼻を擽る。学校が始まってからというものの、プロデュース科の授業の予習と復習のみならず、Trickstarのために校内を東奔西走していたため、こうやってゆっくりと散策する事はあまり無かった。活動場所にはテーブルセット一式が置いてあるのが見える。そこに繋がる小道をゆっくり歩き、思わずでた欠伸を噛み締める。

「だれ」
「?」

どこからともなく聞こえてきた声に、名前は足を止める。きょろりとまわりを見回しても、それらしき人影がいない。

「下、」
「下………?うわっ」

危うく踏むところだった。夜闇を溶かしたような黒い髪に、ルビーのようにきらめく真っ赤な目は、どことなく見覚えがある。その色彩と似通った人を思い出そうと唸る名前を他所に、彼は一人で納得が行ったらしい。一年生のプロデュース科の子かぁ、そう言えば紅茶部に来るって言ってたなぁ。独り言のように呟かれた言葉に、はい、と名前が頷く。

「宝生名前です。よろしくお願いします、えっと」
「朔間凛月、よろしくねー」
「……朔間?」

言われてみれば、軽音部の主と似ている。なるほど、と顔を明るくする名前に、凛月が顔を顰めた。

「俺、苗字で呼ばれるの好きじゃないから名前で呼んで」
「じゃあ、凛月先輩ですか?」
「おぉ〜、女の子から呼ばれると、また違う気持ち…ふふ」

じゃあ僭越ながらお兄ちゃんがエスコートしてあげよう。のっそりと起き上がったかと思うと、しゃんと背すじを伸ばして経つものだから、凛月には驚かされっぱなしだ。

「さぁ、お手をどうぞ、お姫様。お茶会へとエスコートして差し上げます」

極めつけにはこれだ。小さく笑った名前は、差し出された手に自分の手をそっと重ねた。

「ではお言葉に甘えて、よろしくお願い致しますわ。騎士様」





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