コンチェルト
名前が斑に呼び出されたのは、夏休みが始まってから少し経った頃だった。先日Ra*bitsとUNDEADによる有意義な合同キャンプを行い、キャンプっていいなと思い始めた名前はどこかの山に土地を買ってキャンプ場を開くのはどうかについて考えており、ダメとは言わないがオススメしないと言う高岡と攻防を最近は繰り返している。お家でもキャンプは出来るんですよ、と渡されたおうちキャンプの特集がされている雑誌をパラパラとめくって、欲しいものに付箋を張っていた、そんな時の事だ。けたましく流れ始める暴れん坊将軍のテーマ曲に、ページをめくっていた手が思わず止まる。じっ、とスマホを見つめた名前は、大きなため息をついて電話をとった。
「もしもし」
『もしもし名前さん!ご機嫌いかがかなあ』
「普通です。なにか御用ですか」
『冷たいなあ、いやなに、コンサートをやるんだが、見に来てくれないかと思ってな』
「へぇ、どんなですか?」
『世界中の鎮魂かと葬送曲をかき集めて演奏するコンサートだ』
「………今すごい心惹かれました。行きます」
『それはよかったぞお!』
じゃあ夢ノ咲のひとつ先の駅で待っているよう伝えてあるから、十一時に駅で会おう!そう言ったっきり切られた電話を見つめること数秒。時計があと二十分で十一時を指そうとしているのに気付いた名前は、文字通り飛び上がった。
「高岡!車を出す準備をしなさい!」
「急ですねぇ、お出かけですか」
「二十分後に隣駅なのよ、着替えてくるわ」
「了解です」
慌てて部屋に戻った深月、クローゼットの中から適当な良さげなワンピースを選んで頭から被る。遊びに行く時に使っているカバンにだいたい必要なものが入っているのを確認し、スマホを突っ込んで、アクセサリースタンドから適当なネックレスを引っ掴み、玄関で適当なミュールを引っ掛けて外に飛び出でる。今すぐにでも出せますよ、と開いてあったドアから車に乗ってドアを閉めれば、間を置かずに車はゆっくりと走り出した。急ごしらえでメイクし、何とか人に会える程度になったなぁと胸を撫で下ろす。じめじめと蒸し暑い車内は少し不愉快だが、わがまま言って直ぐに車を出してくれた高岡のためにも、名前はそれを不問にした。幸い道路は混んでおらず、約束の五分前には無事に駅に着いた。帰りはまた考えるから帰っていいわよ、ドアを開けてくれた高岡にそう言って、名前は駅の構内に入る。手持ち無沙汰に、スマホをいじる。内容はもちろん、おうちキャンプだ。
「フンフンフーンフフーンフーン」
「暑くてたまらないけど作曲できるって楽しいって感じの音だなぁ」
「おっ!?おまえ、解るな……ぁ!?」
「………ん?あっ!?」
隣で鼻歌を歌う人に思わず出た独り言がひとりでにキャッチボールをし、隣の人が驚いた声を出す。何事かとそちらを見れば、よく知った顔の目をこれでもかと見開かれていた。
「レ、レオくん!?」
「名前だ!!ひさしぶりだな!うっちゅ〜☆」
「また愉快になって帰ってきましたね」
「分かるか!あっははは!」
ところでお前、なんでこんなとこにいるんだ?はて、と首を傾げたレオは、待て!言うな!妄想させろ!あぁ!あははっ、インスピレーションが湧いてきたぞ!と言いながら手元の楽譜に音符をサラサラと書き込んでいく。それが一段落した時を見計らって三毛縞さんに呼び出されて、と名前が言えば、俺も!今日はママとコンサートなんだ!とレオが目を輝かせた。
「名前もなんかやるのか!?」
「楽器はやってますけど、今日は演奏しないかなぁ。見に来てねってしか誘われてませんし」
「そっか。あ!たい焼き!」
日本帰ってきてまだたい焼きは食べてないんだよなー!たい焼き屋さんへと歩き出すしたレオが、ついでにと名前の手を引いて歩き出す。突然手を引かれた名前は、わぁ、とつんのめる。転ぶと思ったが体が上手くうこがない。地面がどんどん近づいてくるなぁなどと呑気に思っていれば、お腹に手が周り、クイッと持ち上げられた。
「おっと、ごめんな」
「いえ……面白い体験でした」
「お、なんだ?転ぶのは初めてか?」
「いえ、その、転びそうになって転ばないって言うが面白くて」
「いいなぁ、それ!また一曲書けそうだ!……けど、先ずは腹拵えだな!」
腹が減っては戦ができぬ!そう叫んだレオに、周りが何事かと目を向ける。それをさして気にもせずに、レオはじゃあたい焼き買いに行くぞ!と歩き出そうとして、名前を振り返った。
「ん!」
「?」
「手繋ごう。今度は完璧にエスコートしてやる」
「はい。よろしくお願いします」
しっかりと手を繋ぎ、人混みの先にあるたい焼きのお店に着く。調理場が見てるようにガラス張りになっており、多くの子供が張り付いていた。それを横目に少しできた列に並ぶ。
「おれはあんこにする!お前は?」
「小倉クリームチーズ……心惹かれます……これにします!」
「わかった!」
「ついでに三毛縞さんにも何か買っていきません?」
「お、いいなそれ!ママには何かなー」
メニューを睨みながら唸るレオが、じゃあチョコで!と決めて、レジに注文した。払う払わないと小さく揉めながらたい焼きを三つ購入し、一つは袋に入れてもらい、残りのふたつはそれぞれの手に渡った。
「というか三毛縞さん来ませんねぇ」
「ん?ママなら先に会場で待ってるって言ってたぞ?」
「私駅待ち合わせって言われたんですけど」
「うだうだ考えても仕方ない!会場にいくぞ!」
「はーい」
♪
「だれがコマドリを殺したんでしょうね」
「お、なぞかけかあ?」
コンサートが終わり、楽しく演奏して楽しい気持ちのまま、レオは帰って行った。招待してくれたお礼がしたいからと斑を喫茶店に誘った名前は、レモンを搾ったアイスティーを一口飲んで、そう言った。斑は茶化すように返し、アイスコーヒーを飲む。
「言ってみたかっただけです」
「そうかあ」
「私、夢ノ咲に入学してから去年のこと調べたんです」
「ほほーう」
「難しいですね」
「ん?」
「誰も悪くなかったし、誰も悪かったんです。無償で『武器』を提供し続けたレオくんも、そんなレオくんを利用した兄さんも。校内で大きな勢力となっていた『チェス』が崩壊するのも時間の問題だったし、崩壊した『チェス』が内紛を起こすのも」
「そうだな」
「それを『ユニット制度』というもので事前に細分化させて、一つ一つ潰していこうと考えた兄さんも、正しかったと思います」
「うむ」
「それでもレオさんを利用したのは、割と今でも許せませんけど」
私、割と根に持つタイプなので。そう言って笑った名前に、おお怖い怖いと斑が震える素振りを見せた。もちろん、三毛縞さんのこともちょこっとだけですけど恨んでますよ?名前が言えば、斑はたはは、と苦笑いした。
「俺に騙されるように夢ノ咲にきたもんなあ」
「そうですね」
「後悔しているか?」
「いいえ、まったく。これっぽっちも」
晴れやかな顔の名前に、そうかあ、と斑も胸を撫で下ろす。あのまま高校に進学していたら、多分私の生活は灰色のままです。呟いた名前に、まるで攫うように名前を喫茶店に連れていった日を、斑は思い出す。一に家柄二にお金、そう言われるやんごとなき身分を持つ、限られた人しか身にまとえない制服を身に包み、多くの人に囲まれながら校門から出てきた名前を。学友と微笑みながら言葉を交わしていたが、ちっとも楽しそうには見えなかったのを。なのでプラマイゼロで相殺です。ヒヤヒヤしました?愉快!と顔面に書いてありそうな顔で聞かれて、斑はハッと意識を戻した。
「あ、あぁ、それは良かった」
「上の空でしたね、何か考え事でも?」
「いや、大丈夫だ」
「と、言うことで、今日はコンサートのお礼も兼ねて私の奢りです!」
あの日と逆ですねぇ。伝票をいじる名前に、そうだな、と斑は相槌を打った。