サマーバカンス
南の島にバカンスに行くことになったんだけど、名前も来る?そんな留守電が入ってきたことに気付いたのは、名前がUNDEADの手伝いで地下のライブハウスに詰めていた時だ。サマーライブ以降、まともに腹を割って話もしていないため、名前と英智の体感ではまだあの喧嘩を引き摺ったまま、仲直りをしていないことになっている。同じ家に住んでいるのならまた違っていたのだろうが、現在は別居中だ。それぞれも忙しく、会っても仕事の話しかしないためお互いなかなか言いそびれて今に至る。客の注文したソーセージの盛り合わせをテーブルに届けて戻ってきた名前に、どうかしたの?と薫が聞いてくる。
「兄にバカンスに行かない?って聞かれて」
「あれ、仲直りしたの?」
「してません。というかバカンスでなぁなぁにしようとしてるのかなって」
行くの?まぁスケジュール詰めれば行けないこともないですね。スマホのスケジュール表を見せれば、いつの間にかいた零もスマホを覗き込んでうわぁと声を上げた。
「仕事詰めすぎじゃぞ」
「そうですか?毎日三、四時間ずつしか拘束されないので詰まってますけど忙しいかなっていう実感はないです」
それより皆さん、お疲れ様です。そういった名前に、荷物を片付けて戻ってきたアドニスと晃牙もあぁと頷く。それにしても。タバコと酒と喧噪渦巻くライブハウスを見た名前に、割と経営難でねと薫が肩を竦めた。たしかに、バンドブームも去って潰れるライブハウス多いですもんねぇ。他にもなにかライブ以外の催しが出来ると面白いかもですね。そう伝えれば考え込んだ薫を横目に、名前は再び店内を見回した。これじゃあライブハウスと言うよりはクラブとかそういう系ですよねぇ、言いかけた名前の目に、夢ノ咲の制服を着た二人組がうつった。
「お姉さまと、弓弦?」
「えっ?あんずちゃん?どこ?」
考えて込んでいたはずの薫がすぐさま顔を上げる。呆れた顔をした四人を他所に、あんずに手を振っておいで!よと薫が呼びつければ、UNDEADのライブが終わりだいぶ減った人混みを縫いながらもあんずは弓弦と共にやってきた。ちょっとした話がしたいという弓弦に、全員でバックヤードに引っ込む。ステージでは次のグループがパフォーマンスを行っていた。そうして聞かされたのはfineとUNDEADによる合同合宿の話。交通費から何から何まで全て出してくれるという、もはや罠にしか見えない、そんな合同合宿だった。たまには乗っかってやるか、と前向きなUNDEADに、弓弦は笑顔で頷く。名前ちゃんは?あんずが弓弦に聞けば、大丈夫と名前は遮った。
「私も行きますよ」
「ほんと?」
「そのような話は聞いていないのですが…」
「いや、さっき留守電に来ないか?って来てたから。私の分の手配もよろしくね」
「かしこまりました」
では、報告をしに一旦学院に戻りますので。あんずを連れて学校へ戻ろうとライブハウスをでる二人に手を振りながら見送る。じゃあ私もやることが出来たので先に帰りますね。席を立った名前に、じゃあまたなと四人が手を振る。あんまり仕事詰めて無茶すんじやね〜よ!晃牙の言葉に、名前は笑って手を振り返した。
合宿当日。意外にも一番遅れてやったのは名前だった。執事である高岡に横抱きにされながらやってきた名前はそれこそバカンス向きの服装をしているが、腕の中ですやすやと眠っている。どうしたの、と心配そうな表情を見せた桃李に、ここ四日分の仕事を詰めて片付けておられたので、昨晩はオールでした。と高岡が微笑む。バカンスには私はついて行きませんので、よろしくお願いいたします。渉に名前と彼女の荷物を渡し、高岡は去っていった。そこから移動に半日かけ、一行は天祥院が所有しているという島に辿り着いた。徹夜したぶんの睡眠を取り戻し、スッキリとした表情でタラップを降りた名前とは違い、他のみんなは眠そうにしている。どうやら機内で大富豪で盛り上がったらしく、寝る間も惜しんでフライト時間中は全部それに充てたらしい。それならばとみんなで仮眠時間を取り、午後から合宿する事になり、それぞれが部屋へと引っ込んでいく。
「名前さまはどちらへ?」
ホテルのロビーで一人ふらふらと歩き回っていた名前を見つけた弓弦が問いかけると、名前は暇だから散歩、と返ってくる。お昼前には戻ってくるから、と日傘を先てホテルから出た名前に、行ってらっしゃいませ、と弓弦が頭を下げた。
♪
「あれ、もうみんな起きてる?」
「まだ寝ている人がちらほらいるよ。おはよう、名前」
「おはよう、兄さん」
白いワンピースで下に降りた名前は、そのままプールに飛び込む。湿度は低いが暑いものは暑い。涼しいと歓声を上げて水に浮く名前をみて英智は慌てたが、下は水着だよと濡れて透けたワンピースの下を見せる名前に、あられもないからやめなさいと英智が顔を顰める。
「オトコノコってそういう所あるよねー、まぁ兄さんも健全で安心したけど」
「はっはっはっ、天祥院くんは心配なんじゃよ、お主のそれを見て変な気を起こす奴らがおらんか、とな」
「朔間先輩は?」
「わしはおじいちゃんじゃからのう。そろそろ昼じゃから、それにふさわしい服装に着替えておいで」
「はぁい」
プールから上がった名前が、サンダルをひっかけて部屋へと戻る。せめて水を拭いてから中へ!とタオルを持って追いかけた弓弦を見送って、英智は零を見る。
「なんかやたらうちの妹が懐いている気がするんだけど、どうしてかな?」
「さぁのぅ、気のせいじゃないかえ?」
あっはっはと笑い合うふたりに、ジュースを飲んでいた桃李が夏のはずなのになんかすごい寒いと体を摩った。
♪
風向きがどこかおかしい、そう弓弦が気付いたのは午前のライブの途中だった。朔間零の名前を使った集客と、天祥院のお膝元でのライブであるため、この島のフェスティバルに乗じた合同ライブはfineの完勝のはずである。計算ではfineの番が終わったあとには観光客も含む観客は少し減り、日中の陽射しに弱いUNDEADが夜にパフォーマンスを始める頃にはほとんどの観光客は本島に戻る手筈だった。なのに観客は減るどころか増える一方。しかもステージ前はさらに賑やかになっている。本島やこちらでの手回しは済んでいて、完璧なはず。困惑しながらも舞台裾でUNDEADのパフォーマンスを見ていた弓弦の目に、昨日本島への買い出しのついでに話した有力者とにこやかに話す名前の姿が。
「弓弦の負けだね」
「英智さま…」
「実は言うと、僕もちょっとこれは予想外だよ」
セットの壁によりかかった英智が、自嘲気味に笑う。観客席では未だに名前が色んな人に捕まりながら笑顔を振りまいている。大人から子供、更には老人まで。いつの間にか仲良くなったのだろうか、と英智はその姿を眺める。
「僕が絶対的な力を使って踏みにじるスタイルだとすれば、名前はみんなで団結して山をも動かすタイプなんだ」
「はぁ」
「小さな頃、健康だからと家で放置されぎみだった名前は、外で繋がりを作るようになったんだ。コミュニケーション能力が高いからね」
「たしかに、コミュニケーション能力に長けているのは分かります」
「あーあ、今回はただ南の島で水遊びさせて仲直りするつもりだったのに」
むぅと頬をふくらませた英智に、指が突き刺さる。ぷすぅと間抜けな音を立てながら口の中から空気が抜けていくのを聞いて、戻ってきた名前が思わずと言ったように笑った。
「ただいま」
「おかえり、名前。やられたよ」
「あはは、これで仲直りね」
「あーあ、好きな物買って仲直りしたかったのになぁ」
「えー、何買ってくれるつもりだったの?」
もちろんそれも買ってくれる?笑いながら首を傾げる名前に、もちろんいいよと英智が笑う。午前のライブが終わり、パフォーマンスを終えたUNDEADが戻ってくる。お疲れ様と言いながらそれぞれにタオルを渡す名前を見て、英智はため息を着く。
「いつになったら反抗期が終わるかなぁ」
「この様子だと、一生終わらないかもしれませんね」
「おや、弓弦はそう思う?」
「ええ、ことアイドルのことに関しては、とつきますが」
「そう言われれば、そう思えてきたよ」
こういう事になる原因は色々思い当たる節はあるんだよなぁ。スタッフに案内されながら、ステージ衣装から普段着へと着替えるために控え室に移動する。ところで、弓弦の声に英智はそちらを見た。
「名前様はなんとおっしゃって客を留めておいたのでしょうね」
「聞いてみたいとは思うけと、聞いたら聞いたで精神的なダメージが深くなりそうだし、やめておこうかな」
着替えたら名前の御機嫌をとるために買い物も行かなきゃいけないし。ジャケットを脱ぎシャツのボタンに手をかけた英智は、名前は自分のことをよく知っているのだが、自分は案外妹のことを分かってない事実に、そっと目を閉じた。