王の帰還



今日はなんだか朝からだるい気がする。十分な睡眠をとっているのにも関わらず、体を動かしたくないほどのだるさ、眠くないはずなのに感じる眠気。のどの辺がなんだかモヤモヤして、気分が悪かった。風邪をひいている訳でもないし、熱を計っても平熱。お嬢様、本日は大事をとって家で療養しては?高岡の言葉に、いや、と名前は頭を横に振った。

「病気じゃないし、学校行くよ」
「ですが」
「ダメだったらベッド見つけて寝るから」

じゃあ行ってくる。高岡の制止も聞かずに家を出た名前は、重い足を引き摺って学校へ向かう。外に出て少しマシになったなと思い、教室で友人に会えば気が楽になったと思う。授業を受ければ元気が出たかと思ったが、それも昼休みになると心做しか朝より酷くなっている気がした。終業の礼が終わった途端に机に突っ伏した名前に、あわてて鉄虎が近づいてくる。少し離れた席にいる翠も、創も友也もやってきた。驚いたひなたも振り返る。

「名前ちゃん!?大丈夫ッスか!」
「う、ん」
「全然大丈夫じゃないじゃないですかぁ」

僕、会長さんに連絡しますね、スマホを取りだした創を、しなくていいよと名前が引き止める。でも、涙目の創に、ちょっと寝てくるから午後も戻ってこなかったら先生に言って、と伝言を頼み、名前はあんずと使っている女子更衣室に向かった。背もたれのないプラスチックのベンチを動かしてふたつを横に並べ、もし泊まり込みをしたとき用に置いてある敷布団を上に乗せる。できた即席ベッドもどきに寝転んだ名前は目を閉じるが眠気はやってこない。当たり前だ。しかし目を閉じているだけでもだいぶ居心地は良くなったので、名前はそのまま目を閉じたままベンチの上で何時しか微睡んでいた。どれぐらいそうしていたのだろうか、ふんふんと聞こえる鼻歌に、ぼんやりと脳が覚醒する。

「レオくん、」
「ん?お!?誰だ!おれを呼んでいるのは誰だ!宇宙人か?ならば挨拶しないとな!うっちゅ〜☆」
「レオくんうるさいから静かにして」
「お………?名前だ!目を閉じたまま喋ってる…お前、具合が悪いのか?」

途端に声を潜めたレオに、うんと名前が小さな声で唸る。そっか、騒いじゃってごめんな。謝ったレオはそのままふんふんと鼻歌を歌いながらキュッキュとペンの音を響かせる。

「レオくん」
「なんだ?具合もっと悪くなったか?救急車呼ぶか!?」
「備品のロッカーに五線紙入ってるから壁で作曲しないで」
「……わかった」

ガシャンとロッカーのドアが開く音、ゴソゴソと物を探す音、そしてしばらくするとカリカリとペンが紙を引っ掻く音がしたのを確認して、名前は今度こそ意識を手放した。



ぱっ、と目を開けば、眩しい蛍光灯が目に入ってきた。あまりの眩しさに瞬かせて、頭を横に向ける。ロッカーの壁にはレオがマジックペンで書いた音符が散乱しており、寝ぼけた頭で名前はそれを読み取った。また奇怪な音楽を作っちゃって。呆れた顔で体を動かせば、指先にかさりと物が当たる。起き上がれば、ばさりとものが落ちた。

「…………?」

名前の物にしてはサイズの大きい、見慣れた色の夢ノ咲のブレザー。手のところに見れば、行儀よく楽しげに音符が並んだ楽譜が二枚。その隣には名前のスケジュール帳もある。まずはと楽譜をめくれば、優しい音色が耳に飛び込む。

「早く良くなれよ、の歌かなこれは」

独り言を呟き、最後の一行に今月の日付が何個かと、ライブ!!と赤いペンで書き込まれていた。スケジュール帳と照らし合わせれば、ちょうどKnightsの活動が空いている日で、やれやれ仕方ないなぁと想いながらも、名前は大きな伸びを一つしてから起き上がった。上履きを履いて、女子更衣室を出ようとしてドアを開け、閉じた。くるりと身を翻し、カーテンを開ける。女子更衣室は一階にあるため、急を要した脱出のために窓からの出入りも許可されている。むしろ名前が今自分に許可を出した。窓をあけて、窓枠に足をかける。えいや、と飛び降りようとすれば、がっしりと腰を掴まれて部屋に逆戻りすることになった。名前は死んでも振り返りたくなかった。

「名前?」
「ナ、ナニカナ、オニイサマ」
「今日はもうお家に帰ること、いいね?」
「いやでも、ライブの申請をしなきゃならないし!」
「日付だけ教えてくれればこちらでやるよ」
「レオくんにブレザー貸してもらったから探して返さないと!」
「…………貸してご覧、燃やそう」
「ダメ!人のものだよ!?」
「僕の方から新しいのを月永くんに支給するから」
「なんて言って支給するのよ!ダメだからね!今日ダメだったら明日返すから!」

名前の言葉にしばらく黙った英智は、はぁとため息をついて名前を下ろした。返すのは明日、いい?目を見ながら言われた名前がこくこくと頷くのを見た英智は満足気にひとつ頷いた。

「じゃあ外で高岡が待ってるから、まっすぐ、速やかにおうちに帰ろうね」
「…………あい」



たっぷり休養をとった翌日。レオのブレザーを入れた紙袋を持った名前は、まずはと三年生の教室へと向かう。B組を覗けば、紅郎は居たが、他の人はまだ来ていなかった。そう言えばレオは復学はしているが、神出鬼没で目撃例が少ないとかなんとか。アマゾンに生息する絶滅危惧種の珍獣か?微妙な顔をした名前の背中を、とんと誰かが叩いた。

「名前ちゃん?B組の前でどうしたの?」
「あ、青い鳥くん」
「青葉つむぎですよ」

案外気に入ってますよね、英智くんが着けたあだ名。つむぎの言葉に、名前がえへへと笑う。れ、月永先輩来ないかなぁって覗いてました。昨日ブレザー借りたので。手に持っていた紙袋を見せると、あぁ、とつむぎが頷いた。

「月永くんですね、彼結構神出鬼没なので……登校はしてるんでしょうけど、来るかどうかは分からないんですよ」
「お?呼んだ?」
「あ、月永くん。おはようございます」
「あっ、オバちゃんだ!うっちゅ〜☆」

ちょうど月永くんの話をしていたんですよ。にこやかに言うつむぎの後ろから、名前が顔を出す。レオくん、名前の呼び掛けに、おぉ、とレオが目を輝かせた。

「体調は良くなったのか!」
「バッチリです。しっかりご飯食べて、夜の十一時に強制的に睡眠させられました」

あ、ブレザーお返ししますね。貸してくださってありがとうございます。紙袋を差し出した名前に、ありがとう!とレオは礼を言って受け取る。パーカーの上にブレザーを着れば、昨日見たレオになっていた。紙袋からまたガサガサ音がしたのに気付いたらしい。袋を覗き込んだレオは、お!と歓声を上げた。

「飴とチョコだ!」
「作曲って考え事ですし、糖分補給にと思って。後は五線紙です」

後片付けが大変なので、くれぐれも壁に落書きはしないでくださいね。笑顔で凄む名前に、じどろもどろになりながらもレオは返事してちゃんと紙に書きマス。と頷いた。じゃあ私はこれで、身を翻した名前に、ちょっと待って!とレオが声をかけた。立ち止まった名前はレオを振り返って、どうかしました?と首を傾げる。

「俺はまだ新しい学校のシステムに馴染んでないからな!名前に頼みたいことがある!」
「はい、なんでしょう」
「再来週のどっかの日に、B1のライブを開催しろ!」
「B1ですね…ちょっとリスキーですけどやっておきます。Knightsのライブですね」
「あぁ!題名は【ジャッジメント】だ!」

朝の静かな廊下に、レオの大きな声が響く。ジャッジメントって、あの?驚いた名前がつむぎを見れば、多分あのジャッジメントで合ってます、と震えた声が帰ってくる。一体どう言う意図で?名前がレオを見たが、レオは仁王立ちしたまま、不敵に笑うだけだった。





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