ジャッジメントII
「昨日ちらっと覗いた限り、今はこんな感じですねー。Knightsの練習は見れてないですけど、これはちょっと頑張らなきゃ不味いかもです」
「ふぅん、ありがと」
「いいえ、ちょっとこういうのスパイみたいでワクワクしますけど、」
やっぱりなんか罪悪感が。気まずそうに目を逸らした名前に、大丈夫、と泉が言う。向こうには伝わらないだろうけど、一応こっちの現状も教えてるからねぇ。コーヒーを飲み干した泉が席を立つ。ついでにと名前が飲んでいたカフェラテのカップも一緒に返却所において、戻ってきた。
「ほら、いくよぉ」
「はぁい」
ジャッジメントまであと二日の金曜日、練習詰めも良くないからとKnightsは休みの日を取ったらしい。勝手がわかっている三年生によるユニットであることも相まって、名前はたまにしかナイトキラーズのレッスンに顔を出さないのだ。英智が随分寂しそうにしていたが、居てもいなくても変わらないなら居なくてもいい、と名前が言い、思い出したら顔を出す程度にしている。
あんずはと言うと他のユニットの面倒も見ながら司側でジャッジメントの準備でてんてこ舞いになっており、最近では名前が代わってKnights以外の仕事のプロデュースを請け負っている。一昨日は全国のアイドルと戦ってくるなんて言って全国で猛者修行していたTrickstarが他校に招待されオータムライブに参加するために学院に戻っていたため、名前が割と久しぶりにTrickstarのレッスンに付き合ったのだ。この手厳しい感じ、久々だなぁ。とはヘトヘトになりながら地面へとつっぷした真の言葉だ。
「どこから行く?」
「泉先輩に着いてきます」
「そお?じゃあこっち」
歩き出した泉を追いかけるように走れば、泉は少し歩幅を緩めてくれた。名前が隣に並んだのを確認して、ゆったりと歩き出す。昨日の放課後に玄関で待ち構えていた泉に、明日話聞くからと約束を取り付けられ、先程喫茶店でナイトキラーズについての報告をしたのだ。これだけだとなんだか味気ないと言うことで、そのまま喫茶店が入っていたショッピングモールを冷やかして回ることになった。
「Knightsの方こそ、どうなんですか?」
「それ聞く?」
「いや気になっちゃいまして」
時間あるし覗こうかなって、レッスンルームに近づこうとするとどこからともなく弓弦とか桃くんとか渉が現れてKnightsのレッスンルームに近づけないんですよね。げんなりした顔で言う名前に、うわぁと泉が顔をひきつらせる。fine総動員とか怖、ぶるりと体を震わせた泉が、目当ての店にたどり着いたらしい。中に入り、泉が服を吟味するのを眺める。
「あ、このオリーブグリーンのコートとか良さげですね」
「ふぅん、そしたらこれかなぁ」
「黒のハイネックですか。着て試してみてはいかがですか?」
「試着室行ってくる」
店員の案内で奥に入っていく泉を見送って、名前は店の中を歩き回る。泉を案内して行った女性の店員が戻ってきて、にこにこと名前に話しかけた。
「かっこいいですね、彼氏さん」
「………え?」
「あれ?違いましたか?」
「兄です」
「そうだったんですか!」
ご兄妹揃って美形ですね、羨ましいです。分かりやすくよいしょしてくれた店員に愛想笑いを返し、見ていたジャケットを指した。
「このベルベットのジャケット、52は在庫ありますか」
「少々お待ちください」
バックヤードへと引っ込んだ店員と入れ替わるように、着替え終わった泉が出てくる。どうでしたか、と聞く名前に悪くなかったから買う、と泉がレジに並ぶ。
「お客様」
「はい」
「誠に恐縮ですが確認しましたところ、在庫を切らしております。別店舗で在庫がございますので、いかが致しましょうか」
「あー、取り置きして貰えますか。後日行きます」
「かしこまりました。そのようにお手続きさせていただきます」
「なんか買うの?」
購入した服が入った紙袋を提げた泉が戻ってくる。兄さんにあのジャケット買ってあげようかなって、とトルソーが着ているジャケットを指さした名前に、ふぅんと泉がぺらりと裾をめくる。
「ちょっとぉ、これ値札ないんだけど」
「へぇ、そうなんですね」
「そうなんですねって、値段ぐらい見ないとダメでしょ?」
「五越してればちょっと考えますけど、この様子だと五行ってないので平気です」
さらりと言う名前に、ふぅんと泉が返事してん?と目を瞬かせた。五、万?五十万です。何かおかしなこと言いましたか?と言わんばかりの顔をしている名前に、そうだこいつお嬢様だった…と泉がため息をついた。
♪
ジャッジメントが行われた日、朝の空は少し曇り模様だった。一雨降るかもしれませんね、と家を出た名前に折りたたみ傘を渡した高岡は、帰りに降っていた場合には迎えに行きますねと言って名前を送り出した。通り慣れた角を曲がり、信号を渡る。学院前の大通りには、休日にも関わらず、多くの生徒や人が学院に向かって歩いていた。Knightsによる内部粛清、【ジャッジメント】が開催されるからだ。上級生は去年のジャッジメントを思い出し、一年生はKnightsのライブだからと来る。ちらほらと外部の人が学院に向かっていくのも見える。一応開場は午後からのはずなのだが、当日券を無事に買えるために早い時間帯から並ぶのだろう。
ちなみに【ジャッジメント】が決まってから二日、名前がひっそりと一般に向けてのサイレント先行販売は、そこそこの席数を確保したのにもかかわらず、おおよそ三分以内には完売した。どこで情報が漏れたのか、と原因を探せば、普通科の生徒が普通に『Knightsがジャッジメントやるって』と呟いたらしい。ちなみにその呟きのリプ欄はまさに地獄のようになっていて、その翌日に名前が普通科の授業を受けようと普通科の校舎に踏み入れた途端現れ、低頭平身で謝られ、どうすればいいのかと救援を求められた。とりあえずあのアカウントは捨てろ、としか名前には言えなかった。正門で出国の保安検査並の厳しいチェックを受けて、学院に入る。ローファーから上履きに履き替え、校舎内に入れば、本日のために出動している校内アルバイトに参加している生徒たちが走り回っていた。その隅で地面にへばりついている人影をみつけ、名前はそこへと向かう。
「レオくん、レッスン室行きますよ」
「待って待って!今いい所なんだ!沸いてくる!沸いてくるぞ!インスピレーションが無限に湧いてくる!あっはははは!」
「じゃあ不戦敗ってことで申請してきますね」
「待って待ってごめんごめん!行くから曲だけは作らせて!」
そう言いながらも地面にうずくまり、カリカリと五線紙にペンを走らせるレオに、思わずため息が出る。追加の席を出すためにパイプ椅子を運んだのだろうか、空になった台車を引いている生徒に台車を貸してもらい、何とかしてレオを台車に乗せた名前は、そのまま校内に設置されていた業務用のエレベーターに乗り、レッスンルームへと台車をガラガラ押しながら向かう。部屋の前につき、こんこんとドアをノックすれば、すぐに開いた。
「宅急便でーす、お届け物を届けにやってまいりましたー」
「………月永か」
「動かなかったので動かしてきました。おはようございます、鬼龍先輩」
「おはよう、宝生」
ほら月永、降りろ。えぇー、この快適さを知らないからクロは降りるとか言うんだろ!そう言いながら楽譜の束を片手にしぶしぶレオは台車から降りてレッスンルームに入る。とりあえず衣装もついでに持ってきたので、着替えてください。四人分の衣装も部屋の中に入れ、名前は部屋の外でぼんやりとする。とんとん、と肩を叩かれてみれば、やぁ、とナイトキラーズの衣装を見に包んだ英智がにこやかに笑っていた。
「どう?」
「黒って新鮮でいいなって思った」
「本当?似合う?」
「うん、似合う」
ほかのみんなも着替え終わったから中入っていいよと言われて名前はレッスンルームに入った。サイズがキツいとか、着心地が悪いとか、大きいとかないですか?声をかけた名前に、三人がそれぞれ大丈夫だと返した。場所を移動して、本日のジャッジメントが行われる会場へと向かう。名前の意見をふんだんに取り入れて作られたジャッジメントのライブステージは、崩れた王城の玉座の間をイメージして作られている。本日使う曲を確認し、軽く場当たりをしてバミリをつける。お互い手の内を明かさないという事前の約束を守り、Knights側と合同のリハは行わない。手馴れた三年生ばかりだったので、リハはすぐ終わった。あと残すは午後からのジャッジメントのみ。
「ところで名前」
「なに、兄さん」
レッスンルームに帰る途中に英智に声をかけられた名前は、歩きながら答えた。
「本当に作戦はないの?」
「それは俺も気になっていたな、宝生」
たまにしかレッスン見にこねぇし、細けぇアドバイスもしねぇ。俺らが三年生だからって信頼して好きにやらせて貰えたのはありがてぇが、何も言われねぇと逆に不安になる。紅郎のことばに、そうだぞ!となずなが同意する。
「一応歌う順番は決めてますよ」
レッスンルームの扉を開けて全員入れば、名前はドアを閉める。一応この順番でこの曲を披露してもらおうかと。ホワイトボードを引っ張ってきた名前は、マーカーできゅっきゅと文字を書いていく。
「先鋒と次鋒が鬼龍先輩と仁兎先輩。二人で一緒に最初に出てきてもらいたいです。大丈夫ですか」
「あぁ」
「まかせろ!」
「副将が兄さん」
「うん」
「大将、王様がレオくん」
「おれが最後か!いいぞ!」
「とまぁ、こんな感じです。」
はい、もう文句はないですよね。パチンと手を叩いた名前に、四人は顔を見合わせて頷いた。