初陣



「わ、私までなんか緊張してきた」

S1当日、遅れてやってきた真緒にあんずと二人で手作りしたユニット衣装を着せながら、名前は自分の声が震えていることに気づいた。心做しか手まで震えて来てしまい、上手くボタンがとめられない。

「はは、お前が緊張してるのを見てると、こっちの緊張が逆にほぐれて来たぜ」
「わぁ、頭撫でないでください」

ぽん、と頭の上に手を置かれ、撫でられそうになったと感じた名前は、慌てて止める。悪ぃ、撫でられるのが嫌いなのか?すぐさまパッと手を離してくれた真緒に感謝しながらも、苦手じゃないんですけどちょっと、と名前は言葉を濁す。ふぅん?首を傾げた真緒が、もう大丈夫か?と名前を見た。これで大丈夫です。立ち上がった名前は、数歩下がって真緒を上から下までざっと見る。

「完璧です!」
「お、サンキューな!」
「いえいえ、当然です」

先に着替え終わっていた三人がこちらに向かってくる。写真撮ってもいいですか?ポケットから出したスマホを見せれば、四人はすぐさまひとかたまりになってポーズをとる。こういう所はさすがアイドルだなぁなんて思いながら名前はシャッターを押す。数枚撮った後に良さそうな何枚かをグループのチャットに飛ばす。ぴろん、とチャットの通知が入る。

「あ、紫之くん」
「えっ!しののん!?」
「クラスメイトですし、同じ部活なのでなので、連絡先を交換してるんですよ」
「へぇ!しののん、なんて?」
「朔間先輩がいま講堂でライブしてるみたいですよ。紅月が駆けつけて、対バン形式のドリフェスをやるとか……」

会場までちょっと急いだ方がいいかもしれませんね。そう言ったそばから、もう一人のクラスメイトである友也からも連絡が届き始める。本格的に急がないと行けなくなったらしい。二年生の教室から講堂へと急ぎながらも、みんな話をする口を閉じない。どうやら創に頼んで取ってある席があるらしい。しかしプロデューサーであるから、舞台裾で見ていたい気持ちもある。最前列の席、二人分ちゃんと取ったんだから、おねがい、なんて言われれば断れる訳もなく。講堂前でTrickstarの四人と別れたあんずと名前は、もぎりをしていた創と合流した。
S1は校内だけでなく、校外からも一般客が入るドリフェスだ。だから前の紅月とRa*bitsの時みたいなことは起きない。それに、Trickstarが登壇するまでの繋ぎとして2winkも前座を務めていた。UNDEADが乱入しトップを飾り、挑発に乗った紅月が2番手として歌う。さらに掃けてすぐに2winkがパフォーマンスをする。息をつく暇も与えない怒涛のパフォーマンスに、帰ろうとしても観客は帰るタイミングを見失い、座席に縛りつけられる。そんな人混みで混雑している講堂を縫うように、三人はやっとの思いで最前列へとたどり着いた。



僅差だが、S1では紅月に勝った。革命は成されたのだ。興奮冷めやらぬまま閉会式を終え、みんなで教室に戻る。興奮気味に今日のことを話すスバルに相槌をうちながら、あんずと名前はみんなのユニット衣装の着替えを手伝い、廊下に出る。生徒会に戻るからと、真っ先に真緒が飛び出してじゃあ明日なと言って走り去った。そう言えばと名前も生徒会に出すべき書類があったのを思い出した。

「あんずのお姉様」
「なぁに?」
「わたし、生徒会に寄って帰りますから、四人で一緒に帰っちゃって大丈夫ですよ」
「ううん、待つよ?」
「大丈夫ですよ、四人で積もる話もあるでしょうし」

六人でやり遂げた革命とは言え、一人だけ一年生の名前はTrickstarと一緒にいる時間はさほど長くない。高校に入ってからというものの、意外な事に名前も自分のことで忙しく、毎回のレッスンや会議に付き合えたわけでもない。こうやって革命を起こした仲間だと認識して貰えるだけで、名前は幸せなのだ。先に帰ってていいよと言っても引かないあんずに、結局折れた名前は、じゃあ用事が終わったら一緒に帰りますと言って、桜並木の道で待ち合わせして一旦別れることになった。
時間はもう夜の遅くを指している。がらんと人気のない廊下を歩きながら、名前は窓から外を眺める。どうやら本日は満月だったらしい。明るい月の光が優しく窓を通って廊下を明るく照らし出している。桜はまだポツポツとしか咲いていないいないようだが、気象庁は今年の桜は遅咲きになるだろうと言っていたため、桜吹雪が舞う幻想的な風景になる満開を見ることになるのはもう暫く待つことになるだろう。何となくそんな気分になって、後で自分で閉めるからと言い聞かせつつ窓を開ける。ざぁと廊下に吹き込む春風は、夜のせいもあってか少し肌寒い。けれどもライブ後の高揚で火照った体にはちょうど良かった。周りを、見回す。

「だれも、居ないよね」

名前はおもむろに自分の髪の毛を掴んだ。少し力を入れるだけでするりと取れたウィッグと、地毛を収めるために付けていたウィッグネットを取る。はらりと流れた自分の生まれ持った髪の毛が、春風にさらわれて揺れた。汗ばんだ頭皮を、冷たい風が撫でる。しばらくそうしていたが、桜並木道にあんずたちを待たせていたことを思い出して、名前はウィッグとネットをカバンに突っ込んで人のいない校舎を駆け出した。途中誰かとすれ違った気もしたが、提出する書類を確認しながら急いでいる名前は気が付かなかった。アイドル科校舎本館の三階の角部屋に辿り着き、名前はドアをノックする。やや遅れて聞こえてきたどうぞ、の声に、名前は生徒会室のドアを開けた。

「ちょっとぉ〜、こんな時間に校内に残ってるだなんて、何も出来ない俗物の庶民のくせに!」
「聞き捨てなりませんね、姫宮」
「きーっ!何だっ………」
「坊っちゃま?」

ふと目を丸くして言葉を途切れさせた桃李を不思議になりながら弓弦も振り返り、固まる。向かい側に座っている敬人なんて驚きで言葉も出ないらしく、コトンと手に持っていたボールペンが机に落ちた。真緒も何かを察したらしく、形のいい眉がきゅと歪んでいる。

「なっ、なんでっ……!」
「居ちゃ行けない?」
「そ、そうじゃなくて……っ」
「じゃあいいじゃない。あっ、そうだけーくん」

くるりと体の向きを変えて、名前は敬人を見る。

「挑発に乗ったけーくんの負けだね。ご愁傷さま」
「ど、な、何の用だ……」
「Trickstarの今後の活動方針を提出しに来ただけ。あとはイースターナイトの報告書も。はい」
「あ、あぁ……」

報告書を受け取った敬人が丁寧に作られた書類の表紙に目を滑らせる。作成者のところで目をとめた敬人の、目が見開いた。

「お前……!」
「その苗字、母方の祖母のなの。可愛い苗字でしょ」
「そうじゃなくてだな………!」
「じゃあ、私はみんなを待たせてるから。またね」

ヒラヒラと手を振って生徒会室を出たが、ふと思い出したことがあって戻る。ドアを開けば、再び視線が一斉にこちらに向いた。

「あの人、多分この事は知ってると思うけど、あの人が話題に出すまで私の事、話しちゃダメだから」

姫宮的に言うと、末代まで祟ってやる?見た人全てを魅了するような笑顔を披露した名前は、じゃあね、と今度こそ生徒会室から出ていった。それからしばらくして。長い入院期間を超えた英智が生徒会室に戻ってきてはドアを開く。一斉に向けられた目線にたじろぎながらも、英智はあれ、と首を傾げた。

「どうしたのみんな、幽霊を見たような顔をして」

いやなんでもないです、気にするな。次々にかけられる声にそう?なんて憮然とした声を出す英智だったが、やっとこの最悪の事態に気づいた真緒は、マジかよ、と小さく呟いた。





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