オータムライブII
『ねぇ名前、朝から悪いけどさぁ、俺のおねがい。聞いてくれない?』
非常に珍しいことに朝から凛月の電話を貰った名前は、凛月に言われた通りTrickstarが泊まっている部屋に向かった。スバルと北斗と真は朝から何やら不穏な空気を漂わせており、少しギクシャクしていたようだが、特に体調不良も無く送り出したのだが、どうやら真緒は昨日の夜にメンタルをギタギタにされるような出来事があったらしく、それに関しては三人も気が済むまで寝かせてあげたいらしく、非常に静かな朝だった。Trickstarの部屋に着いた名前は、ドアをノックする。返事がない。確か真緒はまだ部屋から出ていないという話を聞いたのだが、時刻はもうそろそろ九時だ。寝坊にしてもそろそろ起きて欲しいところである。
「真緒せんぱーい、もう九時ですから、そろそろ起きてくだ…………………………真緒先輩?」
「いや、まって、待ってくれ名前!勘違いなんだ!いや何が、えっと、違うんだ!」
「何が違うんですか?」
「違くないです!いや違う!あっ!?で、電話きた、もしもし……凛月!?、へぶう」
『あはは、名前に枕投げられたでしょ、まーくん』
「凛月!?お前なんで知って…………なるほど、そういう事か」
『そーいうこと♪』
「いますぐ、お姉さまから、離れてください」
「ハイ」
ザッと勢いよくあんずから離れた真緒を睨みながら名前はあんずをひっぱって入り口へと戻る。とりあえずそのだらしのない格好をどうにかしてから謝罪に来てください。冷ややかな表情で言う名前に、土下座しながらははーっと言った真緒は、パタンと襖が閉めらたのを確認してほっと息を吐く。外では謝罪とかいいのに、というあんずと、お姉さまは無防備すぎます!と叱る名前の声が。電話口から声が聞こえていたのだろう、名前も大概無防備だけどねぇ、と凛月の気だるそうな声が聞こえた。
♪
名前は一応Trickstarのプロデューサーという名目で来ているのだが、如何せんやることはない。レッスン内容も専門のスタッフがついて作られているし、食事も栄養を計算したものが運ばれる。せいぜいレッスンを見学し、スバル達に連れられてお昼ご飯を食べ、午後とのトレーニングにちょっと混ぜてもらい、それから宿に戻って夢ノ咲の方の仕事をこなすだけだ。それが一日続けばちょっとと思い始めるし、二日続くと何だかいたたまれなくなる。三日ともなればもう完璧に私なんでここにいるんだろう状態になった。
本来ならばあんずが名前の立ち位置にいてあれこれとTrickstarに指示を出すはずだったのだが、別件で最近こちらを離れがちだ。ちなみに平日は下働きの生徒がそこそこいるらしく、ゴスプロ主催の【オータムライブ】もあってか、校内はそこそこ賑やかだ。特待生にしか通行が許されていない通路に入り、ぼんやりと外で動き回る人たちを名前が見つめていると、ねぇ、と声をかけられた。
「はい……乱さんでしたか。こんにちは」
「こんにちは。えっと」
英智くん、いつの間に女の子になってたの。凪砂の口からとび出た言葉に、名前は一瞬考えてからあぁ、と頷いた。
「兄と勘違いしてますね、乱さん。私その英智くんの妹です」
「英智くん、妹なんていたんだ…名前は?」
「名前、天祥院名前です」
好きな様に呼んでいいですよ。そういった名前に、しばらく凪砂は考えてから名前さんって呼ぶね、と言った。
「ごめんね、安直で」
「いえいえ。ところで乱さん」
「私も、凪砂でいいよ」
「凪砂さん、髪の毛びしょびしょですよ」
長い髪の毛を伝ってぽたぽたと水が垂れて地面に小さな水たまりが作られていく。モップとかで拭きたいなぁこの地面、と名前が地面と凪砂の髪の毛を交互に見ているとうん、と凪砂は頷いた。
「?」
「……?」
「か、乾かさないんですか?」
「……面倒くさくなって」
「風邪ひきますよ」
「そう、だね」
「嫌じゃなければ、私が乾かしましょうか?」
「いいの?」
「嫌じゃなければですけど」
「嫌じゃ、ない」
じゃあ応接室でやりましょうか。名前の声にうん、と頷いた凪砂は、その場に立ったまま動かない。どうしたの?と名前が聞けば、場所がわからない。と帰ってきて、名前は思わず天を仰いだ。はい、手を出した名前に、わけも分からぬまま凪砂が手をのせる。ぎゅっと凪砂と手を握った名前は、じゃあ応接室に行きましょうね凪砂さん、と凪砂を引っ張って歩き出した。何故秀越に来て三日の私の方が校内に詳しいのかと心の中で独りごちながら部屋に向かって歩く。まるで大きな子供を世話しているような感覚だが、そんなに嫌ではない。
「ねぇ、名前さん」
「なんですか、凪砂さん」
「秀越の制服も、似合っているね」
「えっ…、ありがとうございます?」
秀越でずっと夢ノ咲の制服で動き回るのも目立ってちょっと目に付くので、と茨から貰った秀越のブレザーを名前は身につけていた。正直制服のデザインも夢ノ咲のに比べたらずっと可愛く気に入っているが、それは口には出さない。そう言ったら最後、あれよこれよと茨によって秀越に引き抜かれるのは目に見えているからだ。Edenの応接室に着けば、凪砂はそのままストンとソファーに座る。ドライヤーとタオルはそこの引き出しの三つ目。そう言ったっきり、手元にあった本を引き寄せて読む凪砂に、世話され慣れてんなぁコイツと名前は抵抗の意味も兼ねてひとつ大きな咳払いをした。タオルドライをしてからドライヤーをかける。サラサラとした手触りにワクワクしながら、ふと名前は思いついた。
「凪砂さん、ちょっと動かないでくださいね」
「うん、いいよ」
さらさらと凪砂の髪を触りながら、名前はふんふんと鼻歌を歌う。サイドを編み込みをして、ハーフアップにする。仕上げにポケットに入っていた昨日旅館で食べたチョコレートの包装についていたリボンを結べば、完成だ。出来ましたよーと声をかければ、凪砂は顔を上げた。向かいにあるレッスンスペースになっている壁の鏡を見た凪砂が、立ち上がって鏡に向かって右や左に頭を振る。
「面白い髪型だね」
「編み込みですよ。男子にはあまり馴染みない言葉かもしれないんですけど、ヘアアレンジの一種です」
「一種、と言うとほかのヘアアレンジもあるのかな?」
「もちろん」
それに凪砂は興味を持ったらしい。カーネリアンの瞳が煌めき、凪砂は名前を振り返った。
「君はできる?」
「覚えているのもあるけれど、分からない物は端末で調べれば」
「じゃあやろう」
そんなこんなでヘアアレンジ大会は夕方まで続き、他の仕事が控えているので、また明日。と名前が部屋を出ていく。それからしばらくしてEdenの専用応接室に帰ってきた茨は、ソファーの上で悠々と読書している自分の主を、それはきれいに二度見した。
「閣下、それは」
「これ?夜会巻きって言うんだって」
「いえ、そうではなくて」
「あぁ、名前さんがやってくれたんだ」
最初は普通の編み込みだけどね。そう言って見せられた端末には午後の間中ずっと髪の毛で遊んでいたのだろう、ヘアアレンジをした凪砂の頭の写真が山ほど。まだ全部試せてないから、また明日の午後もやるんだ。お花を飛ばしながら嬉しそうに言う凪砂に、茨はそうですか、と微妙な顔をした。