フルール・ド・リスII



コンコン、と部屋のドアがノックされて、名前は目を開ける。いいわよ、そう声をかければ、開いたドアからぞろぞろとメイトが入ってくる。おはようございます、お嬢様。朝から綺麗な角度の礼をみせられるも、人が多くて面倒くさいなぁ、と感想しか生まれない。

「おはようございます、お嬢様」
「あー、高岡」
「はい。よく眠られたでしょうか」
「えぇ、気分は最悪だけどね」

仕事の途中で人を気絶させて寝かせるってどういうこと!ベッドから降りて抗議するようにダンダンと足踏みしても、みんな微笑ましそうに笑うばかり。無意味な行動だと気付き、名前は顔をしかめる。では朝のお支度をお願いします。高岡が退出し、まるでアリが砂糖に群がるようにメイド達がわらわらと名前に群がる。されるがままに顔を現れ、パジャマを脱がされ、服を着せられ、髪をとかされ結ばれる。仕上げに軽い化粧をされ、旦那様と奥様が朝食室でお待ちです、と言われるがままに高岡を従えて朝食室に向かう。

「だめだわ、あの家に慣れてしまったから本邸のこの部屋から部屋の移動に意味を見いだせなくなっているわ」
「家は階段降りればすぐダイニングでしたからね」
「何かしらこの無駄な時間。それに今気づいたんだけど高岡」
「なんでしょうかお嬢様」
「私多分朝食室に行くの、十年ぶりよ」
「……俺が泣きそうになるのでもう言わないで貰えます?」
「まぁこんなくだらない会話が出来るのね。新しい発見ね」

朝食室のドアを、高岡が開ける。おはようございます、お父様、お母様。そう言って椅子に座った深月に、両親はにこやかに笑う。

「おはよう、名前。パパって呼んでもいいんだよ」
「私のこともママって呼んでいいのよ?」
「結構です」
「んもぅ、あっそうだ!あのね、来年のパーティーに着るドレスね!どこに頼もうかしら?」
「……むぅ、それは迷う」
「でしょでしょ!」
「一週間やるし、一日……二着?」
「そうね。色んなところに作らってもらう予定だけど、どこかに二着目を作ってもらうしかないのかしらね」
「最近注目を浴び始めてる新人デザイナーに作らせてみるのは?」
「アリね、声をかけてみましょ!名前ちゃんも一緒に見るわよね?」
「うん」

ロールパンを小さくちぎり、口に運ぶ。私と何か言いたいことは無いのかな、と縋る犬のような目をしてくる父親をちらりと見れば、直ぐにコホンと咳払いされる。

「今日はなにか予定があるかな?」
「午前中に色々済ませてから、午後はフラワーガーデンに行こうかと」
「フラワーガーデンか……パパとデ」
「Knightsが今日フルール・ド・リスのイベントでライブを行うので見てきます」
「そっ、そっかぁ」

しょんぼりとしているのをスルーして、朝食を片していく。オムレツにサラダ、フルーツとヨーグルトを胃に収めて、ごちそうさまでした。と手を合わせる。高岡が椅子を引いてくれたので、席を立つ。

「そう言えば」
「なにかな!?」
「片すべき仕事は午前中で終わるので、午後はフラワーガーデンから直で向こうに帰りますので」

ドレスのデザインをデザイナーと決める時は呼んでください。来ますので。そう言い終わった名前はじゃあ、さようなら。と振り返りもせずに朝食室を出た。すぐ後ろを高岡が着いてくる。

「まだ険悪ですね」
「仲直りはしたのよ?」
「あれは仲直りした雰囲気と話し方じゃないですよ、お嬢様」
「………」
「もしやお嬢様、ツンデレというものですか?」
「クビにするわよ」
「申し訳ありません…うわぁ、そんな嫌な顔なさらないでください」
「気のせいじゃないかしら」

部屋に戻って自分の机に座る。決裁済みの書類が未決裁の山を大きく上回っているのを見て、思わず口角がにぃと上がる。さぁ、ちゃっちゃかやって行くわよ!気合を入れるために自分で自分に言い聞かせて、名前は裾をまくった。



名前がフラワーガーデンに着いたのはお昼を少し回った頃だった。来る途中でKnightsのグループチャットにメッセージを飛ばせば直ぐに既読が着き、午後の真ん中の出番だから焦らずゆっくり来てね、と嵐から返事が返ってきた。入場のついでにもらったフルール・ド・リスのパンフレットを開く。見れば確かに出演順でKnightsは真ん中になっていたし、なんとなく周りを見ればKnightsのグッズを持っている子や、推し色をみにつけている女の子もチラホラと見かける。

「あっれー、名前ちゃんだ」
「あら、薫先輩……とお姉さま!」
「こんにちは、深月ちゃん」
「ごきげんよう!」

ごきげんよう…?目を瞬かせるあんずに、あっと名前は口を塞ぐ。おうちのお仕事はもう大丈夫なの?あんずの言葉に、名前はこくこくと頷いた。

「ごめんなさい、ここ数日本邸に滞在していたので言葉遣いが少し引っ張られてしまって」
「そうなの?」
「はい……なるべく元に戻すので……」
「無理しなくてもいいよ?私は好きだなぁ、名前ちゃんがザ・お嬢様!って感じで話してるの」
「お姉さま……!」

わっ、と抱きついた名前をあんずはよろけることもなく抱きとめる。きゃっきゃとはしゃぐ二人に、ねぇ俺蚊帳の外?と薫が寂しそうな顔をした。

「薫くん薫くん、我輩がおるぞ」
「えぇー、ナシかな」
「なんと……」

零の声に気付いた名前があんずから離れて振り返る。わぁ、朔間先輩も来ていたんですね。その言葉に、零は頷いた。

「うむ、凛月を見にな」
「最近は昼間に起きてますからね…」
「少し気になるんじゃがな、何事もなければいいのだが」
「手が空いてる時はなるべく見ておきますね」
「うむ、たまに気をかけてやってくれると嬉しい」

そう言えばフルール・ド・リス、座席は先着順だから早めに行かないといい席取れないんだよね。パンフレットを捲った薫は、だから早めに行って席取りに行こうか、と言って歩き出す。私はKnightsの様子見に行くので、一旦別れて控え室に行ってきます。私の分の席も取っておいて貰えますか?そう言った名前に、もちろんだよと薫がウィンクする。後で会う約束をして三人と別れ、名前は一人関係者入口に向かう。警備員に予め用意してもらった通行証を見せ、Knightsと書いてある楽屋のドアをノックした。はぁい、と言う声を、名前はドアを開ける。

「こんにちは。見に来ました」
「あらぁ!名前ちゃん、間に合ったの?」
「はい、午前中には終わったので、法定速度を遵守してゆっくり来ました」
「えらいわぁ」

嵐に頭を撫でられながら、名前は楽屋を見回す。レオくん居ないんですね。その言葉に、電話をかけていた泉がねぇちょっと、と名前に言う。

「『王さま』電話かけても出ないんだけど、名前の方でもかけてみてくれない?」
「はい」

まったく、来ないとか意味わかんない、チョ〜うざぁい、文句を言いながらもリダイヤルした泉に、名前はチャットアプリから電話をかける。耳元では呼び出しの無機質な音楽が延々とループ再生されるだけで、レオが出る気配が一ミリもない。一応レオくんが居ないパフォーマンスもシミュレーションしてるんですよね、机にぐてんと突っ伏していて凛月の目の前に、先程自販機で買った炭酸を置きながら言えば、当たり前でしょぉ、と泉の声が聞こえる。レオを探して回ったのだろうか、部屋にいなかった司が戻ってきて名前を見つけて目を輝かせた。

「来ていたのですか!」
「うん。探し回ってたみたいだけど、レオくん来てるの?」
「えぇ、私達が舞台上でrehearsalしていた時にleaderの衣装が無くなっていたので、来てはいると思います」
「そっか。というかそろそろ時間ですし、行かないとやばくないですか?」
「………っとーに、行くよ!」

客席で見ているからと伝えて、名前は外に出る。関係者入口までは薫が迎えに来ていて、二人で他愛ない話をしながら取ってくれたという座席に向かう。舞台をぐるりと囲むような客席は満員となっていて、立ち見の人もいた。ここだよ。と案内されたのは舞台から少し離れたど真ん中の席。間に合ったね、とあんずか飲み物を渡してくれたのを受け取りながら、名前はありがとうございますと席に座った。陽気な司会者の案内で、様々な人達がステージでパフォーマンスを行う。合唱、アカペラ、聖歌、吹奏楽のパフォーマンスに、バンド、それからピアノにバイオリンの四重奏。御次は夢ノ咲学院からKnights!司会者の言葉に、会場のあちらこちらから黄色い歓声が上がった。音楽が流れ始め、四人がステージに上がってくる。歌いながら手に持っていた旗をくるくると回している。

「フラッグパフォーマンス!」
「へぇ、そんな呼び方なんだ」
「そんなのやるなんて私知らなかった!悔しい」
「案外名前の驚く顔が見たくて黙っていたかもしれぬのう」
「わぁみてよ、せなっちのあのドヤ顔」
「ムカつく〜!」

旗を持ちながらバク転した凛月に、会場から歓声が上がる。でもみんなかっこいいなぁ、そう呟いた名前に、だねぇとあんずが頷く。この様子だと、一位はKnightsなんだろうねぇ、苦笑いした薫に、凛月がおるから一位に決まっておるじゃろ、と零が深く頷いた。会場に散らばっているKnightsのファンのうちわの言葉に、メンバーがそれぞれ反応していく。指さしたり、投げキッスしたり。ウィンクしたり。軽やかに要求されたファンサに応えていく先輩たちの中でも、どこかまだお堅い司もぎこちなくもファンサをして行く。名前達の前の席に座っていた子達は司のファンらしく、こちらに向かって微笑みながら手を振ってくれた司にきゃあきゃと騒いでいた。それを微笑ましく思いながらも、名前はぐるりと会場を見回す。ふと柱の間からちらりと見えた鮮やかなオレンジに、目が止まった。

「薫先輩、」
「なぁに?具合でも悪くなった?」
「多分レオくん見つけたので追いかけて来ますね」

戻ってこないかもしれないんですけど、そうなったらKnightsのみんなにとても良かったよって伝言伝えて貰えると嬉しいです。席を立った名前に、隣で聞いていたあんずが慌てて道をつくる。人混みをぬけ、先程レオのいたところに向かって走りだす。その場から動いてなかったようで、レオはすぐに見つかった。

「レオくん!」
「わぁ!名前にも見つかった!」
「おぉー!名前さんだあ」
「あれ、三毛縞さんも来てたんですね」
「そうだぞお、今回レオさんの依頼で衣装を手配したのは俺だからな!」
「そうだったんですか、ありがとうございます」

ところでレオくん、みんな探していましたよ。唇をとがらせた名前に、いやぁとレオは笑う。

「おれはそんなに出なくていいと思ってるんだ」
「………レオくんのばーか」
「のわっ!?まさかと思うが、おれ今名前に罵られた!?」
「罵られたなあ!」
「あーあ、せっかく新しい衣装着てアイドルやってるレオくん見たかったのに」
「うっ………」
「おお?」
「あーあ、ほんっと、残念だなぁ!」
「うぅ〜〜っ!学校に帰るぞ名前!」

そう言ってずんずんと歩き出したレオに、えっと慌てて名前が追いかける。

「なんで学校帰るんですか!?」
「ここで歌ったらバレてセナが追いかけてくるからな!」
「いやいやここまで来たら舞台上がりましょうよ!?」
「中途半端なところで舞台に上がるのはおれの美学に反する!」
「聞いたことの無い美学ですね?」

それに!きらびやかなステージ衣装でフラワーガーデンの中を走るレオは、周りの視線を気にもせずに叫ぶ。

「去年看護師に止められてやり損ねた病室ライブ!その続きだからな!」

だから観客は名前一人だ!にっ、と笑ったレオに、名前は立ち止まりかけて、慌てて足を動かす。改札をとおり、やってきた電車に乗り込む。あぁやってしまった。ため息を着く名前は、ふとあることを思い出した。

「でもレオくん、その格好じゃアイドル科の校舎入れないよ?」
「ん?あぁ……………別にアイドル科の校舎じゃなくてもいいよ」
「と、言うと」
「普通科の校舎に侵入する!」

おぉ、侵入って怪盗みたいでわくわくするな!まだかな、とレオが車窓から外を眺め、待ちきれない、というように呟いた。一駅、また一駅と夢ノ咲に近づく電車に、名前も胸を躍らせていた。





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