ハロウィン・パーティーII



「これは……酷いね」
「うん」

多分情報操作の類だと思う。苛ついたようにトントンと指で机を叩く名前をこら、と小さく叱って、英智はスマホを取りだした。とりあえず雑誌側に今後はもう取材の申し込みは受け入れないと言う知らせを入れておくねと言った英智が電話をかけ始める。もの腰柔らかくだが辛辣な物言いで相手側の出版社をなじる英智を横目に、二人の所属するモデル事務所はどう対応するのだろうか、と名前はぼんやりと考える。話の決着が着いたらしい。電話を切った英智は、やれやれと肩を竦めた。

「やっぱり段々と情報をネットに移行していくのが正解だったね」
「うん?」
「【オータムライブ】の後に名前が出してくれた企画書、」
「あれ、見つけちゃったの」
「ばっちり。生徒会で全力で後押ししてもらうよ」

とりあえず部屋も準備は終わったし、機材も揃えたから始めていいよ。はい、と引き出しから撮影スタジオとプレートの着いた鍵を名前に渡して、英智は苦笑する。

「まさか夢ノ咲の公式動画チャンネルの記念すべき一本目が、弁明動画になるとはね」
「何言ってんの、学校とユニット紹介動画から作るわよ。弁明動画はその次」

まずは撮影手伝ってくれる校内アルバイトでも募ろうかな。校内SNSを開きながら、名前は生徒会室を出て行った。



ハロウィンパーティ当日の朝。空き教室で衣装の裁縫を依頼してきた全ユニットが着る衣装の最終チェックをしていた名前の耳に、こんこんと控えめに教室のドアをノックする音が聞こえた。どうぞ、と声をかけた名前に、おはようさんと声をかけながら顔を出したのは、みかだった。

「あ、おはようございます、影片先輩」
「名前ちゃん、忙しい?」
「昨日の夜にした衣装チェックの見返しですし、ぶっちゃけ暇ですよ。どうかしましたか?」
「あんな、ちょっとだけ、時間ええ?」

お師さんが名前ちゃんに用事があるって言うててな。ちょっと手芸部まで来てくれへん?こてんと首をかしげながら言うみかに、もちろんと名前は応えて教室を出る。施錠をしっかりとし、みかについて手芸部の部室に向かえば、宗が待ち構えていた。隣に置いてあるらしいトルソーには繊細なレースと控えめなフリルが美しい黒のロングドレスと同じく黒の総レースのローブ。なにこれ、と頭を傾げた名前に、僕達は外にいるからこれに着替えるといい、と言って席を立った。

「えっ?」
「気に食わないのか?」
「えっ、とても好みですけど、これ、私にですか?」
「フン、決まっているだろう。このサイズは小さすぎて僕たちには着れない」

まさか君、ハロウィンなのに制服で動き回るつもりではなかっただろうな?宗に睨まれた名前は、裏方だしそのつもりでした、と言いかけて口を噤む。代わりに頭を横に振り、トルソー似合ったドレスを手に取る。二人が出て行ったのを確認して、ドレスに腕を通した。ピッタリと作られたそれは着心地がよく、動きやすい。フードの着いていたローブにも袖を通し、全身黒ずくめにし、脱いだ制服を宗が用意してくれた小道具のバスケットに入れて名前は外に出た。

「着替え終わりました」

そう言ってその場でくるりと回った名前に、笑顔のみかがぱちぱちと拍手する。

「名前ちゃん、似合っとるで〜」
「僕の見立てだからね。似合っていないはずがないのだよ」
「こんな素敵な服、ありがとうございます。あっ、マドモアゼルもおそろいだね」
『名前ちゃんとお揃いで私も嬉しいわ』

マドモアゼルと握手してから頭を下げた名前に、礼には及ばんと答えて宗が部屋に戻っていく。お師さん、忙しかったのにそれだけは作るー言うて作ってたんよ。こっそりとそう教えてくれたみかは、じゃあパーティが始まったらまた会おうな、と言って部屋に戻って行った。スマホを取り出してみれば、時刻はそろそろ生徒達の登校時間となっている。気が早いユニットなら、もう衣装を取りに来る頃だろう。慌てて教室に戻れば、待ちきれないと言ったように教室の前に短い列が出来ていた。

「おまたせしてすみません!今開けますね、」

ドアを開けて中に入る。注文した衣装を受け取りに来るユニットのリーダーと軽く言葉を交わしながら衣装を渡していけば、一時間もしないうちに衣装が溢れ帰っていた教室はすっからかんになっていた。準備期間中から肌で感じていたのだが、どうやら生徒達にとってこのハロウィンパーティは気合いの入り方が違うらしい。活気づいた賑やかな校舎内では、既に入場した一般のお客様がお菓子を片手に巡回を始めている。お気に入りや推しのアイドルを見つけ、トリックオアトリート!とはじゃぐ声が名前のいる教室からも聞こえてくる。一旦女子更衣室に制服を置きに行き、代わりにカゴにお菓子を詰めた名前は、校内に繰り出した。遊びに来たファンと勘違いされて何度か先輩や同級生に声をかけられもし、そう言えばKnightsを見かけていないと気付いた名前は、一般客の立ち入りが禁止されているガーデンテラスに向かっていた、その途中。

「あれ、名前ちゃんだ」
「あら?お姉さま方、ごきげんよう」
「ごきげんよう。名前ちゃんも来てたんだ」
「はい。お姉さま方も来ていたとは、驚きました」

名前を呼ばれ振り返れば、そこには去年のチェスのライブに通った時に仲良くなったチェスのファンである人達が一塊になっていた。挨拶しながら駆け寄った名前に、その仮装すごいね、と褒められてありがとうございます、と名前は笑う。

「ところで皆さん、何故ここに?」
「えっ?私らてっきり名前ちゃんも知ってて来たと思ってたんだけど」
「え?」
「ほら、レオくんがKnightsに復帰したって!」
「あぁ……」
「名前ちゃんは違うの?」
「私は、夢ノ咲に今年から在籍しているので…」
「いいなぁ〜、若いっていいなぁ」

私らもあと何年か若かったらな、一人が発した言葉に、周りがウンウンと頷く。じゃあレオくんのことなんか噂になっていたりしないの?そう聞かれて名前は頷く。

「学校には来てますよ。神出鬼没でなかなか捕まえづらいですが」
「なんか苦労してるんだね」
「ですので、Knightsのステージでも顔が拝める機会は割と少ないというか、レアなんですよねぇ」
「わかる。最近レオくん復帰したって言うから校外のKnightsのライブ通いつめてるんだけど、九割居ない」
「渋いよなー、ガチャの☆5排出率か」
「でも夏明けからKnights新曲増えてるからさ、レオくん帰ってきたんだーって感じ」
「わかるわかる」

ところで名前ちゃんさ、声をかけてきたそのうちの一人に、なんですか、と名前が言えば。この間の記事の、と彼女は言った。

「あれさ、なんでKnightsなんもしてないの、知らない?」
「あっ、私も気になってた!めっちゃムカつかない?Trickstar」
「わかる、『SS』に出場できたからって何様のつもりなんだろうね!」
「でも一番は何もしないで黙っているKnightsが許せない」
「普段ならさっさと【デュエル】開いてTrickstarコテンパンにしてるのに」

口々に言う彼女たちに、落ち着いてください、と名前は声をかけた。あ、やっぱり名前ちゃんなんか知ってる?首を傾げた彼女に、オフレコですけど、と名前は言葉を続けた。

「入場時に配られたパンフレットのQRコードから、気に入ったアイドルに点数振り分けられるの、知ってますよね」
「うん。私ら全員全ポイントKnightsに振分けるつもりだよ」
「わぁ、ありがとうございます。それ、実は統計されてて」
「あー、わかった、完璧に理解した」

ニヤリと笑った彼女に、これ誰にも言わないでくださいね。バレたら私がやばいので、と言えば彼女は分かったと頷いてくれた。過激派が多いチェスのファンだが、彼女たちは名前にとってはとてもいい人たちで、素敵なお姉さまたちなのだ。じゃあ私ちょっと行かないところがあるので、スマホで時計を確認して立ち去ろうとした名前を、内の一人が呼び止めた。

「名前ちゃん、名前ちゃんは夢ノ咲の普通科?」
「私、夢ノ咲のプロデュース科でKnightsのプロデュースしてるんです」

これも、内緒にしててくださいね。人差し指を唇にあて、シーとポーズをした名前に、彼女たちは顔を見合わせて笑った。今月から始まったカバンのCM、めちゃくちゃいいよね!いくらでもお金積むからもっといっぱいKnightsに仕事持ってきて!Knightsのみんなに、応援してるって伝言して貰えたら嬉しい!口々に言う彼女たちに、今から会いに行くので伝えときますね、と名前はそう言って別れた。



聞こえてきたピアノの音に、凛月はぼんやりと目を開ける。薄暗い音楽室の中で、ゆったりとしたピアノの音が鳴り響いている。その音をもっとよく聞いてたくて起き上がれば、ぎしり、と零が凛月に用意したという寝床の棺桶が音を立てた。音楽が止まる。黒いドレスを身に包んだ人が、少し身動ぎをする。月の逆光で顔がよく見えないが、口を開き聴こえてきたその声に、凛月は無意識のうちに詰めていた息を吐き出した。

「凛月先輩、起こしちゃいました?」
「………名前なんだ」
「そうですよ。まだ、寝ぼけてます?」
「ううん、完璧に目が覚めた」
「それは良かったです」
「ピアノ、出来るんだ」

名前の隣に立った凛月は、人差し指で鍵盤を押す。ポーン、と鳴った軽い音に、心も軽くなる。ピアノは嗜みでやってましたね、鍵盤の上を滑るような手つきで、名前が曲を弾き始める。先程凛月が聞いたのと、同じ曲だった。

「ハロウィンなのに」
「センチメンタルな感じの曲は嫌いですか?」
「ううん、ここだけ別世界って感じで。いいと思うよ」

弾き終わった名前に、ぱちぱちと凛月が拍手する。ありがとうございます、頭を小さく下げた名前は、じゃあそろそろ衣装に着替えて、ステージに向かいましょうか、と立ち上がる。静かな音楽室から一歩出れば、そこは怪物と人間が入り乱れ、賑やかにお祭り騒ぎを繰り広げる、そんな世界。そんな名前も全身を黒に包み、魔女の仮装をしていると言っていた。ちなみにKnightsは死神の仮装をする予定だ。雑誌のいざこざから起きたTrickstarとの合同ライブは、色んな人たちの問題が絡み合い、いつの間にかその形を変え、対決という形になっている。

「勝ちましょうね」

凛月の考えていたことを読んだのかは分からない。くるりと振り返って凛月にそう言った名前に、凛月は小さく笑った。

「当たり前でしょ。今回も絶対Knightsが勝つよ」





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