スタフェスI
季節はすっかり冬になり、ここ数日は雪もちらつき始めてる。校庭は既に大部分が雪に覆われており、休み時間や放課後に雪遊びをする生徒もちらほらと見かけられた。放課後に一緒にKnightsのスタジオに行こうと司と約束した名前は、本日日直の司を待つべく、B組の教室のお邪魔してのんびりと過ごしていた。生徒の大半はもう間もなく開催される、『SS』に出場するTrickstarの壮行会の形をとったクリスマスライブ、『スターライトフェスティバル』に参加するためにレッスンを始めており、放課後のチャイムが鳴ってから数分しか経っていないのにも関わらず、教室はがらんとしている。
「宙くんはいいの?レッスンに行かなくても」
名前がそう聞けば、宙は大丈夫です!と笑顔で言う。そう言えばまだSwitchからスタフェスに参加するなどの話を聞いてなかったなと名前は思い当たって宙の頭を撫でる。ふわふわとした猫っ毛が気持ちいい。くすぐったい、とくすくす笑う宙に、名前も頬が緩む。しかしその手も、パシリと掴まれた。
「むやみやたらと異性に触れないでください」
はしたないですよ。顔を顰めた司が、名前の手を離す。目を瞬かせて司を見上げる名前に、こほんと咳払いした司は、教室を閉めます、と告げた。宙はしばらく司と名前を交互に見比べていたが、やがて席を立った。
「HiHi〜、宙、『ししょー』のお手伝いに行くんだな〜」
「はい、行ってらっしゃいませ」
「宙くん、夏目先輩によろしくね〜」
「HaHa〜、了解です!」
ぴょんぴょんと教室を出ていった宙を見送り、私たちもそろそろ行こうか、と名前は席を立ってなんとなしに窓から校庭を眺め、固まる。教室を出てドアを閉めようとした司が、まだ教室の中で立って外を眺めている名前を見て、どうかしましたか?と声をかけた。
「あれ、レオくんじゃない…?」
「えっ、Leaderですか?」
ダッダッダッと窓辺に駆け寄った司が、まるで窓に張り付くかのようにして外を見る。jesus christ!小さく叫んだ司が、Leaderを捕まえに行きますよ!と身を翻して歩き出すのを、名前は慌てて追いかける。教室の鍵を掛け、職員室に戻しに行き、それから玄関でローファーに履き替えて校庭に飛び出す。幸いあれからレオは場所を移動していなかったみたいで、雪の上から動かずに一心不乱に楽譜に音符を散りばめていた。しかしすっかり自分の世界に入ってしまったようで、司がいくら声をかけても気付いていない。
「このっ……!」
「えぇ、ちょっと司」
「これぐらいでもしないと!」
積もっている雪をぎゅっと丸めた司が、それをえいやとなげる。確かなスピードとコントロールで綺麗な弧を描いた雪玉が、レオの背中にクリーンヒットした。ギャンギャンと騒ぎ、喧嘩を始める二人はもう日常茶飯事だ。またか、とため息をついた名前は、自分の巻いていたマフラーを外して広げ、レオにかけた。
「風邪ひくから二人ともスタジオに戻ってからにしてください」
「おおっ!?あったか〜い!」
「カシミヤのマフラーですからね。暖かくて当たり前です」
しばらく外に立っただけでも、体の芯まで体は冷える。三人でバタバタと校舎に戻り、Knightsのスタジオに飛び込んだ。すぐさまコタツに潜り込んだレオに、司が呆れる。ごそごそとかばんからファイルを取りだした名前が、一枚の紙を取り出して机に置いた。
「今日のレッスンメニュー、置いておきますね」
「あら?名前ちゃん今日はほかのお仕事?」
「スタフェスの打ち合わせしてきます」
明日打ち合わせで決まった内容お伝えするので、休日ですが、学校まで来ていただけると嬉しいです。ファイルの中には練習メニューの他、スタフェスで打ち合わせに使う書類も入っていたのだろう、ぱらぱらとそれを捲りながら言う名前に、はぁい、と各々が返事をする。じゃあ私そろそろ行きますので、スタジオを出ようとした名前を、ちょっと待ちな、と泉が呼び止めた。
「どうかしましたか?」
「その打ち合わせ、何時に終わるの?」
「えっ、さぁ?」
「あら、それはいけないわ名前ちゃん」
「えっ、何がですか」
足を止めて振り返った名前に、最近この辺りで不審者が出るんだってー、と間延びした眠たげな声が聞こえてきた。はーよっこいせ。のっそりと起き上がった凛月は、だから打ち合わせが終わったら高岡って人に迎えに来てもらいなよ。と言って再びコタツに潜り込む。考え込むように少し目を逸らした名前は、一つ瞬きをして分かりました、と頷いて、じゃあ今度こそ行きますね、と振り返って歩き出し、腕を掴まれた。
「今嘘ついたでしょぉ」
「いやだなぁ、泉先輩、私が嘘ついてるだなんて」
うふふ、と名前が笑って見せても泉は表情を変えないまま、じっと名前を見ている。名前も負けじと泉を見返す。
「いけない子だねぇ?お兄ちゃんに嘘つくだなんて」
「だから嘘はついてないんですってば〜」
「へぇ?それ、俺の目見てもういっぺん言ってみなよ?」
「ウソなんてついてませんヨ」
「はい嘘」
「ぬぅ」
泉からの圧に耐えきれずに名前は目を逸らした。一人で帰る気でいたでしょぉ?じっとりと睨んでくる泉に、家近いですし大丈夫ですよ、と言い返すも、近いとか遠いとかの問題ではないですよ、とやり取りを眺めていた司が腰に手を当てて言う。
「そういえば、天祥院家はスタフェスの付近で各界の著名人を集めてクリスマスパーティーを行うんでしたっけ。もしかしてと思いますが名前、いつも着いてくれている使用人はどちらへ」
「…………………」
「へぇ、分かりました。ここ数日は留守にしてるんですね?」
「ひとりで、できるもん」
「そういう問題じゃないのよ名前ちゃん」
そこに正座なさい。地面に置かれた座布団を指さした嵐に、いやいやと名前は頭を横に振って嵐を見上げるが、はい、座ろうねー、と凛月によって地面に沈められる。まさか自分が包囲陣の当事者になるとは。不服そうに唇をとがらせた名前に、カリカリと五線紙にペンを走らせながらレオが言った。
「もちろんルカたんがそんなことになってたらおれは死んででもルカたんを一人にしないし、名前ももちろんそうだぞ。お、なんなら今夜はおれの家に泊まるか!?」
「話がややこしくなるから『王さま』はそこでインスピレーションでも湧かせといてくれない?」
「なんかおれの扱い酷くないか?」
ぶーぶーと文句を垂れながらも音符を書く速さは変わらない。たぶんスタフェスに披露する新曲を作っているのだろうか、レオの方を見ている名前の顔をグイッと自分の方に持ってきた泉が、あんたに何かあったら、俺ら最悪天祥院に殺されるんだからね?と口を開いた。
「……………あー、」
「あー、じゃないでしょ。というか今夜はどうしようか」
俺の家はパパとママ出張で家にいないし、なるくんは?あら、うちはお母さんが家にいないからおすすめはしないわよ?くまくんは?いや〜、翌朝起きたら名前死んでるかもしれないし。何その家怖いんだけど、『王さま』はムリだねぇ。なんだとぅ!そうなると。泉の言葉に、全員の視線が司に集まる。
「私の家、ですか」
「そう。まぁ消去法でかさくんの家が一番安全なんだけどね」
「お任せ下さい。それでは家の人に連絡を入れておきます」
「えっ、私の意思は?」
「無いよー、諦めな」
じゃあ打ち合わせが終わるまでKnightsはレッスンする事にするから、行ってらっしゃい〜。とん、と背中を押されてスタジオから押し出された名前は、解せない、とスタジオに向かって舌を出す。ドアが開けられた。
「なに?文句でもある訳?」
「ナイデス」
「じゃあさっさと打ち合わせ行ってきな」
「ハイ」
バン、と大きな音を立ててしまったドアに、名前は背を向けてとぼとぼと歩き出した。
♪
学校に着いて早々、来ているはずなのにスタジオに居ないレオを探しに出かけた司を横目に、名前はコタツへと潜る。机の上に並べられた化粧品を一つずつ手に取っていく嵐が、昨日はどうだったの?と名前を見た。
「昨日?」
「司ちゃんのお家に泊まって見て、どうだったかしら」
「快適すぎて、逆に落ち着かなかったです」
「あら」
「言わなくてもなんでもやってくれるので、こう、手持ち無沙汰になってなにかやらせてくれ!って思っちゃって」
「あらあら」
レオが捕まったらしい。廊下がにわかに騒がしくなり、ドアが開けられる。やっぱり屋内は暖かい!そう叫んだレオが、もぞもぞと名前の隣に潜り込んだ。ストッキング越しに触れたレオのズボンの冷たさに、名前がぶるりと震える。
「レオくん冷たい」
「さっきまで外にいたからな!」
またスオーに雪投げられた!ムッとしながら言うレオに、それは私が何度呼びかけてもleaderが返事をしないからではありませんか!と司が怒る。なんか昨日も同じやり取りをしたな、そう思ったのは名前だけでは無いらしい。うわーデジャブ。コタツから頭だけ出した凛月が言う。
「おーリッツ!お前亀みたいだな!」
「コタツカメ〜お菓子くれ〜」
「ほれほれ、ビスケットだぞ〜」
いつの間にかコタツを抜け出して目の前でビスケットをチラつかせるレオに、首を伸ばしながらあーと口を開ける凛月。これを動画に撮ってKnightsのSNSに乗せれば、と名前がスマホを構えていると、ちょっと、と編み物をしていた泉から小言が飛んでくる。
「打ち合わせしてからレッスンするんでしょ、早く着替えてこれば?」
「あっ、そうですね!行きますよleader!」
そうやって数分後に戻ってきた二人がコタツに入り、名前がスタフェスについて説明をする。春先にやった【DDD】とほぼ似た仕組みだが、少し違うのはそこで得た得点の上位のグループには後半戦にて大勢の観客が集まるステージでパフォーマンスする機会が与えられる所だろうか。というか校内のユニットも増えてきてみんな活発になってるのに、これ一日で終わるの?トントンと紙を叩いた泉に、まぁ十時超える前には終わるタイムテーブルですけど、どう足掻いてもたぶん一時間は超えますね。となんてことないように名前は言う。
「朝早いわねぇ」
「それぐらい早くしてやっと十一時解散ってことでしょ?」
「ふふ、夜は元気だから、俺はいくらでも暴れられるよ」
「泉先輩、十一時にライブが終了ですからね」
「げ、」
「でも早めに多くのユニットを潰しておけば、その分終了時間が早まるのではありませんか?」
「なるほど戦争だな!」
「いやだわぁ、物騒よ?」
「じゃあ下の方の順位で早めに歌って早めに解散するとか」
「はぁ?早く帰るために負けるとかありえないんですけどぉ」
勝って一位通過して最後に歌うに決まってるでしょ!ダンと机を叩いた泉に、だよねと凛月が笑った。