暗雲



ここ数日、やたら先生から仕事を任される。今後一年の大まかなイベント計画や、その計画に伴う企画書草案の作成。それからS1の結果を聞いたアイドル科の生徒たちから、プロデュースの要請がひっきりなしに届く。それに加えて、家からの仕事も心做しか増えた気がする。捌ききれない仕事を懸命に、時には授業中にこっそりと行うが、それでもまだ間に合わない。仕事も溜まるしストレスも溜まる。机の上に積まれた大量の書類に、ここ一応高校の教室だよなとぼんやりしながら名前が眺めていると、ひらひらと目の前に手が泳ぐ。

「大丈夫ッスか?」
「……てとらくん」

パス。口の中から出た言葉に、鉄虎が目を白黒させる。何がパスッスか!?騒ぎ始めた鉄虎に、なんだなんだとクラスメイトも集まってくる。名前ちゃん?聞こえてきた可愛らしい声と共に、創がひょっこりと顔を出す。その後ろには友也の姿も。Ra*bitsの朝練があったらしい。ガタンと立ち上がった深月は、そのままスタスタと創の目の前まで歩いて立ち止まる。そのままバッと両手を広げ、

「は〜くん!!」
「わぁ、ふふ。名前ちゃん、凛月先輩みたいです」
「癒して……なでなでして……」
「はい、なでなで♪」

理由も言わず突然抱きついてきた名前に、創は優しい手つきで、頭をそっと撫でる。なんだよ創、ずるいぞ!と友也も駆け寄って抱きつくし、何かを察した鉄虎も混ざる。騒ぎを聞き付けて教室に戻ってきたひなたも面白がって抱きついてくる。唯一輪に入りそびれた翠だったが、目の保養だと言って嬉しそうに目を細めて出来た小さな塊に口元を弛めた。

「はぁ〜、幸せ…ストレスが消える」
「そう言えばハグで一日のストレスの三分の一が消えるってどっかで見たことあるッス!」
「じゃあ僕と、友也くんと、鉄虎くん、ひなたくんと併せて、えっと…」
「一日ちょっと分のストレスが消えたね!」
「あー、このままここに埋もれて臨終したい……」
「名前ちゃん死なないで!?」

友也の悲鳴に、そうですよ!と創が同調する。名前ちゃんがいなくなったら、僕達Ra*bitsはどうすればいいんですか、しょんぼりと眉を下げた創と友也に、そんな簡単に死なない!と力強く名前が宣言して、ホームルーム前の教室は和やかな笑いに包まれた。その日のお昼。あんずとスバルに一緒にお昼をと誘われてガーデンテラスでお弁当を広げれば、名前はにわかに信じ難い話を耳にした。

「ん?あんずのお姉様?もう一回、お願いしても?」
「だからね、生徒会長の天祥院先輩に目をつけられて、真緒くんは『紅月』、真くんは『Knights』そして北斗くんとスバルくんは『fine』に引き抜かれたの。幸いスバルくんだけは残ってるからTrickstarは残ってるんだけど、数日後に開催される【DDD】で、たぶんTrickstarは完膚なきまでに潰されるかも……」
「なにそれ………」

目の前が一瞬真っ黒に塗りつぶされた。失神しかけていたらしく、ガーデンテラスの椅子から落ちそうになっている所を、一緒にお昼ご飯を食べていたスバルが慌てて受け止める。椅子じゃ危ないからとガーデンテラスの端にあるソファー席に移動し、名前は口を開いた。

「それ、いつの事ですか」
「S1の次の日だよ、ザキさん伝いでハスミン先輩から呼び出されてさー、そしたら生徒会長に」
「………、」
「名前ちゃんも呼びたかったんだけど、ここ数日学校お休みしてたから」
「え、えぇ……」

S1が行われた次の日から今日までの数日、確かに名前は家の用事で仕方なく学校を休んでいた。それを知っていたのだろう、いや、むしろあの人が名前が学校に来れなくなるように仕事を割り振ったんだろう。そう考えついただけでもギリギリと歯ぎしりしてしまいそうになる。

「じゃあ【DDD】はどうするの?」
「勝負を仕掛けられた以上、出るよ。みんな、戻ってくるといいんだけど」
「そうだね………」

はぁ、とため息が三つ重なる。暗雲立ち込める、前途多難、お先真っ暗。せっかく楽しみにしていた部活も放課後あったのに、この話を聞いてから何となく寄り付きたく無くなってきた。むしろピンポイントでそこにミサイルを落として部活自体を潰したくなってきた気分すらある。二人以上でないとユニットとしては認めることは出来ず、そうなれば【DDD】に参加すら出来なくなる。このドリフェスは急な宣言らしく、開催まで残された日にちもあとわずか。どうにかして参加できるようにしないと。なにか上手い言い訳が考えつかないか、名前は疲れの溜まっている脳みそをふりしぼり、一生懸命考えた。



光陰矢の如し。名前はあんずと【DDD】に関して奔走し、ありとあらゆるケースを見越して多重に保険をかけた。学園内で設置された数多あるステージではもう既に音楽がなり始め、多くのユニットがぶつかり合い、しのぎを削っている。しかし、その頃一方のTrickstarはと言うと。

「ごめんなさいあんずのお姉様!私だってもっと身長があれば!」
「謝らなくていいよ…苦肉の策だし」

Trickstarの衣装を身に包み、覆面のマスクを被ったあんずが軽くストレッチをする。最初にTrickstarの衣装を作る時に、試作品としてあんずのサイズで作った衣装がひとつ、手元に残っていたのである。今回はあんずがそれを着て顔を隠し、Trickstarとしてスバルと共にステージに立つ。名付けて居ないなら誤魔化せばいい作戦だ。学校中を走り回り、人気の少ない隅の方にあった小さなステージが、最初のライブ場所である。体質のせいでステージに参加しても精彩に欠けると言って、零が冷やかしに来た。

「鳴上くんだ」
「あん…先輩、知り合いですか?」
「隣のクラスの、ほら、モデルとかやってる」
「ほぉ…あ、凛月先輩!」
「おいーっす、名前。あは、ライバルじゃん」
「負けませんよぅ!」
「いいぞいいぞー!もっと言ってやれー」

やいのやいのと騒ぐみんなに、うっ、とあんずが小さく身を縮める。やばい、今更ながら緊張してきた。バレないかな、いや、ちゃんと踊れるかな。しかもなんか吐きそうかも。うずくまってしまったあんずに、名前は慌てる。

「先輩!先輩!?気をしっかり!」

持ってきていたトートからあれこれと探す。夏目に貰ったタロットカードに創に貰ったサシェ、あとはスバルをなだめるために買ってあるビー玉、なんで変なものしか入ってないんだよ!と悪態をつきながら、一昨日の徹夜の夜食で飲もうと結局飲まなかった栄養ゼリーを見つけて取りだした。

「ほら先輩、ゼリー、ゼリーなら胃に入るでしょう!!飲んでください」
「拉致監禁!?」
「ええっ!?」

すぐ近くの塊から聞こえてきた物騒なワードに、未開封のゼリーが手から落ちる。どうやらKnightsに移籍したという真は全くそんなことになっておらず、暴走したメンバーの一人によって防音室に監禁されているらしい。ここ数日連絡が取れなかったとスバルが言っていたのを思い出した名前は、拾い上げたゼリーを見た。

「わたしはだいじょぶだから……」
「せんぱぁい…」
「それ、真くんにあげて」
「はい」

零から真の居場所を聞き出し走り出したスバルの後を追いかける。あれ!?なんて驚いた声を出したスバルに、真先輩の保護と!衣装!やはり男の子、走るのが早い。息絶え絶えになりながら追いかける名前に、手掴むよ!とスバルは言って名前の手を掴んだ。

「ダメだったらお姫様抱っこするから!着いてきて!」
「はぁあぁあ!!いぃい!」

手を繋ぎながら人ごみを走り抜ける。驚いた人もいたらしく、アイドルと女子という組み合わせに振り返る人も何人か。スマホを向けてくる人すらいるが、ちょっとそれどころでは無い。しかし、

「せんぱぁい!」
「なぁに!」
「なんかいま、わたし!」
「うん!」
「すごい青春してる気がして、めっちゃワクワクしてます!」
「奇遇だねー!俺もー!」

やっとの思いで校内にたどり着き、上履きに履き替える。俺は先に行くから、名前は後からゆっくりでいいよと言ってスバルが先に走っていく。体力あるなぁ、なんて乱れた息を整えながら、名前はゆっくりと階段を昇っていった。





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