ウィンターライブI
スタフェスも終わり、控えるのは『SS』となった。なんてことなさそうな様な校内だが、休み時間になるとぶわりと熱気が膨れ上がる。TrickstarのSS出場にむけて、全校生徒が奔走しているのだ。つかの間の休息と休みを与えられたTrickstarとは別に、あんずと名前は二人、空き教室で大きな地図を広げていた。
「やっぱり夢ノ咲地域付近でライブを行うのが無難なのかな」
「それでしたら怖気付いて誰も来ない可能性がありますよ。少しリスクを負ってでも外の地域でやるべきかなと」
「なるほどなぁ、コズプロ関連のアイドルとは避けた方もいいよね」
「そうですねぇ」
きゅっきゅ、と赤いペンで地図に印をつけて行っては、次の場所を探す。ステージでライブを行い、観客の投票で良かった方が負けた方の軍勢を取り込むことが出来るというこのSSでは、初動と作戦は必須だ。ここ数日二人はずっとSSにおけるTrickstarの動きをシミュレーションしており、あんずに至っては寝ても醒めてもTrickstarのことばかり。昨日なんかはSSでTrickstarが負けた夢を見てしまったらしく、朝の出会い頭に名前に抱きついてわんわんと泣いたばかりだ。名前も名前で年末のSSと、それから年明けにあるKnightsの新年ライブのことで頭がいっぱいになっており、時たま謎の発言をしてはあんずをさらに混乱させ、自分も混乱するという悪循環。そんな二人を見兼ねた英智は、強制的に休みを言い渡して二人を学院からつまみ出した。
「仕事ダメだって」
「どうしましょう」
校門の前で二人して立ち尽くす。入学当初は日々疑いの目を向けてきた警備員の人たちも、今やすっかり仲良しのな顔なじみとなっており、心配そうな眼差しで途方に暮れた二人を見ている。とりあえず、と学校から近いところにある名前の家に行き、なんとなしにリビングでテレビをつける。
「……あ」
「SSのこと、やってるね」
テレビでは、夕方の情報番組をやっていた。女性アナウンサーが興奮気味に年末に行われるSSについて話していて、ファイナリストとなったユニットの紹介を順にしている。画面に映し出されていたアイドル達は、名前やあんずにとっても馴染みの深い子達で、Trickstarが武者修行と言って全国各地を練り歩いていた時に会った人たちである。そして最も注目する二組は!アナウンサーの声が少し裏返り、モニターに映し出されたTrickstarとEdenの面々に、あんずと名前はなんとなくだが少し背筋を伸ばした。
「そういえば明日、特集で番組収録するんでしたっけ」
「そうだね、タイムテーブル確認しておかなきゃ」
SSの説明は終わっていた。アナウンサーが交代し、ニュースを読み上げていくのを耳に入れながら、二人は明日を使う台本を開いた。
♪
大晦日は朝から慌ただしかった。学校から家が近い名前は早朝から学校へ向かい、Trickstarがライブで使う衣装や小道具をまとめて会場まで運ぶことになっている。アイドル達の集合は少し遅いが、それを裏からサポートする裏方はいつも早いのだ。眠い目をこすりながら警備員と挨拶をし、厳重に鍵がかけられている部屋からTrickstarの衣装を出す。キャリーバッグにそれをしまい込んでガラガラとゆったりとした足取りで学校を出れば、校門前には車が止まっていた。SSの会場までは電車で行くつもりだった名前がそれを素通りしようとした所で、小さな音を立てながらパワーウィンドウが開く。
「おはよう、名前」
「お兄様?」
「会場まで一緒に行こう。さぁ、乗って」
運転手が荷物を受け取ってドアを開けてくれる。スペースを大きくとった後部座席に座れば、車はゆっくりと走り出した。
「スーツなのね」
「僕は今日理事会側だからね」
だからTrickstarの応援は声を大にしては出来ないんだよ、と英智が肩をすくめる。それに名前は小さく笑って、キャリーバッグからTrickstarの衣装を取りだした。着る前に何かまだ直すところがないか、隅から隅まで確認していく。
「年が明けて少しすれば、お兄様はもう当主ですものね」
「そうだね。今もほぼ僕が仕事やってるからもう実質当主みたいなものだけど」
学院から会場までは車で向えばさほど遠くない。街ゆく人々も、自分たちの好きなアイドルを応援するために気合を入れた服装をしている人が増えていっている。どんどん賑やかになっていく会場が、少し前に見えた。もう降りるから止めてちょうだい。チェックし終えた荷物を持って車を降りようとした名前を、英智が呼び止めた。
「名前」
「なに?」
「氷鷹くん達に頑張ってくれと、伝えてくれるかい?」
「もちろんよ」
「それと」
言葉を区切った英智が、何かを少し考えるように黙り込んだ。はぁ、と大きなため息をついて、名前を見る。
「今回のSS、正直何が起こるか分からない」
「……そうね」
「Trickstarに、特に明星くんに何かあった場合、理事会側にいる僕は動けない」
「うん」
「だからその時は、僕の名前を使ってもいい。というか、使って」
「分かった」
「その他にも、何か困ったことがあったら何かあったら言って」
「うん。じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
ひらひらと手を振る兄に手を振り返し、キャリーバッグを引いて関係者入り口から入る。Trickstarに与えられた楽屋の確認をして、みんなが使うであろうものを並べていく。一通り落ち着いたところで、ドアの向こうが騒がしくなったのに名前は気づいた。スバルの少し楽しそうな声がして、それから大きな音を立ててドアが開かれる。
「おっはよーう!」
「おはようございます、先輩」
「あっ!名前もういるじゃん!」
なぁんだ、俺が一番乗りだと思ったのに。ぷぅと頬をふくらませるスバルに少し笑って、名前はでも先輩がアイドルで一番乗りですと、と言えば、だよねだよねっ!とスバルが身を乗り出した。
「宝生、こいつを甘やかすな」
「え〜!ホッケーのケチ!」
「なぜケチだと言われなきゃならん」
眉をしかめまた北斗に続いて、真緒や真も部屋に入ってくる。最後に部屋に入ってきたあんずが、じゃあ早速だけど着替えようと手を叩いて、四人が服を脱ぎ始める。
「感慨深いなぁ」
「ん?」
「最初の頃は慣れなくって、」
「あはは、悲鳴あげてたもんね」
「お姉さまだって。でも、もう慣れちゃいましたね」
「だねぇ」
制服を脱ぎ、衣装へと着替える。輝きを増したアイドルたちに、名前は目を細める。いよいよですね、名前の言葉にだな、と真緒が頷いた。開会式を終え、司会の声掛けでアイドル達が動き出す。SSの会場がある地域から、ステージの建てられた地域へと向かう。毎年なんとなしにテレビで眺めてはいたのだが、こうやって関係者として動き回るとは、名前もあんずも去年の今頃は思っていなかっただろう。緊張でカチコチになっているふたりに、Trickstarの四人は笑った。
「俺たちより緊張してどうするの〜?」
「えっ、いやなんというか、なんて言えばいいかわからなくて」
「こんぺいとうをやろう。甘いものを食べるも気持ちが落ち着く」
「そのブレのなさで落ち着きました…」
あんずの的確な指示のもと、Trickstarは危うげなく次々と勝利を手にし、『持ち駒』を増やして行った。高かった日もどんどんと落ち、空は茜色に染まりつつあった。