勝利
和やかに終わったTrickstarとRa*bitsの戦いだったが、その後に行われたUNDEADとfineのドリフェスは熾烈なものとなった。なかなか決着がつかず、何度も行われる延長戦。
「これぞまさに光と闇」
「だねぇ」
名前の独り言に、あんずが頷く。それに、と名前は舞台でパフォーマンスを続けるfineとUNDEADを見る。お互い休み休みで朝から夜までパフォーマンスを行なってきているのだが、体の弱いfineのリーダー、天祥院英智はもう危うげな状態だ。はっきり言って薄氷の上を歩いている状態で、気を抜けば今すぐにでも倒れてしまうのだろう。それでも笑顔で美しいパフォーマンスを行っているのは、負けたくないという一心か、それのも己の矜持がそうさせているのか。対してUNDEADのリーダーである朔間零は余裕の表情である。昼の陽射しを苦手とし、夜の闇を得意とする体質のせいで、午前中よりダンスのキレが増している。今回の結果も引き分け。これはしばらく延長戦続きになるだろう。薄ぼんやりと照らされた講堂の時計を眺めていた名前の手に、小さな振動が伝わる。届いたのはメールらしい。ざっと目を通した名前は、隣に座るあんずの肩を叩く。
「お姉さま、私ちょっとしばらく席を外しますね」
「え?」
「これ」
「あ!……行ってらっしゃい」
「行ってきます」
「ロッカーの鍵は、渡してるよね」
「はい、じゃあ」
「また後で」
姿勢を低くして人ごみを抜けて講堂を出る。きょろりと周りを見渡せば、こちらだ。聞こえてきた声の方を向けば、少し気まずそうにしている北斗がそこに立っていた。
「北斗先輩……ちょっと語り合いところですが、急ぎましょう」
「あぁ」
「こっちです」
まだ少しばかり人が集まっている校庭を抜けて、校舎に入る。校内でたった二人の女の子のために用意してくれたロッカールームに鍵を使って入り、ロッカーを開ける。いつか戻ってくれると信じて、とクリーリングのビニールに包まれた衣装を出し、北斗に渡す。
「もう、私の補助がなくても着れますよね」
「当たり前だ」
「ロッカールーム貸しますので、着替えてください。制服は置きっぱなしでいいので」
「助かる」
壁にもたれかかりながら、北斗の着替えを待つ。外はもうすっかり暗くなっており、雲間からはキラキラと星が瞬く。
「待たせたな、」
「はい。じゃあ講堂に戻りましょう」
そうして二人で静かに校舎を出る。会話はない。桜が満開になるまであと少しだ。まぁ少しの桜はつぼみを残しているが、それもぶわりと膨らんでおり、目を離した次の瞬間にはもう咲いてしまうのではいかと錯覚しそうになる。少し早足で歩きながら、名前は隣を盗み見る。少し気難しそうな顔をしながら、北斗が歩いていた。
「先輩、優しいですね」
「突然どうした」
「だって、私置いてかれてませんもん」
「……そうか、無意識だったな」
「紳士ですね」
「おばあちゃんの教えだな」
「ふふ、先輩って、おばあちゃんっ子ですね」
「そうだな。俺の両親でさえ頭が上がらないんだ。おばあちゃんは偉大だし、おばあちゃんの言うことなら全て正しい」
お前のとこはどうなんだ。そう聞かれて、名前は考える。
「祖母、ですか」
「あぁ」
「よく、お菓子をくれる人でした」
「金平糖か?」
「金平糖だけじゃないです。クッキー、おせんべい、チョコレート、飴玉。勉強が厳しくて逃げ回ってた兄に連れられて、よく遊びに行ってたんです」
「そうか。辛いことを思い出せた」
「いいえ、幸せな思い出ですので、思い出す機会をくれた先輩には、感謝しています」
アッパーライトに照らされ、ぼんやりと闇の中で浮かび上がる講堂は、厳かな雰囲気すらあるように見えた。講堂の正面入口から端に逸れて、裏口から中に入った。
「先輩」
「なんだ」
「後悔、してますか?」
「………してないと言えば嘘になるし、したと言っても嘘になる。でも俺はおばあちゃんがついているからな」
今ならなんだってやれるし、何にだってなれる。そう言って、北斗はおもむろに手を伸ばし、ぽん、と名前の頭を撫でた。
「ありがとう、宝生。助かった。行ってくる」
「行ってらっしゃいませ、北斗先輩。ご武運を」
北斗が戻り、フルメンバーのTrickstarが揃う。長い長い延長戦を終え、UNDEADを打ち負かしたfineとの決勝なった。こっそりと最前列の関係者席にいるあんずと合流した名前は、舞台に立つ八人を見る。人数も同等だが、ほかにおいては格が違う。それぞれの曲調も似通っているのも同じだが、それが一番大きな脅威と言っても過言ではない。
「私が勝つもん」
「ん?」
「え?」
「名前ちゃん、何か言った?」
「い、いえ!はい!」
「???」
「言いましたけど、その、個人的なポロッとでた呟きみたいなもので。あんずのお姉様は気にしないでください」
「そう?」
「はい」
サイリウムの海を眺める。あんずと名前はのろのろとペンライトを取り出して、色をつけた。見ているだけで元気が出る、鮮やかなオレンジ。ドリフェス用の点数が決められるサイリウムの中で、オレンジ色のそれは目立つかもしれないし、目立たないかもしれない。二人はTrickstar寄りプロデューサーということもあって、持っているサイリウムは採点機能のない、普通のサイリウムだ。ざわざわとした会場が、少しずつ静まっていく。会場を照らしていた光が、少しずつ絞られていき、暗くなる。いよいよ始まる決勝戦に、名前はゴクリと唾を飲んだ。
♪
飛び交う音と光、歌声、キラキラ輝く汗と笑顔。長いようで短い、夢のような時間が終わる。興奮やめやらぬ会場の中で、そわそわと落ち着かずに立ったままの観客もいる。集計を終えたらしいなずなが、目を回している忍を連れてコントロールルームから降りてきては、印刷したらしい書類を椚先生に渡していた。書類を開いた先生の顔が、少しばかり歪んだ。
「【DDD】決勝戦の、結果発表をいたします」
隣から伸びてきた手が、名前の手を握る。不安な気持ちをいなすように。名前もあんずの手を握り返した。
「結果はもちろん、順当ですが『fine』の優勝です」
突きつけられた言葉に、体がスっと冷える。まるで心臓をそのまま氷水に突っ込んだような居心地の悪さに、胃から何かがせり上がってくるような気持ちの悪さ。涙が出そうになるのをぐっと唇を噛むことで堪える。当の本人たちは負けたという知らせを聞いて気落ちしているようだったが、顔は晴れやかだ。たかが輝く手伝っただけで、舞台に立ちすらしなかった名前が負けを悲しんで喚いても、仕方の無いことだろう。どうにかしてこの気持ちを飲み込んで、帰ってきた彼らに笑顔でお疲れさまと言えるようにしなくては。深呼吸をした名前の耳に、椚先生の言葉がスピーカーを通して入ってきた。Trickstarとfineの票差が1であること。この場合は延長戦が行われること。しかしfineのリーダーである天祥院のことを考えれば、延長戦は不可能なこと。わざわざと周りの席が騒がしい。ということは。Trickstarの勝ちってこと?後ろの席に座る男子生徒の声に、あんずの手を繋いだまま、名前は自分の頬に涙が伝い落ちるのを感じた。