和解
【DDD】の優勝者には、ステージでアンコールを一曲歌う権利が得られる。今にも倒れそうな英智を支えるように肩を組んでいたスバルが、みんなでアンコールしよう!と言って舞台の下にいる他のユニットを全員舞台に上がらせた。そしてプロデューサーも!と言って名前とあんずも舞台の上に引っ張りあげる。今日幾度となく聞いた、あんずと名前にとっては少し前からずっと聞いていたTricksterの新曲をみんなで口ずさんだ。観客の大きな拍手に見送られ、舞台の幕がゆっくりと降りる。どことなくホッとした空気が舞台上で流れているが、観客席ではまだ拍手は続いていた。
『これにて、すべての公演は終了しました。ご来場のお客様は、係員の指示に従って退場してください』
放送部の案内が聞こえ、拍手が止む。ザワザワと騒がしい観客の話し声と、それを懸命に誘導する生徒の声が、幕の向こうから聞こえた。凄いね、凄かったね。そう隣にいる名前に声をかけようとしたあんずが横を向くが、そこに名前はいなかった。名前は駆け出していた。
「お兄様!」
名前の声と同時に、英智が膝から崩れ落ちる。英智の頭が地面にぶつかる寸前で受け止めた名前が、安心したように深い息を吐いた。
「あはは、やっぱり名前だ」
「笑ってる場合じゃありまんよ、お兄様」
「そう怒らないでよ。あー、こんなに長い喧嘩をしたのは、初めてだね」
「お願いだからもう、そんなに喋らないで」
「うん…、ねぇ名前」
「うん?」
「それ、取ってよ」
いやでも、僕が取ろうか。そう口にした英智は、手を伸ばして名前の頭に手を伸ばす。ネットと一緒に一気にウィッグが剥ぎ取られ、さらりと、名前の本来の髪の毛が肩に流れる。いつの間にか二人を囲むように立っていた生徒や先生から、どよめきの声が上がった。光の束を集めたかのような金髪に、煌めくアクアマリンのような瞳。同じ色を纏った二人が、そこにはいた。うん、いつもの名前だ。のほほんとした英智の声が、する。
「いくら喧嘩していたとはいえ、さすがに髪色まで変えられたって知った時はさすがになんかちょっときたよね……」
「じゃあ、私は明日からこのままで登校するね」
でもその前に。殊更綺麗な笑顔を見せた名前に、英智は顔を引きつらせる。何も言わずに舞台裾を振り返った名前に、周りが何も言わずにザッと引く。さながらモーゼ。誰かの小さなつぶやきが聞こえた。
「高岡!そこでボーッと突っ立ってないで早く兄さんを運びなさいよ!」
「すみませんねお嬢様、歓談の時間が必要かと思って」
「そんなの後で病院でいくらでもできるでしょう!あんたの役目は周りに嫌われてもいいから歓談を止めて兄さんを車まで運ぶことでしょう!」
「そうでしたね。英智様、失礼しますよ」
こともなさげに英智を抱き上げた男は、スカートをはたきながら立ち上がった名前を見る。
「お嬢様」
「なに」
「お嬢様はここにいらっしゃる英智様の親族ですので、救急車に同乗させていただきますよ」
「当たり前じゃない。言われなくなって乗るわよ」
「それでは皆様、本日はお疲れ様でした。わたくし共はここで失礼させていただきます」
「ごきげんよう」
丁寧な礼をした二人が、舞台から英智を連れて消える。観客退場は既に終わったらしく、幕が挙げられた講堂は、ガランとしていて静まり返っていた。んー、ようやっと、仲直りしたかのう。零ののんびりした声を口切りに、ドッと場がざわめきだした。
♪
「兄さん、どう?」
「見たまんまだよ。退屈な時間を仕事で紛らわせているね」
「お疲れ様」
少し貰っても?来客の椅子に座った名前に、しばらく考えた英智が書類をひと束渡した。途中経過報告書、新事業計画書、前年度における各業務の最終収益書に、来年度の予算案。もう既に家の事業の一部を継いで仕事をしている英智は、学校やアイドルとしての活動がなくても毎日家から届く仕事に忙殺されている。名前も家の仕事を手伝っているが、英智ほどでは無い。せいぜい規模の小さい劇場や映画館の運営、それから園遊会やらの各種の集まりに父や兄の名代として参加することぐらいだ。最近ではそれに夢ノ咲のプロデューサー業務が加わったのだが。
「学校はどう?」
「どうって言われても、あれからまだ一週間しか経ってないよ」
「変わったこととか無いかなって」
「んー、ある」
英智が書類から顔を上げて名前を見る。あっ、そんなに大したことじゃないよ!?慌てる名前に、いいから言ってご覧?と英智が促した。
「いや、なんかやたらめったら厳しかった椚先生が、ここ数日は妙に優しくて。態度はそんなに変わらないんだけど、こう、言葉の端々から滲み出るこの、なんて言うの、気遣い?がすごい、やりづらさを感じる」
「ふふ、」
「笑い事じゃないんだってば」
「ごめんごめん、面白くって。クラスメイトとかは大丈夫だった?」
「うん、次の日登校したらちょっと遠巻きにされかけたけど、鉄虎くんがたかがクラスメイトの外見が変わった位でなんでそんなに!って怒ってくれたの」
「へぇ……『流星隊』の」
「うん。あと友也くんとか創くんとか、いつも仲良くしてくれてるクラスメイトにお昼ご飯に誘ってもらって。みんなでランチしたりして」
ここ数日の出来事を指折り数え、一つ一つ楽しそうに話す名前を、英智は眺める。視線に気づいた名前も、顔をあげて英智を見た。
「兄さん、楽しそうだね?」
「うん、楽しいよ」
共通の話題があるって、いいね。そう言った英智に、名前は目を丸くしていたが、やがてそうだね、と小さく笑った。
「お互い別々のところに住んでるしね」
「まぁね。でもまさか、同じ学校に入って同じ学校の話題で話ができるとは、思ってもみなかったよ」
「ふふ。そんなに兄さんに、いいお知らせです」
「なんだい?」
チェックし、終わった書類にサインを書き入れた名前が、英智に返して、そのまま耳元に唇を寄せる。
「主治医がね、このまま大人しく療養してたら、退院を一週間早めてくれるんだって」
「……それは、本当かい?」
「うん、言質はとったもん」
スマホのボイスレコーダーを見せながらピースサインをする名前に、英智はいいことを聞いてしまった。と笑顔になる。あとね、と名前が言葉を継げる。
「私も紅茶部に入ったから、次の活動が楽しみなの」
「これは言葉通り大人しく療養しないと」
早く学院に復帰して最愛の妹とのお茶会を逃す訳には行かないなぁ。真剣な顔で言った英智に、名前も嬉しそうに笑った。