カードバトル
午前中の座学が終わり、教室がにわかに騒がしくなる。みんな思い思いに昼休みをすごし始め、ある人は隣のクラスへ、ある人は友達と机を合わせてお弁当を広げる。名前はおかずばかり詰め込まれたお弁当箱を持って、席を立った。その後ろを、友也が追いかける。
「ちょっと待って、宝生」
「ん?どうしたの、真白くん」
「学食?」
「うん」
「もしかしてあんずさんと一緒に食べる約束してる?」
「あー、してないよ。あんずのお姉さまは校内アルバイトって言ってたから」
多分どっかですれ違うかもしれないけど。午後はプロデュース科の授業あるし、一緒になるけど。もしかしてお姉さまに何か用事?首を傾げた名前に、いやいや、と真白は頭を横に振った。
「だったら一緒に学食行かない?」
「いいよー、財布持った?」
「うん」
二人で教室を出て、校舎を出る。桜も散り切り、並木道の木陰が心地よい。ブレザーで過ごすのは少し暑くなり始めた頃で、そろそろカーディガンでも購入して切り替えるか、なんて思いつつ名前は足元の小石を蹴る。
「気になってたんだけどさ」
「うん?」
「めずらしいね、真白くん学食って」
「そう?」
「うん、いつもお弁当でしょ」
「まぁね。そういう宝生もめずらしいね、お弁当もしかしてほうれん草しかない?」
「ふふっ、なにそれ。ポパイじゃないんだから」
「んー、だよねー」
もしかして真白くんのお弁当ほうれん草なの?何気なしに聞いた名前だが、帰ってきたそうだよという返答に思わず友也を見る。
「あはは、綺麗な二度見」
「本当にほうれん草だけなの?」
「本当だよ。妹のと取り間違えちゃってさ。あいつ今ダイエット中で、テレビでなんか野菜を食べるといいとかなんとか言ってたらしくて。そういう宝生は?ちゃんとお弁当持ってるみたいだけど」
「おかずのみのお弁当です」
「おかずのみ?」
「うん、高岡がポカやらかして米炊き忘れたんだって」
「高岡…?あ、宝生の所の」
「執事」
「はぁーっ、執事。俺には一生縁の無い言葉だ」
「ふぅん?それで、お昼までにお米炊いて学校まで届けに来てくれるって言ってたけど、お米を受け取りに行くためだけにここに来させるのも何だかなっておもって」
「そういえば学食でお米単品売ってたね」
「うん、だからご飯だけ注文しようかなーって。あ、鉄虎くんだ」
「ほんとだ。おーい、鉄虎ー」
呼ばれた鉄虎が振り返る。こちらに向かってやってくる友也と名前を見つけた鉄虎が、おーい!と手を振った。
「めずらしいッスね、二人とも学食なんて」
「そうかな、俺はたまに来てるけど」
「私も、ガーデンテラス自体はよく利用してるよ。学食はあんまり利用しないけど」
学食の券売機の列に並びながら、話を弾ませる。主に鉄虎と友也が話しているのを、たまに名前が列を促しながら相槌を打つ。アイドル科の実技の話から始まり、お昼の話、そこから再びお弁当の話に戻る。両親が忙しく、なかなかお弁当を作って貰えない鉄虎は、よく学食を利用しているらしく、最近焼肉のメニューが消えたらしいと嘆いていた。友也もよく入っている演劇部の部長からお弁当を貰うと言っていたが、中身が予測不可能なため、受け取るのを躊躇っているとか。身振り手振りで如何にやばいお弁当なのかと力説する友也の手が、後ろの席で座っていた人にぶつかる。すると座っていた人が振り返った。くどくどと説教じみたものをかましてきたが、ネクタイの色からしてどうやら同じ一年生なのを見ると態度が少し軟化した。その人に、名前は見覚えがあった。
「誰かと思ったけど、司じゃん」
「おや、誰かと思いましたが、名前さんでしたか」
「久しぶり…?」
「ですかね?」
「最後に会ったのいつだったっけ……」
「先月の、私の誕生会でしょうか」
「そこだ。同じ学校にいるはずなのに外であったのが最後って面白いね」
「確かに、言われてみれば」
「桃くんとはよく会うんだけどなぁ」
ところで、何してるの?机に広げられたカードに、名前は興味を引かれた。それに気付いた友也が目を輝かせる。どうやらまだ小学生だった頃にに流行ったカードゲームらしく、懐かしくなったらしい。一人で対戦相手を探していた司の相手をすると言って、友也がその向かいに座った。宝生はどうする?友也に聞かれて、名前はうーんと唸る。
「何も分からないズブの素人だけど、見てていい?」
「もちろん」
「じゃあお邪魔します」
「じゃあ俺、自分の昼と、オムライス、それからご飯単品と、コーヒー!買ってくるッス!」
「ありがとう、鉄虎くん。あっ待って、今お金渡す」
「いーッスよ!後で貰うッス」
返事を待たずに奥に走っていった鉄虎に、名前は宙を掴んだ手をのろのろと下ろす。足速いなぁ、ぽつりと出た言葉に、だな、と友也が笑った。
♪
「あ、このパッケージ可愛い」
「でもそれ、イドバトのじゃないよ」
「えっ、そうなの?」
「うん、買うならここら辺のかな」
放課後。友也と司、更には後から参加した上級生の晃牙によるカードバトルに感化された名前は、やらないけどカードが買いたいと言って駅前のショッピングモールまで来ていた。そこにある大きなおもちゃ屋さんで、名前はカードゲームのコーナーで友也と、それから鉄虎と共に目当てのものを探していた。
「深淵からの来訪者?と幻影騎士団?って何が違うの?」
「それは俺も気になるッス」
「パックって言って、カードの中身が違うんだよ」
「へぇー、じゃあこの水色のにしようかな」
レジを通って支払いを済ませる。同じく買いたいだけの鉄虎は黒色のパックを買っていた。黒を選んだ理由として、加入した流星隊で名乗っているのが流星ブラックだからだそうで。せっかく買ったのだし、開けてその場でカードを確認したい。そう名前が言うと、三人はフードコートに移動した。チェーン店のドーナツとドリンクを購入し、空いている席を探して座る。
「なんか意外だなぁ」
「何が?」
「宝生、意外と馴染んでるなって思って」
「あ、それは俺も思ったッス。小銭持ってるんだなぁって」
「えぇー、なにそれ。小銭ぐらい持ち歩くよ」
「まぁ入ってきた時からそうだったもんなぁ。てっきり生徒会長の妹だって知られたらお嬢様って感じの生活に戻るのかと」
「私、どちらかと言うと感覚は庶民寄りだと思ってるんだけど」
「そうなの?」
いやまぁ、確かになんか普通だなって思ったんスけど…。買ったドーナツを一口食べた鉄虎が言えば、案外普通の生活だよ。と名前は笑う。
「住んでるところも普通の一戸建てだし」
「うそぉ!?」
「ほんとほんと。あ、兄さんは一緒じゃないよ」
「えっ、」
「別に血繋がってないとかじゃないから」
「えぇー?」
疑わしそうな顔をしたふたりに、本当だってば。と名前が笑う。兄さんとちゃんと仲いいんだよ?と言うと、さすがにそれは見ていたから分かる、と声が帰ってくる。カバンからさっき購入した、お買い上げシールが貼られたカードパックを取り出す。ぴり、とプラスチックの包装を破れば、イドバトと英文体で印刷された黒い裏が見えた。五枚一気に取り出して表に返す。
「わっ、可愛い〜!しかもなんか光ってる!」
「どれどれ?うわっ、シークレットレアだ!」
「凄いの?これ」
「凄いやつだよ、これ。コレクターが血眼になって集めるやつ!」
「へぇー、コレクターなんて居るんッスね」
カードをひらひらと振れば、ホログラム加工された部分がキラキラと光る。残りの四枚を見れば、同じものはなかった。名前は顔を顰めた。鉄虎も買ったのを開けたが、さほど良いものは入っていなかったらしく、こちらも微妙な顔をしていた。
「んー、他の可愛くない……」
「まぁまぁ、男の子向けのゲームだしね。可愛い絵柄はそんなにないよ」
「ふぅーん、真白くんいる?」
「俺はいいや」
「鉄虎くんは?」
「俺もこういうものを集める趣味はないから、大丈夫ッス」
「じゃあ、司にあげようかなぁ」
「それがいいと思うよ」
「ッスね、」
カードを買ったついでにおもちゃ屋さんも冷やかしたため、楽しいお喋りが一段落する頃にはもういい時間になっていた。明るかった外は夕焼けに照らされ、夜闇が少し顔をのぞかせていた。宴もたけなわ、食べ終わったお盆を重ね、空になったコップをひとつに集める。トレーと食器を回収スペースにそれを置き、ショッピングモールを後にした。
「次のバトル、いつだっけ」
「来週の木曜日って言ってた気がするッス」
「じゃあその日は学食食べようかな〜」
「ぼっち飯じゃなくなるッス…嬉しいッス……」
「そんなに喜ぶ……?」
「あまり前ッスよ!」
「じゃあ学食のオススメ教えてもらおうかな」
「私もー」
「へへっ、来週が楽しみッスね!」
まさかこのカードバトルが伸びに延び、梅雨の頃まで待たされるとは、誰も思っていなかったが。