「は、はなして……!」
じたばたと足を動かすけれど、縄はびくともしなかった。にたりと笑ったリーダー格の男が、ゆっくりと僕へと歩み寄ってきた。
「怯える声まで可愛いねぇ」
「ひぅっ!?」
どろり、何かが菖蒲の胸元に滑り落ちた。小瓶から薄いピンク色の液体が見えた。媚薬の類ということくらいは察しがついて、菖蒲は唇をわななかせた。ともすれば泣き声が唇から零れ落ちそうだった。
「や、やめ、て」
まだ男の手には触れられていない。汚さないでと暗に言うけれど、そんな態度は男をあおるということを、菖蒲は知らなかったのがいけない。周りの男たちは一層興奮の色を強め、じわりじわりと赤く染まる肌を、物欲しそうに眺めていた。
「もういいじゃねぇか、早くしようぜ」
「最初は俺って決めたろ、手ェ出すなよ」
「わーってるって」
目の前にいた男がしゃがみこむ。
「君、目がうるうるしてきたねぇ? こわくて泣いちゃった? それとも、気持ちよくなって泣いちゃったかな?」
「ち、ちがっ」
「純情そうな顔して、意外とエッチだねぇ」
カッターシャツの上にナイフが滑る。見事に前だけを開かれて、いよいよ菖蒲はぼろりと涙を流した。
「や、やだぁ! やめて、ユーリューくん助けてっ」
「は? 玉緑?」
ざわ、と周囲がざわつく。泣くばかりの菖蒲は目をきつく閉じていたから、声でしかわからないが。
「あの幹部、とうとう愛人を作ったのか」
「しかも年上の男」
「つーかじゃあさ」
目の前の男が面倒くさそうな声をあげ、
「こいつ俺たちが使ったら、やば」
ぷつん、と言葉が途切れる。
なおも構わず泣き続けていると、突然また液体が降りかかった。胸元どころか、顔にも胴にも脚にも、しかも勢いよく、大量に。
――鉄臭い液体が。
「が、あ、あァ」
奇妙な言葉の羅列。目の前の男の声音だった。
この場になかったもう一つの気配が、菖蒲のすぐ近くに現れた。
「――お前らさぁ」
一番聞きたかった声がした。
けれど、今目を開けてはいけないと、菖蒲の本能がきつく警鐘する。瞼が張り付いたように動かない。
「おれの機嫌損ねたら、どうなるかってコト……知らないの?」
「ひっ……」
「知らないかって聞いてるんだけど? まぁいいや」
肉が切断される音がした。悲鳴すら上げる間もなく、見知らぬ誰かが絶命したのだと察する。今感じている気配は、それほど圧倒的な、避けられない死の気配だった。
「みーんな殺す、ってだけだからさ」
「ゆ、ユーリューくん、」
「お兄さん、目を開けちゃダメ」
頬に、少年独特のあたたかな温度が触れた。ずるりと不快な液体の感触と共に。
「お兄さんがこいつらに同情することすら、許せないからさ。良いっていうまで目を閉じてて?」
足元にも何か流れてきた。じんわりと熱の残った血だ。ぶちぶち、と台所でもない場所で聞けるはずのない音ばかりが聞こえてくる。
「でも、僕はへいきだからっ……」
「ねえ、おれお兄さんにも怒ってるんだよ? なに勝手に、こいつらのものになろうとしてたわけ。こいつらは殺す、これは決定。お兄さんにも逆らう余地はない」
今まで聞いたことないような低い声で、ユーリューは囁いた。
「愛してるよ、おれだけのお兄さん」