魔法使いは皆αである。
この一言を世に知らしめたのは、科学者が肩で風を切って道を歩き、魔法使いが路地裏を歩いていたころだ。
時の政府が行き過ぎた科学の進歩による、世界の破滅を恐れて魔法に頼った直後。そうはいっても世間の人々は魔法なんておとぎ話にしか出てこなかった存在を信じない。
そんな中、政府に命じられて巨大な科学施設(もはや軍事施設だったらしい)を攻め落とした、原初の魔法使いたち。
その中の一人が、その言葉を放ったのだ。
曰く――魔法使いは優性人類であると。
今日ではその言葉は当然の事実として受け入れられ、魔法使いたちは悠々自適に日の当たる道を歩いている。
第三区は都会だけれど、その分暗い部分もたくさんあった。
菖蒲たち魔法警察は、表舞台の明るい部分で事件を解決することがもっぱらだ。暗い部分、いわゆる麻薬、売春の取り締まりのような『陰気な』仕事は、一般警察の担当だった。
今日も菖蒲は、相棒である警官・ムツキと共に事件解決にいそしんでいた。
「殺人事件なんて久しぶりの担当ですねィ」
「そうだね。お前も一緒に担当するのは珍しいかな」
「大捕り物に引っ張りだこなモンで」
溌剌とした笑顔を浮かべたムツキ。水色の瞳が――というより全体的に美しい男で、言わずもがな彼も魔法使いだった。
何をせずとももてはやされるというのに、腰に携えられた刀のおかげでより浮世離れした雰囲気と凛々しさが増しており、先ほどから女性警察官たちの視線が痛い。
もちろん、黄色い声を上げていいほどのお気楽な現場ではなかったが。
「にしても路地裏で殺されるたァ、被害者も浮かばれねぇ最期でさァ」
「……僕らも頑張って手がかりを探そう。じゃないと成仏できないよ」
「はいはいっと。でどちらへ行くんですかィ、お兄さん」
「このあたりの視察?」
菖蒲はそういって路地裏をのぞき込んだ。女性警官たちの行っていないほうの通路に足を踏み入れる。ムツキは無言で菖蒲の後ろをついてきた。
「ついてこなくてもいいのに」と菖蒲が言えば、「俺が心配してるだけでさァ」と引率の先生のような返事が返ってきた。いささか不満だったが、菖蒲は彼の実力と自分の力不足を重々承知していたので何も言わなかった。
奥へ奥へと進んでいくと、ふと鼻孔を何かがくすぐった。と思った瞬間、急に体の重心が右にずれた。
「うわっ!?」
よろめいた菖蒲がぶつかったのは、一人の女だった。感じた匂いがより鮮明に鼻を衝く。
Ωの発情期だ。
「だ、大丈夫ですか?」
「……」
「抑制剤は? えっと、一寸待ってね、お巡りさんに配布されてるやつを」
「おい、離れろ」
どっ、と刀の鞘が女の手を突いた。うめき声をあげて女は菖蒲から手を離す。手を抑えている彼女に、思わず菖蒲は駆け寄った。
「む、ムツキ! なんてことを」
抗議しようと口を開くと、菖蒲と女の間に錠剤が投げ込まれた。先月配布されたばかりの、抑制剤だった。
「それ、やりまさァ。だから菖蒲から離れてくだせェ」
「……」
「Ωが触れていいお人じゃねェんだよ」
二区生まれのα。女とは天と地の差の生まれ。そんな事実をつらつらと無表情に述べていく彼は、普段のムツキではないように感じた。
女は無言で、錠剤を懐の中に入れた。そのままふらふらと覚束ない足取りで角へと消えていく姿を、菖蒲は茫然と眺めていた。