「ねぇ、ムツキさん! 二十四日遊びに行こうよ!」
「……え?」
 親父に持たされたなまくらの手入れに夢中だった菖蒲が、突然顔そう言ってきた。じっと目を見つめるが、下心もからかいの色もない、きらきらとした純朴な視線が返ってくる。
 ……師走ですぜィ?
 十二月二十四日。
 ……クリスマスイヴ。
 そんな日に遊びに行こうなんて誘われると、つい身構えてしまう。この童貞くんに限ってそんなことはねェんだろうが、もはや条件反射のようなモンだ。
「この前署長さんに、ムツキさんは演劇が好きって聞いたから、僕びっくりしちゃったんだよね。なんか意外でさ」
「菖蒲サンや。失礼じゃありやせんかねェ、それ」
「えへ、ごめんね。それで、僕も演劇見たいですって言ったら、ほら!」
 じゃじゃん! と効果音(CV.菖蒲)付きでお披露目された、二枚の紙切れ。
「S席のチケット! 署長さん太っ腹だよね!」
「うお、おおお……マジか父ちゃん……」
 声が震えた。感動半分、動揺半分で。
 ……ええと、俺何人の女とデートの約束してたっけ。うーん、断れるか。もしくは二時間単位で一人ひとりとのデート終わらせるとか……いけるのか、俺? 捌けますかねィ?
 と、一人で戦慄して遠い目をしていると、ソファにだらしなくもたれかかった俺の傍に、菖蒲がおずおずと寄ってきた。
「あの、僕まだ三区に来たばっかりだし、ムツキさんくらいしか友達いないし……夜に一人で行くの、ちょっと怖くて……」
「あー、確かにここらって治安悪いですよねェ、はは、はは……」
 きょろきょろと視線を彷徨わせる。ばくばく心臓が跳ねてうるせェが、どうせこいつにゃ聞こえてねェし、問題ない問題ない。それに、俺ァ女の子たちとの約束が……。
「ね、ムツキさん……一緒に行こう?」
「…………」
 約束…………。
「……いや?」
「……いやじゃねェ」
 勝手に口が滑った。
「ほんと!? へへ、ありがとうムツキさん!」
 …………うん、じゃあ今からぶん殴られに行くか。六人分の張り手、受けるの辛ェけど。
「……あー……じゃあ俺、ちょっと行ってきますぜ」
「へ? どこに?」
「謝罪参り」
「??」
 重たすぎる腰をあげ、化けモンかゾンビかって具合の千鳥足で、寮の外へと出ていった。




 どどどどど、とすごい勢いで廊下を駆け抜ける黒い影。
 ある野郎警官は「なんだアイツ?」と目を見開いたり、事務員の女の子は「スーツやばい!」と黄色い声をあげたり。とりあえず、良くも悪くもムツキは目立つ。何をせずとも人目を引くが、今日の格好は格段に目立つ。
 ……黒スーツ姿に、頬や口元にいくつもの生傷。
 どういう状況だよ、と男どもが首を傾げるのも、スーツ萌えに女の子が悶えるのも、まぁ、頷けるというもの。
 まぁ、いちいち俺が対応するまでもねェ、と思っていた矢先。
 突然、目の前に槍の柄が現れた。
「うおっ!?」
 そこはさすがの戦闘要員なので、間一髪止まったが。急いでるこの状況で足止めされ、約束を断った女の子たちに殴られ引っかかれを繰り返し受け続けてきた、本日のムツキのいら立ちはピークに達していた。ほとんど獣のうなり声のように、低い声で叫ぶ。
「テメェ! 俺ァ急いでんだ、ふざけた真似してんじゃ……」
「え? 何? ムツキくんのその恰好」
「げっ、エイリーク先輩」
 廊下を疾駆するムツキを止めたのは、なんとこの三区警察隊きっての古株・エイリーク女史であった。
 美しい金髪をふわさぁ……と謎になびかせ、美女は美男を呼び止める。クリスマスでこの状況、普通ならば美味しいシチュエーションなのだろうが、
「何時もよりセットされた髪、新調されたばかりのスーツ、謎の生傷、今日はクリスマス、貴方は遊び人で、クリスマスも複数の女の子とデートすると抜かしてた……それなのに今ここにいて、急いで誰かの元へ向かっている……もしかしてプロポーズでもしに行くの? え? ねえそれ相手は菖蒲君? いま私の中で話題沸騰中の菖蒲君なの? ちょっと詳しく!」
「ちょっと何言ってるかわかりやせんねェ」
 横に突き出された槍の柄の下を潜り抜け、さっさとおさらばする。ああ、逃げるな! と悔しそうに叫ぶエイリークだったが、この先輩警察官の話をまともに聞いても無駄ということは、ムツキはすでに学んでいた。