呼吸するひかり



――また、これだ。
 ユーリューはぼんやりと、働かない頭でそう思った。なぜ働かないのかというと、これが彼の夢の中だからだ。
 周囲までうすぼんやりとした画像でしか見えないけれど、ざぁざぁと騒がしく音を立てる波、甲高い女の悲鳴、金属に何かが突き刺さり、あるいはヒビを入れる音。
『どこへ行くの』
 小さな男の子の質問は、ユーリューに送られたものではない。けれど彼は、にっこりと笑って、干渉できない夢の住人に向かってこういった。
『お前は、死ぬんだよ』
 瞬間、視界は真っ暗に染まった。

 ――苦しい。
 毎回毎回、なぜユーリューは息ができなくなるのだろう。この暗闇は一体、何なのだろう。心臓が耳に移ったかというほどに、どくどくと音が聞こえてくる。
 息を吸おうと口を開いても、こぽりと息が零れるばかり。夢だと分かっていたはずなのに、彼はもう、ここが何処なのかわからなくなっていた。
 ――いやだ。
 ――なぜ。違う。どうして。
 これを呟いているのは、ユーリューなのか、それとも他の何かなのか。
 暗い座――暗い海に落とされて、誰も助けてくれない。
 現実で、かつての自分がそうだったように――誰も助けてくれないことが、理解できない。
 ――憎い。酷い辛い悲しい。
 ――どうして誰も、■■■だけ、拾い上げてくれないの――
 ――どうして――

 どうして、とユーリューが、彼の中のなにか別のものが呟くとき。
 また、決まって、その白いひかりは現れた。

 何もかもが【薄らぼんやり】としている世界のなかで、その白いひかりだけは鮮烈にユーリューの目を灼く。あたたかいな、と、息苦しさを忘れてそれに触れれば、そっと何かが握り返してくれる。

『ここにいるよ』
『傍にいるから』
『離れず、傍に――』

 抱きしめられるような感覚がして、ひどく安心するのだ。
 たぶん安心しているのは、自分だけではなく、この体の中にある、■■■もまた――

『ずっとそばにいて……おれの、■■■の』

 ■■■の、……?
 それが一体何なのか、ユーリューは自分の言葉の先を待っている間に、突然この不思議な夢から追い出されるのだった。

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 美しくきらめく、玉鋼の青白い軌跡。
 少年は意にも介さずそれを避ける。チッ、とおよそ警察らしからぬ舌打ちを聞いて、彼は何だか愉快な気持ちがした。強くて普通じゃない、面白い人間は好きだ。弱くて優しいばかりの人間より、ずっと対応するのも、嬲るのも、楽しくて。
「っはははは! お侍さん、すごいじゃないか! ここまでおれに近寄れた野郎は五か月ぶりだ!」
「へェ、じゃあお嬢さんはお前にいつお近づきになったんだィ」
「三日前かな」
「おーおー、お盛んなこって」
「傭兵団に来れば、お侍さんみたいな自制のきかなそうな奴は一発で色狂いになれるかもネ」
「そりゃおもしれえ」
 一ミリも面白そうな顔をしていないあたりが、またツボだ。何の脈絡もなく飛んでくる火炎玉に、くるりとバックステップで避ける。
まるで自分は、サーカスの獣みたいだ。
「動くんじゃねェ! その不気味な包帯を焼き払ってやらァ!」
「おれみたいな美少年が、野郎に顔を晒してあげるとでも?」
 地面を強く踏みつけ、ビルの屋上まで一気に飛び込んだ。このエテ公が、と口汚く罵る警察官を一瞥して、しかしそれ以上気には留めなかった。
 ――なぜなら、路地裏にひとり、青年を見つけたから。
「……?」
 と書くが、自分でもなぜそれが理由になるのか、解らない。分かるのは、青年が警察官で、黒髪で、丸腰で、つまらなそうな善人であること。
 あとは、
「……まぶしい」
 と、意味の解らない、感想だけ。
 近寄りたい、取り戻したい。――取り戻したい?
「……誰なの?」
 キミは。
 気づくと宙に投げ出していた体は、まっすぐとソレの元へ着地しようとしていた。ユーリューのことに気付いたのか、無防備な顔でこちらを振り返る、その青年。
 ――あたたかそうなひと。あのひかりのような、そんな。
 我ながら、さっきからイカれたことばっかり考えてる、と思う。
けれどまた一歩、黒い瞳に見つめられながら、傍に行く。

 ――離れずそばにいたい。

 声が、どこからともなく聞こえた。


※案外それは、イカれた考えじゃなくて、もっと単純な【運命】だと知るのは、近い未来の話。