「えーあの人かっこいいー! モデルさんかなー」
「うわ! ほんとだ! ちょっとあんた声かけてきてよー!」
「えー無理! むりだってー!」
 ざわざわと。
 三区の、普段から騒がしい街並みの中、なお一層騒がしい三区パチ公公園前。それをものともせず、渦中の【それ】――いや、便宜上彼と称しておこう――彼は、むすりとした顔のまま噴水を眺めていた。
(カルビ……塩だれ……いやここは王道の焼き肉のたれ……)
 訂正。
 彼は、人を待っていたのだ。……焼き肉を奢ってくれる兄を。いわゆる自宅警備員である彼にとって、外食は兄あっての恩恵である。故に、ケータイがない不便も受け入れられるわけだ。
(しかし騒がしいものだな)
 夜の七時なのだが、女性が随分と多い。こんなに遅くに出歩くものなのか、とズレ気味の感想を抱くみずは。勿論、ぼんやり思考するのには邪魔にならない程度の騒がしさではあるが、

「おお! これは珍しい!」
「――!?」

 耳鳴り。騒音。
 あまりにも突然、大声が耳をつんざくものだから、思わず総毛だった。いや、それ以前に。
(気配を全く感じなかった……!?)
 人間のなりをしてはいるが、その実彼の体は作り物で。故に、並外れた五感を持ち合わせている。そもそも、気配の察知は殺しに必要な感覚だ。よっぽど深刻な異常(バグ)がない限り、気づかないなんてそんな、人間じみたことは。
 ――と、ここまで一秒。
 つい相手をにらみつけてしまう。そして、また驚く。
 ――女だ。しかも、少女の部類に入る年頃の。
 女の良しあしなど区別のつかない自分でも分かる、華やかな見目の少女。団子にして纏められた赤い髪に、夜の猫のように輝く金の瞳、まさしく派手。生まれ持った色の時点で、こうも主張の激しい人間も珍しい。
 しかも服装は、随分と古風なドレス調のワンピースであった。
 それもさることながら、一番の異常は――
「ふむ。前に見た泥人形よりは、余の好みに近いな。なかなか美しい見た目をしておる」
「……っ」
「しかしだめだな。余はまず第一として、愛嬌のよいものが好みだ。その点でいうと、あの妙な青の人形のほうが上か……惜しいものよ! むむ……もしやそなたらを分解して錬成しなおせば、理想の人形が生まれるのではないか?」
 余りにも不快な、人を選定する目。
裁定者の目。
王の目だ。
人を圧する――この気迫だ。
「そなた、何か喋らぬのか? それとも前に見た未完成品の群れと一緒で、喋れぬのか。あれは襲い掛かる以外、芸もなかった故な――あまり好きではないのだが」
「――喋れる」
「おお」
 形のいい唇が、少しだけ微笑んだ。
「これは朗報だ。戦うだけの人形ならば、我が妃の言うとおり、壊しておかねばとガッカリしていたところゆえ――」
 壊す、とか、人形とか。
明らかに、みずはの……3608−14−54−Sのことを理解している風だ。あの研究室の研究員――とも思えないが。
 どこから切り出す、とみずはが目を細めて考える。
 考えて、考えて……考えた、その途中。

「なーに人の弟を物騒ナンパしてやがるんでござるか!? このとんでもエンペラー!」

 あまりにもシリアスぶち壊しな、青いホムンクルスの登場だった。
「おお、青い泥人形。丁度良い、そなた分解される気はないか」
「えー。猟奇系ヤンデレとかマジドン引き。ほんと無理。みずはー、はやくそこの痴女から離れろでござるー」
「やんでれ? よくわからぬが、王に対して不敬である。やはり王命として命じるべきか……むむ! そなたこそ人の妃をNTRとは許さぬぞ!」
 美少女はふわりと髪を夜風になびかせ、みずはの傍から去っていく。そして忍に手を伸ばし……と思いきや、その背後にいた人影を引っ張りだした。
 出てきたのは、今まで何度か見かけたことのある景観――菖蒲とか言ったか。そして今あの美少女、妃と呼ばなかったか?
「王様! みずはくんに妙な事してないだろうね!」
「おお、ショーブよ! 今日もフラミンゴのごとき美しい体のラインをしておるな。愛い。実に愛い」
 そういって青年の腰のあたりを撫でる美少女。菖蒲はあからさまに顔を引きつらせていた。いつも優男でにこにこしているだけと思っていた。そういう顔もできるのか、とみずはは無駄に感心する。
「それ、もしかして褒めてるのでござろうか?」
「王様、きらい……」
「なぜだショーブよ!?」
 驚きに目を丸くした美少女が、うだうだと菖蒲にまとわりついて文句を垂れている。
「おー、これが噂の百合っぷる(概念)でござるな。写真写真」
ぱしゃぱしゃとスマホから音を響かせながら戦線離脱してきた忍に、なんだか訳のわからない安心感でため息が零れた。
「む、どうかしたか?」
「ああ……いや。忍、いったいあの女は……」
 随分異様な女だった、と思う。少なくとも常人ではない。いまだ、彼女に見つめられた時の緊張感と圧迫感で、指先がぴりぴりと痛むくらいには、特別な人間であった。
 しかし忍は、どこか遠い目をして半笑いだった。
「あー。あれ男でござる」
「!?」
 ほとんど反射で、再び女と菖蒲の方を振り向いた。
「な、なっ……?!?」
 ローマ彫刻の如き、美青年。
 ――なんて、見たことない癖に形容するのも、まったく大げさではないような――とんでもない美丈夫が、向こうに。
 菖蒲はおろか、忍やみずは以上に背が高い。遠目から見ても分かる、しっかりとした体つき。あの女と同じ、炎のような赤い髪は、ゆるく後ろに撫でつけてあり、相応の色気を醸し出す。そして金の瞳は、菖蒲からすぐにこちらに移った。にんまりと嗤う。
「人形も驚くか。はは、そうこなくてはな」
 愛らしい高めの声も、青年の低い声に。
 驚きの余りこちらの声が出なくなっていると、すぐに菖蒲が美青年の袖を引っ張った。
「王様! だから、忍くんたちを人形とか呼ばないで。そういうなら自分だって、今は人形じゃないか」
「何を言う。人形は人形だ。良いではないか。人間には悪人と善人が居るが、人形には善も悪もない。故に余はあれを人とは呼ばぬ」
「人間ですら雑種とか下衆とか言うくせに……」
「おお、合点がいった。妬いているのか、なんと愛い奴め。ショーブのことは妃と呼んでおるではないか」
「だから妃も嫌だってば!」
 絶妙にかみ合わない会話だ。いや、あれでかみ合っているのかもしれない。……理解できないが。
 いつの間にかみずはまで遠い目になっていた。
「……あれはある意味、拙者たちと同じ存在でござる。男と女、自由に体を変えられるのは、あれが作り物の身ゆえ」
「にしては、らしくない傍若無人っぷりだな……」
 ホムンクルスとして作られた以上、ある程度の従順性は持っているはずなのだが。あの男、確実に辞書に従順という言葉を載せてないタイプの人間だ。
「体は作り物というだけでござる。生身(本体)はお家でおねんねしているらしい」
「は?」
「あれの名はスカーレット。あれは人間だが、とうの昔に一度死んだ人間。大昔にあった【帝国】の皇帝、第何代と言っていたかな……始祖だか5代目だか最後の皇帝だか……何と言ったか覚えておらぬ。まあ、必要ない情報ゆえ、構わないでござろう。要するに使い魔の類とか」
「はぁぁぁぁ!?」
 さらさらと流れていく情報が、マグマ級の超ど級に意味不明案件すぎて。これをなんでもないように言ってしまう兄も、ある意味同類なのでは……とか思ってなどいない。たぶん……。
「ま、ユーリューくんが現れて戦場になる前に焼き肉いくでござる! 参るぞみずは!」
 あれ、ほっといていいのかな……。
 などという思考は、捨てた。人間、キャパオーバーになると思考放棄するらしい。新たな発見だ。
「……そうだな」