「あ、ああっ、さくら……くっ」
「……どうしましたか兄様?」
 枕を抱きしめ、桜良の美しい指で少しずつ解されていく感覚に震えていた菖蒲が、うわごとのように彼の名を呼んだ。
「痛かったですか? 兄様、やっぱり媚薬の入ったローションの方が……」
「い、いや! あれはいやっ、しんじゃう……!」
 顔を真っ赤にして、前回使った潤滑油を拒否している。あれを使ったときの乱れっぷりはよかった。ハートが語尾につくような小説や漫画を鼻で笑っていた過去の自分を叱責したい。あれは、確実にハートがついていた。「さくらくんっ すき、だいすき」という具合だった。最高だ。
「お、お願い……やめて……」
 しばし追想していたせいで、押し黙っていたようだ。震える声で、やめてと懇願する彼に、慌てて微笑んでみせた。
「ふふ……わかりました。でも、気持ちよくて死ぬ人はほとんどいませんよ」
 世の中には腹上死という言葉もあるが、桜良の愛する兄は永遠に知らなくていい言葉だ。
 完璧に微笑んで解答したが、菖蒲はまだ不安そうに、なにかもじもじとしていた。何か、言いたいことがあるようだが。
「あの……あのね、桜良くん」
「はい、なんですか」
「その、こういう時に、兄様って呼ぶのは……」
いけないことしてるみたいで……と、歯切れ悪く呟いた菖蒲。対する桜良は、ぽかんとしていた。
ーーまったく、そんなことは失念していた。兄と呼びながら彼を抱くのは、よく考えてみたら可笑しかったのだろう。
素直に申し訳なく思って、それから欲情した。
ん? そう、欲情した。何をそう、怪訝な顔をするのだろう。
つまり自分は、意図せず兄弟プレイを彼に強いていたわけだ。この世で一番清廉だと信じて疑わない人に。
桜良が彼を呼ぶたびに、彼が背徳に身を震わせていたとしたら? それはなんて、なんて――いやらしいのだろう!
「兄様」
「っ、桜良くん、だから……」
「兄様……僕を拒まないで」
あからさまに悲しんでいる顔をすると、菖蒲はすぐに抱きしめてくれる。さっきまでクッションを抱きしめていたので、抱擁はクッション越しになってしまったけれど。
「違うよ……桜良くんのことは、誰よりも大好き」
「では兄様のことを呼んでもいいですか?」
「あっ、うん。兄様じゃなくて菖蒲って……」
「どうしてですか?」
意地悪く、何も分からないようなフリして尋ねる。黒い瞳を滲ませながら、菖蒲は眼前の薄桜色の目を見上げた。
「だってこんなの、恥ずかしくて……」
「まぐわいは恥ずかしいものだから、平気ですよ」
「そ、そんな」
完全に論理の飛躍である。桜良はしれっと菖蒲を言い包めて、今度は自分から彼のことを抱きしめた。
ついさっきまで桜良の愛撫を受けていたせいで、少し敏感になっていたのだろう。少女のようにか細い声をあげた菖蒲は、どうしようもなく桜良の加虐心を煽る。
「兄様は、弟に暴かれるのはお嫌ですか……?」
体を起こし、再び菖蒲の秘めた部分に指を挿れる。弟、という言葉に反応するように、きゅうと締めつけられる。
「っあ……んぅ、そんなぁ」
「あは、可愛い。兄様は意外と、こういうのお好きなんですね」
「ちっ違う……違う、桜良くん……」
 きっと、誰でもない桜良(おとうと)であるからこそ、恥ずかしくてたまらないのだ。ああでも、こういう恥ずかしさに酔える性分の自分は、彼のこの恥じらいすら蜜だ。全て啜らなければ気が済まない。
「兄様」
 限りない敬称で、この上なく辱めてしまいたい。