「ねぇ、おれは『アレ』を買って来てって言ったの! なんで焼きそばパン買って来てんだよー!」
「痛っ!? ユーリュー先輩の投擲は、焼きそばパンですらこの威力……!」
「ふふーん。力の差を弁えるのはイイコトだぞっ!」

天使のように可愛らしい顔で、悪魔か悪代官のような発言をする美少年。こう見えても右助の先輩であり、第三区警察の実働部隊の中でも一、二を争う実力者だ。名をユーリューと言い、制服は右助のものとは似ても似つかないくらい魔改造されてチャイナ服になっている。でも可愛いから万事OK、とはエイリーク大先輩の言だ。署長はなんかもう、制服については一々ツッコまなくなっているので省略。自分の息子であるムツキ先輩も、ヤンキー宜しく制服を短ランみたいに短くしているからだろう。

「じゃそんな訳で、よわっちい新米くんは素直におれのいうことを聞くこと!」
「はぁ……でも、ユーリュー先輩まだ十五歳でしょう? あれ18禁本ってハッキリ書いてあったような……」
「だからおまえが買うんでしょ!」
「ええ〜……」
「先輩の言うことは絶対なの! 今週号は絶対買うの! おれとお兄さんのラブラブエッチをお侍さんに自慢してやるんだからっ!」

何言ってるんだこの子……と右助は苦笑する外なかった。よく分からないが、自分と菖蒲先輩によく似たキャラクターのエロ漫画を買いたい……という認識で間違いないはずだ。最近の十五歳はずいぶんおませさんで可愛いなぁと微笑ましく思いつつも、右助は彼の言う通り本屋に足を運んだのであった。

そして難なく指定された通りの成人雑誌を買い、署に戻る。談話室には誰もいなかったが、コーヒーを飲みたい気分だったので立ち寄った。三区警察署にしては割と静かなひと時に浸りながらコーヒーメーカーを動かしていると、背後で扉の開く音がした。

「ねぇ、モーセくん」
「はい?」

振り返ると、そこにいたのは事務課のジーンだった。左助の直接の先輩だが、右助とはあまり関わりがない。彼は右手に白い紙袋を下げていて、右助が振り返った途端驚いたような顔をした。

「あっ。……ごめんごめん、間違えちゃったよ。君ら、後ろ姿は同じだからさ」
「あはは。別に良いですよジーンさん。兄貴に何か御用ですか」
「これ、今日の差し入れのお菓子。事務課で開けようと思ってたんだけど、偶然後ろ姿が見えたから、先に渡そうかと……」
「俺だった、って訳ですね。紛らわしくてすみません」
「いや。……あ、コーヒーか。俺も一杯頂いて良いかな」
「ええ、どうぞ」

紙袋をソファに置いて、ジーンが紙コップを受け取る。彼とはあまり話したことはなかったが、眠そうな顔のわりに語り口は軽快で面白い人だった。右助の先輩たちは、基本口より先に手が出るような人間ばかりなので、こういう理論派との会話は新鮮だった。

「ごめん。話し込んじゃったね。俺そろそろ行かないと」
「いえ、楽しかったです! じゃあ俺もそろそろ寮に戻ろうかな」
「そっか。じゃあ、また」

紙コップをゴミ箱に捨て、ソファの上に並ぶ紙袋を引っ掴んだジーンは、ひらりと手を振って談話室から出ていったのだった。



事務課の広めの机の前に、ジーンは菖蒲と並んで座っていた。心なしか晴れやかな表情と共に、ジーンが紙袋を机に置く。

「今日のおやつはマカロンだよ。ちなみに俺はバニラが食べたいな」
「ジーン、今日もおやつ買って来てくれたんだ。ありがとう」
「俺が食べたいからね。……あ、そういやさっきモーセくんの弟に会ったんだよ」
「私の弟ですか」

普段は表情に乏しい左助が、少し驚いたように目を丸くする。まぁ、仏頂面に定評のあるのはジーンも同じだが。

「そうそう。さらっと世間話してみたけど、面白い子だったよ。君と顔立ちは似てるんだけど、表情の変わり具合は全然違うね」
「あいつは大げさな奴なんです」
「というかモーセくんだって、君に表情の変わり具合を指摘されたくはないんじゃない?」
「あ。酷いな菖蒲。そういうこと言うやつには、マカロンの味選ばせてあげな…………あれ?」

ごそ、と紙袋に手を突っ込んだジーンが怪訝そうな声をあげた。そして彼ともあろう者が、お菓子の入った袋をさかさまにして中身を落としてしまった。どうしたのだ、気でも違えたか……とばかりにジーンの顔を見ていた菖蒲と左助は、落ちてきたお菓子の音が妙に重量感があったため、自然と机のほうに視線が向いて……。

「うわぁ!? じ、ジーンっ!」
「いや、は? 何これ……えっ、マカロンは?」
「そこじゃないだろー! な、なななんで春画なんか持ち歩いてるんだよ君はっ!?」
「春画って。さすが二区民」
「君はマイペースすぎるよっ!」
「お、落ち着いてください菖蒲さん」

まるで彼氏の持ってるエロ本を見つけた彼女のようにぺしぺしとジーンの背を叩いている菖蒲を、慌てて左助が止める。ジーンは菖蒲の攻撃など痛くも痒くもないようで、見知らぬ成人雑誌をぱらぱらと開いていた。

「ふーん……これ、ただのエロ本じゃないね」
「……と、言いますと」
「男同士の恋愛漫画だ」

さらりとジーンがそう言って、思いっきり濡れ場らしきシーンを見せつけてくる。紙の上では、黒髪の青年が、三つ編みの美少年に押し倒され、あらぬ場所を触られキスを受けている……のだが、ぶっちゃけジーンも左助も、そこはどうでもよかった。

「……あの、ジーンさん。これ」
「ああ……俺も同じこと思ってるよ」
「ですよね……どう見てもこの黒髪のキャラクター……」

ちらりと二人が、問題の青年を盗み見る。彼はというと、堂々とエロ漫画を覗き込んでいる二人を見て信じられないというように顔を赤くしている。……うん、赤面する様も、この紙面通り二つである。

「ふ、二人とも……そんなの見てないで、捨ててきなよ」
「いや、多分マカロンとこの本を取り違えてきちゃった訳だし。捨てるわけにはいかないよ。でも教育に悪いので、お子様な菖蒲はあっち向いてなさい」
「い、言われなくても見ないよっ」

ジーンに背中を押され、ぷいっと顔を逸らしてくれた菖蒲。他の事務員たちに「何々〜?」と聞かれているが、なんとか誤魔化そうとしている。これでしばらくは菖蒲を気にせず話ができそうだ。

「これをどこで取り違えたんでしょうね。何処か寄り道しました?」
「いや、署にまっすぐ帰ってきたけど」
「となれば署内で取り違えたんでしょうね」
「ええ……こんなの取り違えられちゃうウッカリさんなんてそうそう…………」

ふいに、左助の顔をまじまじと見つめてジーンが黙り込んだ。何だ……? と左助もジーンの顔を見ていると、ふいに十分前の会話が頭をよぎる。

『……あ、そういやさっきモーセくんの弟に会ったんだよ』
『私の弟ですか』

「……」
「……」
「ええと。……弟くんもお盛んだね……?」

ジーンが絶望的に間違った気遣いの台詞を発したその時、ばん! と事務課の扉が開かれた。

「ジーンさん! すみません、俺、間違えてジーンさんの荷物を持って帰っちゃ……げっ! 兄貴!?」
「ははは……やあ弟よ、僕に恥をかかせてくれてありがとう、ぱっか」
「うわーーーやめろぉ! 僕をパッカーンする気でしょ!?」
「お前みたいな愚弟、半分どころか八つ裂きにするわ!」
「な、なんだよもう! 言っとくけど、僕の趣味じゃないからなぁ!」
「お前の本だろうが! 言い訳するな!」
「ちっ、ちが……! これはおつかいで買った品物で……!」
「やれやれ、人の先輩をそんな目で見てたなんてな……これはしばらく入れ替わりも禁止だ。菖蒲先輩に何をするか分かったもんじゃない」
「何もしないよ! そんな怖い真似できない! 刀傷と打撲まみれになるし!」

似たような顔に似たようなしゃべり方で言い争いを続ける二人。この後ユーリューが「おまえ、いつになったら戻ってくるの!」と右助を叱りにやってきて、事はますますややこしくなるのであった。