「……薊、どうしたの? やっぱりパンは苦手?」
「い、いえ……大変美味しいですね、この食パン」
「でしょ? ジーンに……ああ、職場の人におすそ分けしてもらったんだけど、ここのお店のパンは絶品なんだ」

因みにジーンは頑なにシュガーパンを勧めたがるのだけど、甘いモノを朝ご飯と認識していない薊の為、プレーンを買った。昨日奮発して買って帰ったトースターでこんがり焼き上げ、マーガリンを軽く塗る。塩気が効いて美味しい……とは思うのだけれど、薊は違ったのだろうか。

先ほどからじろじろと見られている気がして、なんとなく落ち着かない。気のせいではないような……と思いながらも、いちごジャムに手を伸ばす。結構多めにとってしまったのは、甘党の誰かさんの影響か……と苦笑しつつ、ちぎったトーストに載せて頬張る。いちごの甘味が咥内に広がり、最高に美味しい。

「ん、はふ……おいし」

ちょっと頬張りすぎてしまったかも。薊が見てるのに……とちょっと恥ずかしくなって、もぐもぐと急いで咀嚼する。やっと飲み込んだ後、指先にべたつくジャムの残りを発見し、つい三区に居る時の要領で舐めとってしまった。ううん、中々僕も行儀悪くなってきちゃったかも。

……ところで。

「……そんなに熱っぽい顔で見られると、恥ずかしいんだけど……」
「……す、すみません……ですが、その……」
「も、もう……さっき口でしたでしょ……? 少しは我慢して!」

あまり日の下に晒されない白い肌が赤く色づき、青年が図星を刺されて照れていることを伝えてくる。追い打ちのように「ついでに言うと、昨日の夜もしたでしょ」と言いかけたけど、さすがに恥ずかしいので自重した。

たまの休日、というか僕が二区に帰ってくる日。薊は決まって、その日はずっと家に籠っていたがる。曰く、ずっと二人きりで居させてほしい……らしい。

普段我欲を張らない、健気な軒猿かつ恋人の頼みだ。そのくらい叶えてあげて当然と思って、毎度二人で過ごすのだけど……。

……その一日中、まるで怠惰な後宮にでも居るのかというくらい、薊は僕を抱き潰そうとしてくるのだ……。

「は、はい……菖蒲様に慰めて頂いたのは分かってますし、すごくその……良かった、です」

彼の落ち着いた声色で、うっとりとした雰囲気の甘い言葉が流れ込んでくる。それだけでも大分心臓に悪いのに、あろうことか彼はその先を求めてくるのだ。

「でも、俺は自分独りだけ気持ちよくなりたい訳じゃなくて……どちらかというと、菖蒲様が蕩けるさまを見て居たいだけと言いますか……」
「とっ、蕩けてなんか……」
「それに、さっきまで俺を慰めてくださっていたのに、こうして素知らぬ顔をして、お食事なさっているのを見ていると……妙に熱が籠ってしまって、我慢が効かないんです」

しょぼぼ……と可愛いしょんぼり顔で、さらっとやらしいことを言わないで欲しい。だ、第一そんな……朝からするなんて、やっぱりおかしいだろう。

「だめ。夜まで我慢して」
「菖蒲様……しかし……先ほど菖蒲様だって、物足りないお顔をなさっていました。俺だけじゃ不公平だと思うんです。俺たちは恋人なんですから……一人だけが満足していても、意味がないでしょう?」
「ご、誤魔化されないよ! 駄目なものはダメ!」
「……はい……」

う、うう……。そんな罪悪感が増すような悲しい声を聞かせないでほしい。

「…………、その、ちゃんとご飯食べてくれないと嫌なだけだから……僕だって君が心配なんだよ。だ、だからその……食べたら、ちょっとは考えなくもないし……」
「!」
「ご、ご飯食べて、お皿洗いして、洗濯物もちゃんとしなきゃダメなんだからね。その後なら、その……」

段々、自分が何を言ってるのか分からなくなってきた。顔が熱くて、薊の顔を直視できない。面白いモノなんて何にも見えないのに、コーヒーカップの中を見つめて動けないままでいると、ふいに前方から、さっくりとした食パンの小気味良い音が響いてきた。

「……美味しいです、ね」
「薊……」
「貴方が俺に心を砕いてくださっているのが嬉しいからですね、きっと。それに、貴方と過ごせる時間が一分一秒でも惜しいです。ずっと貴方とくっ付いていたいですし」
「も、もう……僕より年上なのに、甘えん坊なんだね」
「甘えん坊……はは、そうかもしれません。幼い貴方を散々甘やかしたんです、今度は俺を甘やかしてください」

ニコニコと、なんの躊躇いもなくそう言い放つ彼。……どうやら僕は、思った以上に甘えたな年上の彼氏を持ってしまったようだ。ちっとも嫌じゃないあたり、笑ってしまうけれど。