「あざみ」
そこらの少女を捕まえてきたとしても、この少年の美しい声には敵わないし、たった三文字の味気ない言葉だけで、薊という一人の御庭番の背筋を震え上がらせる者はいない――と、薊は思う。勿論震えは恐怖から来るものではなく、どうしようもない程の期待感からだった。
畳に二人並んで座って、たいして面白くもない和歌集を眺めていた。なので薊は少し行儀悪く胡坐をかいて、その上に和歌集を乗せて、菖蒲が見やすいようにしていたのだが……その気遣い空しく、菖蒲のたおやかな手が、和歌集を払って床に落とす。空いた袴の上を、小さな手が何度も何度も優しく擦った。別に彼がおかしなところに触れているわけではないのに、急激に喉が渇いて目の前がちかちかする。
「しょ、菖蒲さま……」
薊の長い睫毛が震えたのを、大きな黒い瞳がじっと見上げる。そっと視線を向けると、菖蒲はもう薊の目など見ておらず、ニコリと口の端を上げてそっと目を閉じていた。薊は一瞬躊躇ったが、それを見抜いたかのように菖蒲がちらりと赤い舌を覗かせたあたりで、もう迷いは捨ててしまった。
うっすら開いた唇に舌をねじ込むと、薊よりずっと短くて小さな舌が自らすり寄ってくる。それに応えて、少し彼の舌を押し込んで歯列をなぞれば、嬉しそうな喘ぎ声と共に、僅かな吐息が零れた。開き過ぎた身長差がもどかしく、上半身を折り曲げるのも面倒で、薊はやや乱暴に菖蒲の身体を畳に押し付けてキスを続けた。女を押し倒した時よりも、ずっと簡単にねじ伏せられてしまった体。このまま薊が口づけを続けてしまえば、もしかすると窒息死させることも出来るんじゃないかと思ってしまうほど、小さな唇。合わせた唇は、薊の口で全部ふさがってしまうだろう。
いや、そもそも。
精通もまだの子供なんて、首を捻れば殺せてしまうだろう。口づけをしながら、艶やかな黒髪を撫でるのが常だけれど、それを首に回せばいいだけで。
……だけれど、殺そうなんて微塵も思わない。とろんとした目つきになった辺りで、薊はすぐに菖蒲から唇を離した。
「あれ……? どうして、離してしまうの……?」
「あまり続けると、酸欠になってしまいますよ」
「まだ大丈夫。むしろ、お口がさみしいよ……」
そういって微笑む菖蒲は、すぐに『次』を強請ってくる。これでは一体、どちらが教育係なのか分からなくなりそうだ。
若様が――桜良様が、将来抱くことになるであろう彼。菖蒲は桜良より二個年上で、だから彼より早めに、床に入るための『準備』をしておけと。それが乳母たちの総意だった。菖蒲は桜良の子を孕むのだから、初夜でまぐわい方が分からなかったり、痛くてトラウマになったりしないように、慣れておけと。
薊には、正直まったく理解不能な考え方だった。菖蒲が魔術理論上子を孕めるというのは、よく分からないなりに『論理上可能』ということだけを理解したが、それにしたって、まさか菖蒲の母親がOKするとは思わなかった。
(しかもあろうことか、百合様の遠縁であった忍び風情に、抱かせることを許すなんて……)
薊はゆっくりと袴の帯を解きながら、厭らしいことをするとは思えない年ごろの菖蒲を見て目を細めた。
――菖蒲は、やはり小町に似ている。薊に『頼み事』をしてきた彼女の笑顔と、今の菖蒲の笑顔が繋がって、不思議な気持ちになる。
『貴方になら菖蒲を任せられるのよ。だって貴方、百合様に似てるから……きっと菖蒲は貴方を好きになるし、貴方となら交わりを怖がったりしないわよ』と、事も無げに言った、小町のあの微笑み。自分ではあまり、百合と自身が似ているとは思えないし、そもそも仮に父親と似ているとしたら、普通は抱かれたくない気がするのだが……。
「ねぇねぇあざみ」
「はい、何でしょうか」
「お口でするのおしえて」
「…………いや、その……それはまだ早いかと……? 俺がしてあげますから、菖蒲様はしなくていいというか……」
「はやいの? でもこの前、おちんちんなめたら嬉しそうにしてたじゃない!」
「し、してません!」
「えぇ……? ねぇおねがい、おしえて? あざみのこと大好きだから、いっぱい嬉しい気持ちになってほしいよ」
信じられないことをポンポン口にしたあげく、好きを連呼しながら薊の頬にキスをしてくる菖蒲。さすがにもう、陰茎に触れると気持ちよくなることを理解したのか、薊の袴の隙間から、小さな手が薊のそれに触れてきた。ドクンと大きく打ったそれに、菖蒲は「わぁ」と嬉しそうな声をあげる。数刻前に、道端に咲いていた花を見て喜んだ時と大差ない声色で、薊はますます自分のやっていることに後ろめたさを感じてしまう。
「しょ、菖蒲様。やはりこれはダメです……」
「? でも、薊がこれしてくれると、いっつも気持ちいいよ」
「気持ちいい、のは……その、あッ……」
「びくびくってなった! おてて気持ちいいの? ね、ぜったいお口も気持ちいいよ?」
亀頭のあたりをすりすりと、幼子の手で撫でられる。くすぐったいだけならどれほど良かったか。正直もう、痛いくらいに立ち上がってしまったソレにとっては、ただの亀頭責めにしかなり得ない。大人になった桜良は、こういうプレイを望むのか甚だ疑問だった。こんなの教えなくていい気がしてならないが、本人から口淫を教えろとせがまれてはどうしようもない。断ろうとすればするほど、誘いはより大胆になっていく。
「ね、あざみ……」
「くっ、そ……待っ、だめですって……」
「あ、いけないんだ。言葉遣いがきたないのはよくないんだよ。おしおきしなきゃ!」
「は……? あっ、ちょ!? 菖蒲様っ、咥えるのは駄目です、出るから!」
「はふ……んぅ? でる? あ、しろいの? あれ苦くていやぁ……」
そう言いながらまったく唇を離そうとしない菖蒲に、薊はすっかり参ってしまった。無理やり頭を掴んで離せばいいのだが、力加減が難しくて正直怖い。御庭番の仕事では色々と助けられた自分の握力が、今は足を引っ張りまくっているのだから皮肉すぎる。それに薊自身、房中術が得意という訳でもないのだから、いつまでもこんな責め苦に耐えられる訳もなく。
「っ、あ、出るっ……! ちょ、菖蒲様、ほんとに……、……に、苦いおくすり飲んじゃいますよ!?」
「!? 苦いのいや! おくすりもいや……んぁっ!?」
寸でのところで離れさせることが出来たが、あまりにもギリギリすぎた。僅かに顔を離しただけの菖蒲は、もろに顔へと白濁を浴びてしまう。かなり焦らされて限界が来ていた薊は、吐精の悦に一瞬何が起きているのか分からなかった。ぼんやりとした気持ちよさに身をゆだねてしまいそうな十八の青年が現実に戻ってきたのは、菖蒲の黒髪にどろどろしたものが滴り落ちているのを認識してからだった。
「しょ、菖蒲様! す、すみません! あ、だめですよ目を開けちゃ! いま拭きますから、じっとして……!」
「んん……はぁい……」
いきなり始まった行為なので、手ぬぐいなんて気の利いたものは容易されていない。仕方なく、薊は自分の精液を自分の袴で拭う羽目になってしまった。菖蒲のならよかったのに……とか何とか思いつつ袴を引っ掴むと、ふいに背後で菖蒲が笑った声がした。
「やっぱり、苦いね」
頬についたものを指で掬ってなめたのか、菖蒲が形のいい眉をしかめて舌を出した。真っ赤な舌にこびりついた精液を見せられて、薊はまた下半身が重くなって辟易した。もうダメだ。完全に自分は、この子をそういう対象に見るよう刷り込まれてしまったらしい。
けれどせめてもの抵抗として平静を装って、「だから口に入れたらだめって言ったんですよ?」と優しく言いつけると、顔をぬぐってもらった菖蒲がぱちりと目を開けた。
精よりもどろりと溶けた瞳に、興奮しきった自分の姿が映る。自分の瞳にもまた、子供らしからぬ表情の幼子が映っているのだろうか。
「……苦いけど、なんだかあつくて気持ちいいね……*」
「……苦いのも、すぐに慣れますよ」
「あっ……あざみ、それすき……** 気持ちいのして……さわってぇ……***」
「菖蒲様……精通してない癖に精液の味だけ知っちゃったなんて、あまりにもあんまりですね* 俺、仕事じゃなかったらとっくの昔に御白洲行きだ……**」
なんだか空気が籠ってきて、またいつものように頭が回らなくなってきた。でも一向にかまわない。だって、これは仕事なのだから。桜良のために、菖蒲の身体を開くだけの……ちょっと変な仕事なのだ。多分誰にも譲ってはいけない仕事だから、薊は今日も真面目に仕事をこなしているだけなのだ。……多分。