大名行列が通るとき、まさにこんな具合なのだろうか。
 菖蒲が一歩歩くたびに、屈強な男や気の強そうな女たちがさぁぁ……と波でも引くかのように道を開ける。
 噂には聞いていたが、これほどまでとは。
 ――第二区と第六区の上下関係。
 ある将軍家、大名家の末裔たちと、彼らに仕える下級武士の末裔たち。
 ひいては、第六区のひとびとの、第二区の人間に対する異常な反応。
 あるものは尊敬を。あるものは畏怖を。あるものは嫌悪を抱く。
そして最も面白いのは、第二区の人間はほとんどそれに気づかないということだ。自分たちが彼らに仰がれるという自覚はあっても、過敏な反応をしていることには目を向けない――彼らの遺伝的なものなのだろうか。上の者は下の者の反応など、目に入らないのかもしれない。(水道文集・世界都市史書籍)
 ……という記述、そっくりそのままの光景である。
 上水は感心したようにため息をついた。彼の目の前には、この似非大名行列の核たる青年と、その青年にぴったりくっついて離れない緑髪のチャイナ服少年。そして少し後ろには、なぜかどや顔で街の様子を眺めている同僚1、商店街のマップを片手にあれこれと店を指定している同僚2……。
どう考えても、仲良しこよしのお友達という訳ではないメンバーだ。
「ぜ、前回といい今回といい……何でこんなに、皆さん親切に道を開けてくれるんだろう……」
 親切すぎて怖いよ……と呟いているのは菖蒲だった。
 それはお前の出身とその着物が原因だ、と上水が親切心から口を出そうと思ったが、急に忍に口をふさがれた。
「んぐぐ(何をする)」
「面白いから黙ってろでござる」
 こいつ、ござるつけときゃ何言っても許されると思っていないか? と上水はキレそうになったが、そこは大人な社ち……社会人。黙っていることにした。
 さて、純朴たる第二区の青年が怯えていると、チャイナ服の裾から生足を惜しげもなくさらす(どうやら夏なので下は半ズボン仕様)ユーリューがきらきらと目を輝かせて菖蒲に抱き着いた。
「お兄さんかっこいいね! 一体この町にどんな武勇伝を残したっていうの!?」
「武勇伝!? 残してないよそんなもの! というか来たのも片手で収まる回数だよ!」
「だって、人が道を開けてくれてるじゃん。俺も経験あるからわかるよ!」
「経験あるんだ……」
 さりげない暴露。どの区に行けばそれが見れるのだろうか。
 さて、いくら大名行列云々とはいえども、この一行は表向きには取材に、裏向きには観光に来ているのである。
 この行進の主導権は、すぐにカランへと渡る。
 女性はどうしてこう、買い物になると途端に体力が五倍くらいに増えるのだろうか。一度上水はその根拠を調べてみたい、と思うくらい。
 ……長いのだ。女性の買い物は!
 数多くの女性記者と幾度となく取材に行っているので、上水は慣れているといえば慣れているのだが、それでも死にそうだ。早く目的地に行かせてくれ、なんだったか、白竜神社? 寺? 一キロ当たり一白竜のノリで神社だか寺だかに遭遇するので、正確な名称は覚えていない。
「忍君、これとこれとこれ持ってて」
「かしこまりでござる〜」
 なんだそのうざい承り方。
「で、フィート君はこれね!」
「……ああ」
 疲れを全面に押し出した声で上水が返事をした。
 そういえば、完全に忍のせいで引っ張り出されてきた菖蒲と、それについてきた少年はどうしたのだろう。先ほどから荷物を持たされているのは忍と上水だけだ。あわよくば押し付けたかった。
 すっと視線を道の方に流せば、やや後方で二人、なにやらしゃがみこんでいた。
「どうした」
 着物姿の華奢な青年(※警察です)と、よそ者感120%のチャイナ服少年(※警察です)だけでは、さすがに危険だろうと判断し、彼らの方へと近寄った。
 すると、先に反応したのはやはり菖蒲だった。
「えっと、実はユーリューくんが」
「おれもう飽きたー! もう歩けないー!」
「だそうで……」
「子供か」
 いや、正真正銘子供だが。
 十五歳男児だろう。もうちょっと大人しくできないのか……ちなみに第六区では成人らしい。
「ちっ……おい餓鬼。さっさと立て」
「はぁぁ? こんなにかわいい男の子が歩けないって言ってるんだよ。椅子の一つや二つ用意しろってのー!」
 人並み以上に愛らしい風貌をかさに、我儘し放題なのだろうと推測がつく。少年はぶーぶー文句を垂れながら、枝毛チェックにいそしんでいた。本気で一歩も動く気がないらしい。
「いっ、椅子? 困ったな……上水さん、この辺にベンチがある場所って」
 菖蒲が立ち上がった。上水は静かに首を振る。このあたりは公園もなければカフェもない。見渡す限り服飾品店舗だらけのデス・ロードだった。(男性陣的には)
「俺の知る限りでは、ない」
「そ、そうですよね……地元の人じゃないと分からないですよね」
 菖蒲がきょろきょろとあたりを見回す。
 彼の通った後にはぺんぺん草も生えない……みたいな状況なので、道に人影はなかった。
 だが、運よく……というべきか。
 彼らのすぐ背後にあった店から、何も知らない青年が一人、鞄を片手に出てきた。
「あっ! あの、すみません!」
「お、おい馬鹿」
 菖蒲が話しかけたら卒倒するんじゃないのか? と慌てて上水は止めにかかるが、時すでに遅し。身長百八十はありそうな青年に、おそるおそる菖蒲が話しかけていた。
 もちろん相手は、自分より小さな菖蒲を見てがくがく震えていた。なにこれ面白い……と思ったのは内緒だ。
「ひっ!? な、ななななんですかお代官様!」
「お代官様……ですか? いえ、僕は警察ですけど」
「け、検非違使様でしたか! なななな何かおれ……いえわたくしめに御用ですか!」
 ここの地区特有の、美しい水色の瞳が涙で潤んでいた。可哀想に。そして不思議なことに、菖蒲は気づいていないらしい。第二区第六区マジック。
「あ、はい。実は、連れの男の子が歩き疲れてしまったので、椅子を探しているんですが……」
「いっ、椅子ですか!?」
 ここらにはないものを求められ、青年はまさにパニック状態。ここらで上水が仲介に入ろうかと思ったが、それより先に動いたのは、あろうことか青年だった。
「わ、わわわわわかりました! 椅子ですね!」
「あ、あれ? どうしました、お具合が悪いんですか?」
両膝を地につけ、お殿様の命令を果たせない故の土下座でもするのかと思いきや。
 彼はそのまま、両手まで地につけ、ぴんと肘を張った。
 どう見ても――人間椅子の完成だ。
 菖蒲は意味が解らないようでおろおろして、一緒にしゃがみこんでしまった。具合を見ようとする菖蒲に顔を近づけられると、青年は本気で倒れてしまいそうなほど顔を青くする。病状は悪化。
「あれれ、あるじゃん椅子ー! お兄さん座ろうよー」
そこに、あの悪魔がやってくる。
「え、どこに」
「うん? ほら、ここにあるでしょ?」
 なんのためらいもなく、青年の背にすとんと座った。何この子怖い。
「えっ、ゆ、ユーリューくん!? 何してるの!」
「座ってるけど。ほら、お兄さんも疲れたんでしょ? 俺が疲れてお兄さんが疲れてないとか絶対ありえないし。ほら、座りなよ」
 実に紳士的な、ド畜生の勧めだ。
「だ、ダメだよユーリューくん! 早く降りなさい!」
「遠慮してるの?」
「遠慮しかできないよ! って、うわぁあ!」
 少年に手を引かれ、菖蒲の体はいともたやすく引き寄せられる。そしてそのまま、チャイニーズマフィアの隣に侍る女性のごとく、ユーリューの隣に着席。男性の体がガクブルし始めて、みるみるうちに菖蒲の顔も青くなる。
「ご、ごごごごごめんなさいっ! ぼ、僕、人に乗るなんて」
「え? お兄さんはこのシマのドンなんだろ?」
「それもうチンピラだから! じゃなくて、ほら立って!」
「ええーっ」
 不満げなユーリューを何とか引っ張り起こし、菖蒲は青年の手をとって立ち上がらせた。
「あの、ごめんなさいっ。良ければお詫びに、何か」
「いいいいえ! 検非違使様から何か賜るなど!」
「ええ? や、やっぱり親切すぎる……」
 いやいや、それ親切でもなんでもないからな。ビビられてるんだからなお前は。そうツッコまなかった上水の鋼のメンタルを誰か褒めてほしかった。