「おにいさまは、僕のおにいさまですよね?」
「うん、桜良くん」
「だったら、いまからおまじないをかけますから、動かないでくださいね〜?」
小さな手をかざす弟分に、菖蒲は思わず頬を緩めた。彼は未だ魔法を使うには体が小さくて、おまじないは子供だましのものになるのだけれど、それがまた可愛らしい。
「いったい、どんなおまじない?」
むむむ、と念を送るように眉根を寄せている桜良のおでこをつつくと、ぱち、と桜色の可愛い目が開いた。
「おにいさまが、さっき家中のものとおはなししていたので」
「うん? ああ、ツツジくんだっけ? 竜胆丸くん?」
「僕がみたときは、花丸だけだったのに!」
ぷくぅぅ、と頬が膨れる。
「おにいさまは、花丸が好きですか」
「花丸はいい子だよね。僕の小姓を真面目にやって」
「解雇です!」
「なんでさ!」
そうはいったが、菖蒲が桜良の気持ちをわからないはずがなかった。小さな体を抱き上げ、膨れたままの頬にほおずりしてやった。
「ふふ、桜良くんはやきもちやさんだね」
「おにいさまは、うわきものです……」
「……ごめんね……?」
浮気者だなんて、どこでそんな言葉を覚えてきたのだろう。子供だから、使い方を間違っているようだ。
やんわりと訂正する言葉を選んでいると、
「おにいさま!」
突然菖蒲の頬が掴まれた。
「いてて、なに?」
「いいですか、ぼくがおまじないをかけたから、もううわきしちゃだめですよ」
「えぇー、いつの間に?」菖蒲は少し笑いながら「何のおまじない?」と尋ねた。
すると、えっへんと自信ありげに桜良は言った。
「おにいさまは、色つきの目しか好きにならないんですよ」
「色付き……?」
「そう! 花丸もツツジも他の小姓たちも、女中も下男も、母上も、おばあさまも、みんな黒色のおめめでしょう?」
というか、第二区の人間の九割以上は黒目だ。菖蒲も例にもれず黒。
将軍家の男だけが、桜色の美しい目を持っている。
「うん、それはそうだけれど」
「だから、おにいさまは色のある目しか、好きにならないようにしました!」
名案ですね、と誇らしげな第二区の御曹司。
かわいくてたまらなく、思わずぎゅーっと抱きしめてあげると同時に、
「でも桜良くん。それだと僕、桜良くんのお父さんのことも好きになるかもね?」
「それはやです!」
ちょっと意地悪を言えば、彼はふるふると首を振って、ダメだと訴えてきた。
色付きの目しか好きになれない呪い(まじない)。
なるほど、この第二区で生きる自分にかけるには、十二分な呪いだろう。まったく、お兄ちゃんっ子が治らないのもどうかと思うが、可愛いのですべて許してしまった。
「おにいさま、僕のことすきになりましたか?」
「うーん、きいてないかも……」
「えぇーっ!」
「だって元から好きだもんねえ」
「!」
ぱぁぁ、と顔を輝かせた桜良。なんて無邪気なのだろう。
菖蒲はあと一時間くらい、このおまじないの効いたふりをするのもありかな、なんて思っていた。
*
「……お兄さん?」
「…………はっ!」
しまった、居眠りしていたみたいだ。
目を開けると、月のような金色と視線がかち合った。
「……あ」
どきり、と心臓が動く。
昔の夢を見たせいで、あの日のまじないが作動したような気がした。
「どうしたの、電車の中で寝るなんてらしくないじゃん」
「つ、つい……」
現在は、電車で第二区まで移動中だ。休暇をとってムツキとユーリューを故郷に連れていく、という話になっていたのを思い出す。
まあ、さすがに今日、桜良に会える機会があるとも思えないが……。
「ところでムツキは?」
「おはようごぜぇやす、菖ちゃん」
「お前……男の膝を枕にして楽しいか……?」
「なんでぃ、そのゴミを見る目は。俺ァ高枕で寝れる男ですぜィ」
いつの間にか、菖蒲の膝を使って寝ころんでいたムツキ。いくら二等車の個室とはいえ、どうなんだこの行為は。
ため息を吐くと、しぶしぶというようにムツキが起き上がった。
「ちぇ。菖ちゃんのケチ」
水色の目が、甘えたような雰囲気を透かして菖蒲を見つめた。色素の薄い目は、きらきらと光をたたえているようで美しかった。
……って、妙に意識してしまう。
(い、いけない……僕の周り、色付きの目しかいないよ……)
どきどきと心臓が鳴り響く。まるで呪いを思い出したかのようだった。いくらなんでも、このタイミングでこの夢なんて……と自分を責めたかった。
まるで魔法みたいな、間の悪さだ。……この場合は良いというべきなのかもだけれど。
「菖ちゃん、第二区っていやぁ高級あんみつ店ですよねェ。ここに行やしょうよ」
「お兄さん、おれはねー第二区にある薬味屋さんに行きたいなぁ。中華料理に合うらしいんだ」
「うん、うん……君たちちょっと離れて……」
今、僕のことを、その目で見ないでくれ!