「最近、どうにも胸が苦しくっていけねェ……」
「と、言うと?」
「菖ちゃんを見てるだけで、おかしな気分になっちまう。胸が痛ェ……」
深くため息をつく美丈夫。心配するな、イケメンなのは外見だけだ。
「俺ァどうしちまったんでしょう」
「なるほど。それは」
ゲンドウポーズで、忍がお答えする。
「逆流性胃腸炎でござるな」
「殺すぞ」
「ちょっおま、口調口調ww てやんでぇ口調抜けてるでござるよwww」
「テメェの口調表記もおかしいじゃねぇか」
「この草原は数百年前の口調でござる。というか、ムツキ殿はなぜ拙者に相談を? 殺すぞって言ってる時点で分かってるじゃないですかヤダー」
顔文字にするならプギャーとでも言いそうな顔をしている忍。普段ならここで膾にされること請け合いなのだが、今日は一閃も刀筋が飛んでこない。
それどころか、薄く頬を染めて顔を伏せていた。なにこれ気まずい。
「……分かってても、人から言ってもらうのと自分で思うのじゃあ、違うじゃないですかィ……」
外野からの応援がないと動けないなんて、案外乙女思考だ。
美形の苦悩する顔なんて、正直目の当たりにしたらドン引きものである。きれいすぎて、正直触れたくないという具合か。正直忍の中で、この男から暴力と刀をとったら、ただの近寄りがたい今どきイケメソなのだが。
にしても、菖蒲殿はこの顔と毎日向き合って、よく精神崩壊を起こさないな……と一人感心した。これと自分の顔面偏差値が常に比較対象になるとか、世の中辛すぎる。
「……ううむ、ええと、ムツキ殿」
「なんですかィ」
「こう、相談に乗るにしても……例えば具体的に、菖蒲殿をどう思うとか言ってもらわねば」
「げっ、そ、そんな恥ずかしいこと言わなきゃならねェんですか」
「そうであるな。でなければ乗れる相談も乗れぬな〜?」
ちなみに、ポケットの音声レコーダーは最初から回っている。記者は何時いかなる時もネタを逃すな……カランの言葉である。
「……いや、なんか、好きっつーのもためらわれるんでさァ」
「なぜでござるか? 菖蒲殿の生まれは第二区ゆえ――ムツキ殿に好きと言われても、おそらく嫌がりはしないと思うが」
そう考えると、第二区は恋愛には偏見のない街だ。
「あいつが二区生まれとか、そういう問題じゃねェんですよ……いや、そういう問題かもしれやせんけど……」
「歯切れが悪いでござる。もっとハッキリ」
「ぐっ……」
あのムツキが、忍相手に言葉を失っている。
いやぁ、美形を弄るのって優越感あるわ。と、忍が愉悦に目覚めそうになっていると、彼の方からまた口を開いてくれた。
「俺……いつからアイツにとんと来たのかさっぱりなんでさァ。俺としちゃ、最近のつもりだけど……なァ、あんたにはどう見えてやした?」
「えー?」
記憶の中を探るまでもなく、ムツキは初めから菖蒲にしか懐いていない印象を受けていた。勿論、他の警官と話しているところも多々見ているが、他人相手では全く会話に心がないというか。元来人を見て言葉を選ぶタイプなのか、必ず一歩引いたような目で話しているのがわかった。
もちろん、先輩警察官やチャイナ君や弟君にはまた違った態度なのだが、基本的には人を喰ったような発言しかしない。たぶんだが、忍もここに分類されているようだ。じゃなけりゃあんなクソみたいなパシリにされてない、はず。
「率直な感想を言うと、初めから菖蒲殿を特別扱いしてたようにお見受けするが?」
「特別扱いはしてまさァ。だって親友ですしねェ」
ここは本人にも自覚ありのようだ。
まぁ、日ごろから、彼が唯一あだ名で呼んでいる相手だ。あだ名をつけるという行為自体、その対象の特別になりたいという心理から出るという。まさしくこの説に該当していた、という訳だ。
「まぁ、いつ落ちたかなどと考えても仕方あるまい」
「うるせェや……親友をやらしい目で見てること自体、俺にはすでにショックなんでさァ……」
「うわー。これこの前のBL雑誌で読んだ展開でござるー」
口元に両手を当て、地味に某広告のポーズ。
「は? びぃえる?」
「いかにも。ムツキ殿のように恋愛に悩む男子を描いた漫画や小説のことでござる」
超ぼかした説明をした。正確に言うとムツキのように男同士の恋愛に悩む話である。ちなみに悩まない場合もあり。
「ふぅん……」
ムツキは興味なさげな相槌を打った。活字には興味のきの字もないという風貌だからね。しょうがないね。
「いやぁ、すごいでござる。リアルBLでござるなムツキ殿と菖蒲殿。相棒・親友モノとか王道。親友に惚れるなんて俺、どうかしちまったのか……? そう思って距離を置こうとするも、それが逆効果で相手を『怒らせた?』と不安にさせてしまう。そして無防備な格好で『どうして最近冷たいの』と泣き出しそうな顔で迫られてしまい、気持ちを抑えられなくなって……!?」
「何で途中からあらすじ風なんだよ。つうかそんな都合のいいこと起こる訳ねェだろ、阿呆か」
これだから童貞は、と毒づいてコーヒーを啜るムツキ。ちなみに忍(5さい)であるので、童貞じゃなかったら怖すぎる。まぁ、信じて貰えないので言わないが。
何この人失礼……と半眼でムツキを眺めていると、彼は零れるようなため息をついた。
「あー……そうなっちまってほしいけどよォ、無理だ。俺に菖ちゃんを襲える気がしねェ」
「体格差的にも、可能のように思えるが……」
「第六区生まれが、第二区生まれを襲うって。不忠にもほどがありまさァ。父ちゃんどころか一族全員にぶん殴られる」
第六区生まれ、柴犬かよ。
「ううむ、しかし体格差萌えに身分差萌え、それでいてバディ萌えとか良いとこどりすぎるでござる。ここは要素を減らすためにも、身分差萌えは無視すべきかと」
「さっきから何言ってんでィ」
「つまりは、菖蒲殿は全くそんなことを考えてはおらぬということであるな」
ムツキの方がかすかに跳ねた。全く、何から何まで分かっているくせして、説明してもらわねば気が済まぬとは、捻くれた性分の男である。
「菖蒲殿がもし、ムツキ殿を下人とでも思っているなら、あれほどまでに隣にいることを許してはくれまい。しかし事実として、ムツキ殿は今までずっと隣で親友をやっていたのだろう? なら、菖蒲殿はムツキ殿を対等に見ている。そう思うことに、何か不自然な点がござろうか」
「……無ェな。すいやせんでしたねェ、無駄な時間過ごさせて。俺ァどうも、菖蒲のことになると馬鹿になっちまうみてェで。……情けねぇ話だけどよ、俺ァもう、あいつの傍に入れるならなんだっていいくらい、参ってるんでさァ。好きなんて言って、嫌がられたら……って思うと、頭おかしくなっちまいそうだ」