「いやぁ、久しぶりの大捕り物でしたねェ!」
 快活にムツキが叫ぶ。彼の周りには、すっかり目を回して倒れ込んでいる犯罪者たち。すっかりムツキはハイテンションで、血気盛んな他の同僚たちと「俺の方がたくさん捕った」だの言い合っていた。
「まったく。あなたたち、刀振り回すためだけに仕事してるんじゃないのよ?」
「なんですかィ急に。先輩、今日は俺たちより取り分が少ねェから苛立ってるんですかィ?」
「あほか。私は捕縛係の子たちを見ながら進んでたのよ」
 そうは言いつつ、槍の柄の方で遠慮なくムツキたちの背をたたく女騎士系エイリーク先輩も、なかなかテンションが上がっているようだ。
 そんな武闘派の同僚たちの様子を、菖蒲は息を上げながらみていた。
正直、ついていけてない文官型の警察官が九割以上だ。彼らに追いついて捕縛し、記録を署に送り、また追いかける……この繰り返しなのだけど、追いかけた先から捕縛する人数がどんどん溜まっていくので、途中で全員追いかけるのをあきらめてしまう。
なので第三区警察は、テロリストを捕縛というより、壊滅させる形をとっている。対テロリスト用テロリスト、と他の警察署から言われているのも甘んじて受け止めるしかあるまい。
「というか、菖蒲くんぜぇはぁ言ってるじゃない。あなた少しはバディのこと考えて動きなさい」
「大丈夫でさァ、菖ちゃんは三歩下がって俺の後をついていってるだけで」
「さ、三十メートルくらい離されてるんですけど……」
 よろよろと二人に近寄ると、エイリーク先輩にすっと手を取られる。お、王子様か! 女のひとだけど!
「平気かしら? 一人で立てる?」
「だ、大丈夫です……。あの、これ……」
「あ、戦績ね。ありがと」
 即興でまとめた大方の被害状況……もとい結果報告書を、この大捕り物のリーダーである彼女に渡せば、文官型警察の仕事はおしまいになる。
あとは、戦闘狂どもが戦績でまた大盛り上がりしはじめるので、さっさと逃げるのが一番。
 でも今日からは、新しく警察署に入ってきたユーリューを回収して逃げるのだ。
「ユーリューくん、ここにいたの」
「あ、お兄さん」
 ユーリューが振り向けば、若葉色の三つ編みがしっぽのように揺れた。菖蒲の姿を認めると途端に輝いた愛らしい風貌は、この埃臭い現場にはお似合いとは言えない。
「ちゃんと記録係できた?」
「うん。でもね、前線で記録つけてたらやっぱり巻き込まれるから、多少ぶん殴っちゃったんだけど」
「ま、まぁ多少ならね。ユーリューくん、よく頑張ったね。いい子いい子」
 つい、桜良にやっていたように頭を撫でてしまう。
「わわ、おにいさ、」
「ほんとう、ユーリューくんに記録係を任せて良かったよ」
 彼なら前線組についていけるし、巻き込まれても全部カウンターを食らわせることができるし、むしろ捕り物に混ざったら死人ばっかりでそうだし……。
 と、若干失礼なことを菖蒲が考えていると、ふと服の裾を引っ張られる。
「どしたの?」
「お、お兄さん、おれ」
「え?」
 もじもじと恥ずかしそうにしているユーリュー。
 あれ? 嫌だったのかな? と思い、菖蒲は慌てて手をひっこめようとしたが、ユーリューに腕を掴まれてしまった。
「はやくお部屋にかえりたいよ」
「ああ、そうだね。帰ろっか」
「うん……」
 急にしおらしくなってしまったユーリューを不審に思いながら、菖蒲は彼の手をとって、一足先に署へと向かうことにした。



 部屋に戻り、鍵をかける。
 大捕り物が終わった後は、興奮した連中が打ち上げに行こうだの賭け事しに行こうだの、押し掛けてくることが往々にしてある。こんなに疲れているのに、酒飲みに絡まれるのもカード遊びをするのも御免だ。今日はここに籠城する。
「おにいさーん」
「はーい」
「タオルがないよー!」
 お風呂場から少年の声が飛んでくる。
「こら、最初に持っていけって言ったでしょー?」
 とはいえ、籠城中の僕の部屋で、勝手を許すのもこの子くらいだ。しょうがない、タオル持って行ってあげないと。ついでに彼が上がったら、僕も風呂に入りたい。
 干したばかりの白いタオルをひっつかみ、お風呂場のドアの前に立つ。
「ユーリューくん、タオル」
「あ、待って!」
「なに?」
 扉越しに、やや食い気味で制止をかけられ面食らう。
「どうかしたの?」
「うん……」
 ユーリューが、元気のない声で返事をした。
 大捕り物から帰ってきてから、ずっとこの調子だ。もしかして、どこか怪我をしたのだろうか。
「どこか痛いの?」
「うん、とね……いたい」
「ええっ! ご、ごめんね気づかなくて! はやく体拭いて、医務室行かないと!」
「ま、まってお兄さん、おれ」
「待たない! 怪我してる上に風邪ひいたら大変なんだからね! 開けるよ!」
 けがをしたことを恥じているのか、なかなかタオルを受け取りに来ないユーリュー。仕方がないので、菖蒲は扉を開けてしまった。
 しかしそこにいたのは、普通に服を着ているユーリューだった。
 確かに髪はびしゃびしゃだが、体をふくタオルは普通に持っていたようだ。服が湿っている形跡はない。
「あれ? ユーリューくん、タオル持ってたの?」
「うん、ごめんなさい……」
「いや、それは別にいいけど」
 なんだか嫌に、今日はしおらしいな。
 そちらも気になるが、今は怪我の方が先決だった。熱気の籠った風呂場で話すのもつらい上、傷があるなら染みるはずなので、ソファのあるリビングへと連れて行く。
「で、どこが痛いの? 見たところ、目立った外傷はなさそうだけど……」
「お兄さん、髪拭いて」
「えっ、怪我は?」
「いいから……」
「え、えぇ……?」
 怪我を見せるためにソファに座る様子もなく、急にいつもの我儘ぶりを発動しはじめた。
 本人が言うなら、大丈夫なのだろうか。いくらなんでも、耐えられない怪我をしている人間は『髪を拭いて』なんて言わないだろうし。
 ユーリューの髪を拭きながら、こっそり怪我を探す。
 自分より少し背の低いユーリュー。若干俯瞰で彼の体を見れるのだけれど、やはり目立った傷は見つけられない。
「ユーリューくん、ほんとに大丈夫なの……?」
「後ろまだ拭けてない」
「あっ、ちょっと」
 思いっきり正面から抱き着かれる。この体勢で後ろ髪を拭けということか。なかなか大変な注文をしてくる。
 菖蒲は四苦八苦しながら、腕を伸ばして緑の髪に触れる。
 タオルで優しく、水分を取るように、髪の一房を包んでいく。本当なら、ユーリューが前を向いた状態でやるほうが楽なのに……と、いささか不満を持ちながら。
 この体勢だと、自然と菖蒲がユーリューを抱きしめる形になってしまう。体が密着して、ますます菖蒲は身動きがとりづらく、髪を拭くのにも一苦労だ。
「ねえ。どいてくれないと、先の方が拭けないよ」
「…………」
「ユーリューくん?」
 返事がない。
 まさか眠った? と菖蒲が何気なく、胸元の方にあるユーリューの顔をのぞき込む、
「えっ」
 と。
 視線と視線がぶつかった。
 初めて会ったときと変わらないはず。
 なのに。なぜだか妙に、はちみつ色の目が、その金が、どろりとしていた。
「……おにい、さ……」
「ゆ、りゅ……うわっ!」
 急に全体重をかけられ、ソファの方へとなだれ込む。ソファとユーリューの間に挟まれた。しかも、まだ密着してくる。
 はぁ、はぁ、と、らしくない苦し気な声を零し、頬を上気させている紅顔の美少年。
「おにいさん、おにいさん」
「え、ちょっ、な、なにして」
 何か硬いものが下半身に擦りつけられた。こんなことをされたら、いくらなんでも気づく。気づいてしまう。
「ど、どうして……」
「ね、おれ、さっきからずっと、いたいよ……」
「は、え? いたいって、」
 かぁぁぁ、と菖蒲の頬が一気に赤くなる。
 わかっているのかいないのか、少年は切なそうな顔をして菖蒲に腰を擦りつけてくる。あまりにも露骨で、菖蒲としては動悸が止まらない。
「おれ、どうすればいいの……」
「え、えぇっ!? そ、それはその、一人で……抜いて来ればいいんじゃないかな……」
 羞恥で死にそうだったが、菖蒲の下半身で自慰されるよりはよほどましだ。なんとかそう言い切るも、
「抜くってなに……?」
「た、戦いが終わった後とか、よくなるらしいよ? そ、その……、初めてじゃないでしょ?」
と菖蒲がすがるようにそう言う。しかしユーリューはぐすぐすと泣き出すような声をあげて、菖蒲の体に顔をうずめてきた。
「わ、わかんない……」
「わかんないって!」
「さっき、おにいさんに撫でられてから、きゅうに……し、しかもふつうなら、放ってたら収まるもん……」
 しかも、遠回しに菖蒲のせいだと言われてしまった。
「ゆ、ユーリューくん、でもこれ」
「ずっとなおんないし、いたいよ……おにいさん、治して」
「な、なおして!?」
 さっきからユーリューの言った言葉を反復しまくっている菖蒲。ユーリューの発言の衝撃がいちいち大きいようだった。
「抜くってなに? おにいさん、やってよぉ」
「な、なに言って……だめだよ……!」
「おれ治んなくてもいいの? おにいさん、ひどいよ」
「そんな……」
 ぐす、と泣き出しそうな顔で迫られる。
 これが風邪なら可愛いものだけれど、要求があまりにもあんまりだ。
(で、でも、そっか。十五歳なら、もしかして精通もまだ……)
 だからと言って、菖蒲が精通のお手伝いなんてしなくてもいいのだが。この異常な雰囲気に、すでに菖蒲まで充てられているようだ。
(ど、どうしよう。確かに、これは、痛そうというか……)
 擦りつけられているものは、かなり硬度を増していた。他人の肌に触れているからだろうか、ユーリューの興奮の度合いまで増している気がしてならない。とろりと解けた瞳に、困惑顔の自分が歪んで映る。
「ユーリューくん……」
「な、に?」
 はふはふと息を上げているユーリューに、うっと気圧される菖蒲。美少年に押し倒されているだけで倒錯的なのに、この上要求を呑んだら大変なことになりそうだ。
 とはいえ、今から保健体育の教科書を買ってきますなんておふざけが通用する状況ではない。
 となれば……
ぼ、僕が保健体育の教科書になるしかない!(?)
 と、早くも混乱気味の菖蒲が、間違った方向に男気を使ってしまっていた。
「あのね……お、教えるだけだから。抜き方」
「ほんと……? たすけてくれる?」
「う、うん。でも、次からは自分でやるんだよ……?」
「うん……」
「じゃあ、その、どいてくれる?」
 今度は素直に、ユーリューが上体を起こした。菖蒲が震える手でソファに手をつき、なんとか起き上がる。
 そしてそのまま、まだ着たばかりのパジャマのズボンに手をかけた。
(う、うわぁぁぁ、見られてる……)
 金色の目が、痛いくらいに菖蒲を見つめている。視線が刺さるとはこういうことなのか。
「おにいさん……」
「だ、大丈夫だから、気を楽にして……」
 大丈夫じゃないのは菖蒲の判断能力だった。



※このあと(普通に抜き方しってるけど何も言わない)ユーリューくんがお兄さんにいろいろ無茶要求して最後までいっちゃうよ! という話