始まりは、たった一言





スマイル





それは素朴な疑問だった。
少年にスポーツタオルを手渡しながら、少女――名無しの権兵衛は彼にこう尋ねたのだ。


「なしてカズさんは笑わんと?」

「……は?」


権兵衛が九州選抜のマネージャーに就任してから早2ヶ月。
ようやく仕事にも慣れ、選抜のメンバーともそれなりに打ち解けてきたが、何かにつけて睨みを利かせてくるこの少年、功刀一の笑顔だけは一度たりとも見たことがなかった。
否、まったく見たことがないわけではなかったが、権兵衛の前では絶対に笑顔を見せない。
そこで思い切って、練習後に仏頂面の理由を聞いてみたというわけだ。


「カズさん、私ん前ではちっとも笑ってくれんばい」

「そげんこつなか」


冷静に言い放たれた。
ここで負けるわけにはいかない。


「嘘、笑顔とか見たこつなか」

「お前が見逃しとーだけたい」

「もー、意味わからん!」

「へっぱく言っとらんと仕事せろっちことや」


いったいどこまで言い逃れるつもりなのだろうか。
権兵衛の中で、何かがぷつんと切れる音がした。
次の瞬間、権兵衛の口から強い口調で罵声が飛び出す。


「こんわからんちん!」

「ああ!?なんこきよるとか!?」


これにはさすがの功刀もカチンときたようで、喧嘩腰で言い返す。
売り言葉に買い言葉で言い争いはますますヒートアップし、気づけば収拾がつかなくなってきた。
騒ぎを聞きつけた他の選抜メンバーも、いったい何事かと集まってくる。


「なんばしよっとや?」


キャプテンの城光がひょい、と顔を覗かせた。
一部始終を見ていたチームメイトが事の成り行きを簡単に説明する。


「ああ、2人とも素直やなかけん、しょんないやろ」


苦笑いを浮かべ、見守るだけ。
功刀が権兵衛相手に手を出すことは絶対にないとわかっているからだ。
当の本人たちでさえ気づいていない2人の気持ちに、城光はとっくの昔から気づいていた。


「ま、そのうち終わるやろ」


城光の言葉に、その場にいた野次馬全員がうんうん、と頷く。
しかしそんな彼らには見向きもせず、功刀と権兵衛はなおも言い争いを続けていた。


「私は何もしちょらんとい、なしてそげん怒っとーと!?」

「俺は怒っとらん」

「怒っちょる」

「怒っとらんっち言っとーやろ!」

「そんならなして笑わんと?」

「せからしか!
 そもそもきさんには関係なかろ!」

「なっ……」


功刀の言葉がぐさりと胸に刺さる。
“関係ない”――確かにその通りかもしれない。
けれど、それでも――


「わかったら……って、権兵衛!?」

「え?」


ぽたり、と瞳から雫が落ちた。
その一雫を見て、権兵衛は自分が泣いているということに気づく。


「あ、あれ、なして私……」


涙が止まらない。
胸の痛みも消えない。

権兵衛が涙を必死に拭っていると、頭にぱさっと布が被せられた。


「何も泣かんでもよかろ。
 ……ばってん、俺も言い過ぎた」

「カズさん……」


被せられたのはスポーツタオル。
功刀が使っているものだ。
権兵衛が顔を上げると、功刀はバツが悪そうにそっぽを向いた。
そして権兵衛と目を合わさないまま、ぽつりと独り言のように呟く。


「やけん、女と関わるんは好かん」

「へ?」

「話そうっちしたっちゃ、結局傷つけるだけたい」


それは、権兵衛が初めて知った功刀の本当の気持ちだった。
彼が笑顔を見せない理由。
機嫌が悪いわけでも、嫌われているわけでもない。
笑わないのではない、笑えないのだ。
いかにも功刀らしい理由だった。


「そげん理由で、今までずっと笑ってくれんかったと?」

「……悪いか」


ほんの少し、功刀一という人物のことがわかったような気がした。
自然と笑みがこぼれる。


「……カズさん」

「何や?」

「タオル、汗臭か」

「――っ、アホんだろ!!!」


そう言ってじゃれ合う2人の間には、いつの間にか笑顔があふれていた。





博多弁の間違いがあれば是非とも指摘お願いします。
カズさんが好きです。
彼、かわいいんですもの!

それでは、最後まで読んでいただきありがとうございました*゜


2012/01/15 ちろこ