私、とてつもなく動揺しています





アンハピネス
 -感情崩壊警報発令中-






すっきりしない。
全然すっきりしない。


「くそ、ばか、あほ」


顔を布団に伏して、思いつくままにありったけの暴言を吐く。
こういうのは本人に直接言った方がいいことはわかっているが、彼を目の前にしてまともに話ができる自信など今の私はこれっぽっちも持ち合わせていない。
だからこれは完全に八つ当たり。

そんな私を見て、歌音は心配そうに私の周囲を行ったり来たりしている。
一連の出来事の間琴の爪の中でぐっすり休んでいた彼女は、ハオと私の間に何があったか全く知らないのだからおろおろするのも仕方ない。
とはいえそんな歌音の態度が私の苛立ちを増幅させているのは確かである。
たださすがにそれを彼女に当たるのは身勝手すぎるので、苛立ちの沸点ギリギリのところで踏みとどまっていた。
何があったかなんて恥ずかしくて歌音に言えるはずもない。

そうやって悶々としていると、ついに痺れを切らした歌音が恐る恐る私に尋ねた。


「権兵衛……さっきから変ですよ?」

「何でもないよ」


歌音の問いにそっけなく答える。
しかし歌音は食い下がらない。


「いえ、絶対に変ですよ?」

「何でもないってば」

「何でもないことはないでしょう」

「いいの、歌音は気にしないで」

「いえいえ、そんなわけにいかないです。
 ……ハオと何かあったんですか?」

「ハオとは何もないから!!」


思わず声を荒げたその瞬間、歌音は反射的にビクッと体を震わせ言葉を失ったようだった。
しゅんと頭を垂れた歌音に対して申し訳なくなったが、素直に謝れるほどの余裕はない。
こんな言い方をしたらハオと何か良からぬことがあったと自ら暴露しているようなものだ。


「……っ、散歩してくる!」


そう言って琴の爪をベッドの上に投げつけ、逃げるように部屋を後にした。
物心つく頃からお守り代わりに持っていた爪を投げつけるなんて初めてのことだった。
それほどまでに私の頭は混乱していた。
だって、昨夜私の額に触れたあれは間違いなくキ……


「っあああああああああ!!!」


違う、違う違う違う!!
あれは何かの間違いだ。
そうだ、あのときS.O.Fがぐらついたような気がする。
それできっと少し唇が当たってしまったんだ。
事故だったんだ。


「うん、不慮の事故ってやつだね!」

「何が?」

「うきゃああああああああ!?」


突然背後から声をかけられて思わず飛び退いた。
振り向くと目をぱちくりさせて固まっているマッチの姿があった。
その両隣にはカナとマリもいる。


「なんだ、マッチか……」

「なんだって何?失礼な!」


マッチがぷくっと頬を膨らませた。
幼い子どものようなその姿にほっとしたのか、瞬間的に早まった心臓の鼓動がゆっくりと落ち着きを取り戻していく。


「ご、ごめんごめん、ちょっと疲れてて……」

「ふーん、まあいいけど。
 こんなところで何してたの?」

「え、えっと……」


何してたの、と改めて問われると答えに困ってしまう。
上手い返しが見つからなかった。

すると私の気持ちを察してくれたのか、それまで退屈そうにタバコを吹かしていたカナが口を開いた。


「あんたが何してようがどうでもいいけど、その挙動不審な行動は慎みな。
 ハオ様に迷惑かけるんじゃないよ」

「ーーっ!」


カナなりに気を使ってくれたのかもしれないが、ハオという名前が出たことで昨夜のあれが脳裏に蘇り再び心臓がドキッと跳ねた。


「えっ、何、権兵衛大丈夫!?」

「権兵衛……顔が真っ赤……おもしろい」


マッチは慌てて私の額に手を当て、マリは顔を隠してクスクスと笑っている。
カナは軽くため息をついて再びタバコに火をつけた。


「熱はなさそうだけど……大丈夫?
 カナちゃんどうしよう!?」


心配そうなマッチとは対照的に落ち着いた態度のカナは、ふーっと長くタバコの煙を吐いてこう言った。


「……マリ、マッチ、あんたたち先に戻ってな。
 アタシはちょっとこの子と話してから戻るから。
 権兵衛、あんたはこっち」


半ば強引にぐいっと私の腕を引いてカナは歩き出す。
マッチが不思議そうに「カナちゃーん」と呼んでいたが、私たちと反対方向に歩き出したマリに連れられてその姿は次第に見えなくなっていった。


「ちょっ、カナさん、どこに行くんですかっ!?」

「青臭い小娘は黙ってな」

「なっ、青臭いって……」

「キスされたくらいで動揺してんじゃないよ」

「キ……ッ……!?!?」


この瞬間、頭が真っ白になったのは言うまでもない。
今日は感情の変化が忙しい1日になりそうだ。



To be continued ...




2018/08/26 ちろこ