幸せになりたかったの





アンハピネス
 -アンハピネスな少女-





幼い頃から歌うことが好きだった。
私のそばにはいつでも歌音がいて、彼女と一緒におしゃべりしたり歌うことがとても楽しかった。
歌音は昔から名無しの家に仕えている霊で、今は祖母から譲り受けた琴の爪に憑いている。
身の回りの音や人の声などにも憑くことが出来るようだが、祖母から譲り受けた琴の爪の方が居心地がいいとかでこちらに憑いていることが多かった。
私の両親は幼い頃に事故でなくなったらしくずっと祖母に育てられてきたが、肌身離さずその爪を持ち歩き歌音といつも一緒にいた私は、両親がいないからといって特に寂しい思いをすることはなかった。

けれどいつからだろう、そんな私たちを人々が怪訝な目で見るようになったのは。


「あいつだよ、いつも1人で喋ってるヤツ」

「権兵衛ちゃんって変わってるよね……」


どうやら他の人の目では歌音の姿が確認できないらしい。
人間は自分たちと異なる者を“普通でない”と位置付け、無意味な中傷を浴びせたり関わりを避けるようになる。
そしてそれは私にとっても例外ではなくて。
みんな、離れていった。
元々他人と話すのが得意ではなかったから1人でも構わなかったのだけど、私が横を通っただけで露骨に嫌な顔をされたり、机やロッカーの中にあるはずの私物がなくなったりすることはあまり気持ちのいいものではない。
そんなこんなで学校に行くことは面倒で仕方なかったが、行かなければ唯一の肉親である祖母に事実を知られてしまう。
私の受けている行為を祖母が知れば、きっとひどく悲しませてしまうだろう。
毎日溢れんばかりの愛情を惜しみ無く注いでくれる祖母にだけは、余計な気苦労をかけたくなかった。

そうやって日々退屈な時間を過ごしていた矢先のこと。


「……なんで……」


祖母が亡くなった。
ついでに火災で家もなくなった。
警察官は放火の可能性がどうとか言っていたけれど、そんな話はちっとも耳に入らなかった。

それからすぐに見たこともない男がやってきて“君の叔父だよ”と言って私を連れていこうとしたから、その脇腹に勢いよく蹴りを入れてその場から逃げた。
何もかもどうでもいい。


「――権兵衛!!!!」


歌音に止められて、ようやく我に返った。


「……歌音……」


歌音は何も言わず、自身の着物の袖を私の頬にあてがって寂しそうな表情を見せた。
その瞬間、堰(せき)を切ったように大粒の涙がこぼれ落ちて、私は幼い子どものように声をあげて泣いた。



そうして涙が渇れ果てた頃、辺りはすっかり闇に包まれていた。
等間隔に立っている電柱の灯がやけに不気味な光を放っている。
そのとき、ふと、電柱にもたれかかるように立っている人影があることに気づいた。
その人影がゆっくりとこちらに向き直る。
そして“彼”は言った。


「こんばんは」


薄暗い中でもわかる整った顔立ちに思わず目を奪われる。
しかし柔らかな微笑みを浮かべているはずの表情は、なぜか泣いているようにも見えた。


「……こんばんは」


とにもかくにもこの少年と初対面であることは明らかだったため、失礼のないよう軽く会釈する。
しかしその行動とは反対に足は着実に一歩ずつ後ろに下がっていた。
見ず知らずの少年に話しかけられて警戒したから、というのも嘘ではない。
だが、もっとシンプルで決定的な理由があった。

――あれは、何?


「ああ、彼のことかい?
 彼はスピリット・オブ・ファイア、僕の持霊だよ」

「!?!?」


考えていたことを言い当てられ、心臓がどきりと跳ねる。
次の瞬間、私は身を弾かれるようにして走り出した。
この少年は危険だ。
頭の中を一気に恐怖の感情が支配する。
それにしても炎に包まれたアレは一体何なのだろう。
歌音と同じく霊のようだが、あんなに巨大で恐ろしい霊は見たことがない。
否、霊というよりむしろ――


「鬼、だって?」

「ひっ……!」


彼は笑顔だった。
けれど私の腕を掴む力は穏やかではない。
視界が炎で埋め尽くされる。


「あ……」


嫌だ。
嫌だ。
嫌だ。

死にたくない。
死にたくない。

――死にたくない!!!!



「オーバーソウル、歌音」


意識が途切れる間際、歌音の声が聞こえた気がした。



To be continued ...




2012/02/20 ちろこ