わかんないよ
だって、初めてなんだもん





アンハピネス
 -甘酸っぱい自覚-






「どこから……見られていたのでしょうか……」


本当、いったいどこから見られていたのか。
恐る恐る尋ねてみたが恥ずかしくて顔が上げられない。
不意に煙草の煙が鼻を掠め、頭の上から呆れたような声が降ってくる。


「どこからってのはいつからってこと?
 それともどの位置からってこと?」

「両方です!!」


反射的にそう答えて顔を上げた先に見えたのは、腰まで伸びた水色の長い髪。
少しつり上がった切れ長の瞳が睨むようにこちらを見ている。
昨夜の一部始終を目撃していたらしいカナ――カンナ・ビスマルクだ。


「それ知っても意味ねーだろ」

「うう……でも恥ずかしすぎて……」


自分でもまだ頭の中で整理が出来ていないのに、なぜ私はこんな風に吊し上げられているのか。
私を連れ出したカナの目的もわからない。
カナは普段姉のように時に優しく時に厳しく接してくれてはいるが、あくまでそれはハオの目がある以上仕方なくやっていたことで実はある日突然彼の嫁になった私のことが気に入らないのかもしれない。
私に軽々しくあんなことをする男だ、カナとも何かしら男女の関係があると考えても何ら不思議はない。
そうだとしたらこの状況はかなりまずいのではないか。
知らなかったとか相手が悪いとか言ったところで言い訳にしか聞こえないだろう。
チクリと胸が痛むのが何だか気になるが、こうなってしまった以上命さえ無事に逃がしてもらえればそれで――


「あんた何か勘違いしてんな?」


動揺する私をよそに、カナが呆れたように髪を掻き上げる。
そうしてフーッと再び煙草の煙を吐きながらポンポンと私の頭をなでた。


「昨日のあれ、見たのはたぶんアタシだけだからそこは安心しな。
 ただ、ハオ様の嫁候補だっつーのにデコにキスされたくらいで騒ぎすぎ」

「!!だ、だって初めてだもんっ……!」


真っ赤になって慌てて反論する権兵衛を見て思わずブッと吹き出すカナ。
咥えていた煙草の煙を吸い込んだらしく笑いながらむせている。


「いやアンタ、その反応っ……
 ハオ様、今度はとんだ女に手出してんだな」

「カ、カナさんっ、笑わないで……!」

「っは、いや笑うだろ……
 権兵衛が好きになるのもわかるよ。
 相手はあのハオ様だからな」

「……は?好き?」


ふ、と動きが止まる。

好き?
誰が、誰を?


「アンタ……まさか自覚なし?
 誰がどう見ても恋する乙女だろ、その顔」

「なっ!?!?」

「言われなきゃわかんねーのか?」

「す、好きじゃないっ!
 好きじゃないですっ!」

「いや好きだろ、どう見ても。
 じゃあ聞くけど、デコチューされて嫌だったわけ?それとも……嬉しかった?」


畳み掛けるようなカナの言葉を受け、額のその感触を思い出すと触れた場所が再び熱を帯びる。
ボッとその熱が一気に顔から体中に広がり否が応でも自分の気持ちを自覚させられる。

――嫌だった?
そんなわけ、ない。


「……初(うぶ)だねえ」


そう言ってカナがニヤリと口角を上げた。
人間の脳なんて単純なもので、一度自覚してしまえばその感情はしっかりと心に根付き身体中の細胞へとかけめぐる。
こんなふうに勝手に身体が熱を持つなんて。


「……わ、私……好きとか、よくわかんない」

「うん」


カナは私が言葉を紡ぐのを優しく頷きながら待ってくれている。
私に姉がいたら、こんなふうに戸惑う気持ちに寄り添って話を聞いてくれていたのかもしれないなとぼんやり考えた。


「でも、ハオのことは気になるの……
 時々寂しそうに目を細めたり、背筋がゾッとするくらい冷たい目をしたり、何考えてるかわかんなくて怖いって思うときもある。
 なのに……知りたいって思うの。
 それにもっと、笑ってほしくて……
 ――ああもう、よくわかんないけど!」

「うん、うん……
 ピュアッピュアなアンタにしちゃよく言えました、ってところだな」

「カナさん……なんでそんな楽しそうなの」

「っはは、いや、なんていうか……
 ま、がんばれよ?
 これでも応援してっからさ」

「う……あ、ありがとう、ございます?」


カナが“わかればよろしい”と頭をくしゃくしゃと撫でた。

好きとか恋とか正直まだよくわからないけれど、ハオのことをもっと知りたい。
この感情は嘘じゃない。
これからハオと関わりながら、少しずつ気持ちをほどいて整理していけばいい。
そうしていつの日かハオとも心から笑い合える日が来たらいいな……なんて、都合のいい理想を思い浮かべてしまう自分がいることに少しだけ驚いた。


「よーしっ、それじゃあマリとマッチにも協力してもらって作戦会議するか!」

「え?作成会議?」

「権兵衛がハオ様の好みに近づくための、な?」

「んなっ……!!」


――訂正。
少しずつ、なんて言っている暇はなさそう。

私は意気揚々とカナに腕を引かれ、花組の部屋へと強制連行されるのであった……



To be continued ...




2025/05/27 ちろこ