幼い頃に聞いた祖母の口癖





アンハピネス
 -作り物のドールスマイル-





「知らない人についていってはいけません、って言われてたのに」


そう言って、はあ、と深くため息をついた。


「権兵衛の意思でついてきたのではないでしょう?」


落ち着いた声色で歌音が言う。

私が見覚えのない室内で意識を取り戻したのはつい先ほどのこと。
混乱する私に事の経緯を教えてくれたのは歌音だった。
巨大な炎の精霊を従える少年から私を守るために、歌音が一人で戦ってくれたこと。
しかしその強大な力の前に敗北し、少年が気を失っている私を連れ去ったこと。
霊と共に生きるシャーマンという存在のこと、シャーマンの力の値である巫力や、その巫力を何らかの媒介を通して具現化するオーバーソウルのこと。
私が知らなかったことを何故歌音が知っていたのかはわからなかったが、なぜか聞いてはいけないような気がして、黙って歌音の話を理解することに意識を集中させた。

そして冒頭の会話に戻る。


「でも、それならどうして彼は私に声をかけたのかな。
 殺さないで連れ去るっていうのも変だし」

「それは――」


歌音が言いかけたときだった。


「シャーマンの意識がないのにオーバーソウルができるなんて有り得ないからさ。
 興味が湧いたんだよ。
 君と……君の持霊にね」


そう声をかけられ振り向くと、話題の少年が体を軽く壁にもたれかけて笑みを浮かべていた。
まるで精巧な人形のように整ったその笑顔に私は思わず表情をひきつらせた。
この笑顔はどうも好きになれそうにない。


「そんなに怖がらなくていいよ。
 君に危害を加えるつもりはないからね」

「……でも、帰す気もない」


私の答えに彼は少し驚いた表情を見せたが、すぐにまた作り物の笑顔に戻ってしまう。
決して目は笑わないまま笑顔を崩さない彼に恐怖を覚えた。

――本当に人形のようだ。


「はは、人形とは酷いなあ」

「なっ……!?」


連れ去られる前のやりとりを思い出す。
あのときも心の中で感じたことを言い当てられたのだ。
戸惑いを隠せない私の姿も予想の範疇だったらしく、何食わぬ顔で彼は話し始めた。


「僕は他人の心が読めるんだ」


そう言いながら彼は一歩ずつ私の方に近づく。
拒絶しても逃げられないことはわかっていたが、せめてもの抵抗として彼の目をじっと睨んだ。


「驚かないんだね」

「言われる前に体験したから」

「はは、賢いね。
 ――気に入った」

「!?!?」


突然彼は私の手首を捕らえ、無理やりベッドに押さえつけた。
腰辺りまで伸びた彼の長い髪が一瞬視界を覆ったかと思うと、少年らしからぬ妖艶な笑みを浮かべた彼が私を見下ろしていた。
そして次の瞬間、形の良い唇から信じられない言葉が紡がれた。


「僕の妻になれよ」


思わぬ展開に思考がついていかず、暫し動きを固めぱちぱちと目を瞬かせた。
そんな私の様子を見た彼は、少し体を離すとまた得意の笑顔を作ってこう言った。


「ああ、そういえば自己紹介がまだだったね。
 僕はハオ。
 それからさっきも紹介したけど――」


いつぞやに見た炎の精霊が現れた。


「彼はスピリット・オブ・ファイアといってね、パッチが持つ五大精霊のひとつさ」


パッチやら五大精霊やらまた意味のわからない単語が出てきたが、今はそんなことどうでもよかった。
スピリット・オブ・ファイアと呼ばれたその精霊は、この世のすべてを焼き付くしてしまいそうなほど赤く激しい炎を身に纏っていた。
この炎に包まれれば魂ごと跡形もなく消えてしまうだろう。
そう思うと、感情のない冷たいハオの笑顔を前にして何も言えなくなってしまった。
恐怖が頭のてっぺんから足の先まで支配する。

私が何も言わないのを了承の意として捉えたのか、ハオは満足そうに笑った。


「……良い子だ。
 そういえばまだ名前を聞いていなかったね」

「……名無しの権兵衛」

「権兵衛か、いい名だ」


私が名前を言うとスピリット・オブ・ファイアは姿を消し、ハオはこう続けた。


「廊下の階段を降りた下の階に僕の仲間を集めておくよ。
 落ち着いたら顔を見せに来てくれ」


それだけ伝えるとバタンと扉が閉まり、部屋には私一人が残された。
それと同時に、カタカタと体が小刻みに震え始める。
漠然とした不安に、私の震えが止まることはなかった。



To be continued ...




2012/09/09 ちろこ