見上げた空に光る、満天の星





アンハピネス
 -星に願いを-





それは突然始まった。


「……は?」


ハオ一派に加わって数日、ラキストと名乗る人物が私の部屋を訪れて言った言葉に、私は耳を疑った。


「あなたの耳は飾りですか?
 権兵衛様、あなたにはオーバーソウルの特訓をしていただく、と言ったのです」

「いや、特訓って何?
 ていうかその“様”付けも……」

「特訓内容は詳しくは後程。
 呼び方についてはハオ様の婚約者である権兵衛様に対し失礼があってはいけませんから」

「婚約者って…………わっ!?」


言い返そうとする間もなくふわりと体が宙に浮いた。
うわ、お姫様だっこなんて私初めてだよ。


「って違うんかーーーい!!!」

「騒がしい方ですね。
 あまり暴れられると落ちますよ」


ラキストは荷物を運ぶようにひょいっと私を肩に担ぐと、そのまま婚約者様の元へ送り届けられた。
妻になれとは言われたが承諾した覚えはない。
が、私に拒否権はなさそうだった。


「……ラキスト、仮にも彼女は僕の婚約者だからね、もう少し丁寧な扱いを頼むよ」


担がれた私を見て一言、笑いを堪えるのに必死な様子のハオが言った。
ラキストが申し訳ありません、と会釈しそっとその場に私を下ろす。

……さて、ここはどこだろうか。

あまりに突然の出来事で周りを見る余裕なんてなかった。
気づけば見知らぬ森の中。
特訓とやらはここでするのだろうか。


「ありがとう、ラキスト。
 下がってくれ」

「はい」


ラキストの姿が見えなくなると、ハオと二人きりになる。
取って食われることはないにしても、彼と二人きりという状況はまだ慣れない。
無意識に距離をとってしまう。


「そんなに怯えなくていいよ。
 前にも言ったように君に危害を加えるつもりはないから」

「……何をする気?
 オーバーソウルの特訓って聞いたけど」


恐る恐る尋ねてみる。
いつ殺されてもおかしくないこの状況をとにかく打開したかった。
ハオは私の心中を知ってか知らずか、いつもの笑顔を崩すことなく答えた。


「連れ出す理由は何でもよかったんだ。
 ただ君と話がしたかっただけだよ」

「……はい?」

「少し、歩こうか」


そう言ってハオは森の中へ歩き出した。
こんなところに一人置いていかれては困る。
慌てて私も後を追った。

森の中は迷路のように入り組んでいて、自分が今どこを歩いているのかわからなくなる。
ハオは時々立ち止まり、木の実や花について話をしたり、木陰に腰を下ろして休んだりした。
彼が何を考えているかなんて見当もつかなかったが、一緒にいて嫌な空気は纏っていなかった。
会っていきなり殺されかけて、求婚されて、配下に置かれて、そんな人なのに。
不思議と人を惹き付ける。
そんな魅力がハオにはあるようだった。

そうしてひたすら歩いているうちに辺りが暗くなってきた。


「権兵衛」


不意にハオに話しかけられ視線を向ける。


「おいで」


手を差し伸べられ、自然とその手を取る。
初めて会ったときに感じた恐怖が嘘のようだ。
彼の手を取ることに迷いはなかった。
それどころか、この笑顔とこの手の温もりにどこか懐かしさが感じられた。


「う、わあっ……!」


森を抜けた先にあったのは、視界いっぱいに広がる星空。
辺りに灯りがないからか、一つ一つの光がよりいっそう輝いて見えた。


「っ……すごい!
 こんなの見たことない!」


きらきらと光る星を見上げながらそう言うと、ハオがフフ、と笑ってこちらを見やった。


「気に入ってもらえたならよかった」

「……っ」


微笑むハオの顔を見て、はしゃいでいた自分が急に恥ずかしくなって俯いた。
私は何をやっているのだろう。
こんなことで喜んでいい状況ではないはずなのに。
ハオの前でどんな顔をしたらいいのかわからない。
危険人物であることはよくわかっている。
それでもつい惹かれてしまうのはなぜだろう。


「帰ろうか」

「……うん」


ハオに促され、帰路に着く。

私をここに連れてきた彼の気持ちがわからない。
初めて会ってからたった数日だと言うのに、彼に振り回されてばかりだ。
感情の読めない冷たい笑顔も、仲間と共に笑い合う屈託のない笑顔も、私に優しく手を差し伸べた柔らかい笑顔も、どれも同じ彼なんだろうか。


「あ、あの」

「何かな?」

「……何でもない」


頭上に広がる美しい星空とは反対に、私の心の雲空はまだ晴れそうになかった。



To be continued ...




2015/09/02 ちろこ