もっと知りたい、だなんて アンハピネス -この気持ちは- 空が明るみ始めている。 もうすぐ夜が明けるのだろう。 「……何だったんだろう」 結局まともに眠りにつくことができないまま、私は目を擦りながら上半身を起こす。 肩が酷く重い。 けれど、不思議と気分は悪くなかった。 思い出すのは昨日のこと。 ──あのあと、帰りは彼のS.O.Fに乗って帰ってきた。 その帰り道、無言でいることがやけに落ち着かなくて、私はハオの方をちらちらと横目に見ながら居たたまれない気持ちでいた。 何か話をしたかった。 けれど、何を話していいのかわからずただもどかしくて。 そうしたらハオが突然「どうかした?」と尋ねてくるものだから、驚いて背筋がしゃんとなり裏返った声で「何でもない!」と叫んでしまった。 彼は一瞬身を引いていたが、すぐに顔を隠しながらくっくっと笑いを堪えるのに必死になっていた。 「わ、笑わないでよ」 「ククッ……ああ、すまない。 君があまりにも可愛い反応をするから」 「かっ……!?」 「褒め言葉だろ」 そう言った彼はまだ体を震わせお腹を抱えている。 恥ずかしいのと照れくさいのとで、きっと私は耳まで真っ赤だったに違いない。 こんなに恥ずかしい思いをしたのも、照れくさい思いをしたのも、人生で初めての経験だった。 「……はあ、君は本当におもしろいね」 笑い疲れたのか、いつもの調子に戻ったハオが言った。 「それは、褒め言葉?」 「君の受け取り方次第かな」 むう、と眉間に皺を寄せてハオを睨んでみるけれど、彼は顔色1つ変えずに微笑んでいるだけだ。 けれど心なしか、初めて会ったときのような恐怖は感じなかった。 それどころか、その眼差しはどこか慈しむような優しささえ感じられた気がした。 もっとこの笑顔が見たい。 素直にそう感じた。 凍てつくような冷たい瞳ではなく、年相応の少年らしい表情に微かに胸がぎゅっと締め付けられた。 私にもこんな笑顔を向けてくれるようになったということは、少しは彼と打ち解けられたということだろうか。……と、ここまで考えてふと気づいた。 ハオと打ち解ける? そんなことあり得ない。 だって私は拉致されている身であって、彼の仲間といっても形だけのもの。 自分の身の安全を考えて彼に従っているだけで、決してその配下に加わる気はないのだから。 打ち解けるなんて夢のまた夢で、私は一刻も早くここから逃げ出したいはずだ。 そう、逃げ出したいはずだった。 だからきっと、この気持ちは気の迷いだ。 ハオの素直な笑顔が見てみたいとか、向けられた優しい眼差しが少し嬉しかったとか、そんなものは一時の勘違いだ。 「……うん、よし」 そうだった。 気を許していい相手ではないのだ。 ぎゅっと拳を握って自分を納得させた。 「権兵衛、どうかしたのかい?」 「なんでもない。 こっちの話」 ハオと目を合わせることなくそっけなく答えた。 彼はふーんと呟き、何か仕掛けてくることもなくそのまま再び前を向く。 そのまましばらく空中散歩を続けたあと、不意に声をかけられた。 「もうすぐ宿舎に着くよ」 「えっ、あ、うん」 東の空が明るい。 宿舎からそんなに離れたところだったとは思わなかったが、そういえばかなりの距離を歩いたような気がする。 昨夜は時間の経過や体の疲労を感じられないほど、ハオと過ごす一時に夢中になっていたのだろうか。 「…………」 しかし体は正直だ。 今更になって眠気が襲ってくる。 ハオに連れられてこれだけの距離を歩いたあげく、一睡もしていない。 「……権兵衛」 「何──……きゃっ!?」 うとうとと眠りこけてしまいそうになる寸前で、ハオの腕の中に捕らわれて目が覚めた。 慌てて逃れようと抵抗したが、私が逃げられないように、かつ痛みを感じない絶妙な力加減で抱きすくめられてしまい身動きがとれない。 「なっ、ななな何すっ……!!」 「眠いんだろ?」 「えっ、いやあの」 「しばらく眠るといい。 まだ皆起きてこないだろうからね。 もう少しこのままでも構わないだろ」 スッ、と優しく髪の毛を撫でられる。 先程気を許してはいけないと心に誓ったはずなのに、それだけで瞼が閉じていきそうだった。 「変なこと、しないでよ」 「はは、権兵衛のことは気に入ってるけどさすがに寝込みを襲うようなことはしないよ。 ああでも、眠る前のこれくらいは許してもらおうかな」 「え?」 次の瞬間、軽いリップ音と共に私の額に柔らかい何かが触れた。 「おやすみ、権兵衛」 「……っ!?」 何をされたか理解した途端、沸騰したお湯の入ったやかんのように顔から熱い湯気が出そうだった。 こんな状態で何がおやすみ、だ。 その後しばらく心臓の鼓動が落ち着きを取り戻すことはなく、結局部屋に戻るまで眠ることはできなかった。 To be continued ... 2016/07/06 ちろこ |