レイニーハッピーデイ



ばしゃばしゃばしゃ。
豪雨も豪雨。道路は水で溢れ、ようやく辿り着いた駅は電車が止まり帰宅難民で溢れかえっている。
うーんどうしたものだろう、と頭を抱えていると、持っていたビニール傘が走ってきたひとの鞄に引っかかって、バキバキと音を鳴らして壊れてしまった。
そのひとは「すいません!」と一言だけ放って、人混みに埋もれて行った。
突然のことで私は「いえ、」としか言えず、手元に残された無残な傘であったものをみて、自分の置かれた状況を思い知らされる。すいませんで済むなら警察は要らないんですよ。

水避けにもならないだろうそれは、ただの鉄塊と成り果ててしまったのでゴミ箱へ捨てる。
見たところ、駅に隣接しているコンビニの傘は完売御礼の模様で。

……さて、どうしたものか。
学院に戻れば置き傘貸し傘なるものがあるだろうけれど、それまでが問題だ。タクシーを使うような距離でもなし、走れるかと言われたらちょっと、という距離である。
ただ、ホームの隅にいたわたしは帰宅難民で溢れているためかぎゅうぎゅうの人混みに押されそろそろ雨曝しにされそうなので、近場の喫茶店にでも避難しよう――と駅から足を踏み出したその時。一台のトラックが視界の端に入ってくる。

バッシャーン、
プップー、
ブロロ……

「……………………。」

ギャグ漫画もびっくりな水浸し女子高生の出来上がりである。

し、死ぬ。凍えて死ぬ。
学院に戻ってタオルを調達して、ジャージに着替えよう。
私はがくがくと震えながらも大雨の中走って来た道を戻る。途中数名の学院生とすれ違った気もする。今思えば、頼み込んで傘に入れて貰えばよかったかもしれない。

「さ、さむ……」

どうにか学院にたどり着いたはいいものの、帰路に着こうとしていた学生からの視線が痛い
なので、じゅわ、と出来るだけ服を絞ってばたばたと教室へ向かう。清掃の皆さん、ごめんなさい。
その道中で。見慣れた顔がぎよっとした表情で声を上げた。

「鹿矢、なにそのずぶ濡れ」
「凛月……。あはは、傘が壊れちゃってこのざまです」
「ええ……。ジャージあるの?確か昨日持って帰ってたよね」
「は……」

記憶を辿るとたしかに昨日、洗濯するためにジャージを持って帰ったような気がする。
ぴしりと固まる私に呆れ顔の凛月は、頬を伝う水滴を拭って、

「仕方ない。俺の貸してあげる」

突然、乙女ゲームのような台詞を吐いたのだった。


「ふふ。鹿矢、ぶかぶか……♪」
「凛月は細いけど私より身長あるんだから当然だよ」
「たしかに」

あんずちゃんは今日外部での仕事だったので、不在の中勝手にジャージを漁るわけにもいかなかった。凛月がジャージを貸してくれるという申し出には正直助かったと言うのが本音だ。
なぜか少し上機嫌な凛月は、どこからかタオルとドライヤーを借りてきてくれたようで、びしょ濡れだった私の髪を乾かしてくれている。
ぶおーん、と無機質な音が私と凛月しかいないレッスン室に響く。

「なんだか面白いねえ、レッスン室で鹿矢の髪の毛乾かすの」
「あり得ないシチュエーションだからね……。Knightsは今日レッスンだったよね?もう終わったの?」
「なーにー?」

どうやらドライヤーの音で声が届かないらしい。

「Knightsは、レッスン終わったのー?!」
「終わったよー。俺ももう帰るところだったから」

じゃあ引き止めてしまったのか、と申し訳なくなる。
でも、凛月はふんふんと鼻歌を歌いながら乾かしているので、気にする方が無粋なのかもしれない。ありがたく、大人しく髪を乾かされていよう。
髪に触れる指が少しくすぐったい。

「お疲れのところありがとね」
「どういたしまして」

はい終わり〜、と凛月はすっかり乾いた私の髪を撫でる。
ドライヤーのスイッチを切って、ぽい、と自分の座っていたパイプ椅子の上に放り、私の横にすとんと腰をおろした。

「どう?俺の彼ジャージ」
「どうって」
「感想」
「うーん……」

凛月の匂いがする、というのが第一の感想なのだが、そんなもうめちゃくちゃ狙ってますみたいなコメントはできないし。普通に言葉にするのが恥ずかしいし、引かれること間違いなしだろう。

「あった、かい……?」
「どうして疑問系なの」
「あたたかいです」
「ふふ。よかった」
「……男の人のジャージ、初めて着たよ」
「へえ、兄者のもないの?」

じい、と探るようにこちらを覗き込まれると視線をどこへやっていいのかが分からない。

「な、んで朔間さんが出てくるの……」
「一時期噂あったでしょ。知らないとでも思った?」
「噂は噂よ」
「ふーん?」
「ほんとーに!」

懐疑的な目を向けていた凛月は「そう。まあ信じてなかったけどね」と口角を上げて。

「じゃあ、俺が一番だ」

ご満悦の表情で、ぎゅ、と手を絡めてくる。
そんな表情を至近距離でするものだから、一気に恥ずかしくなって、やり返してやりたくなってしまう。

「……あのね、凛月」
「うん?」
「これ。凛月に、抱きしめられてるみたい」
「……え。なに、もう、……ずるいんだけど」

頬を赤く染めた凛月をみて、してやったりと私は笑う。

「その顔むかつく」
「真っ赤な凛月がかわいいから」
「褒めてないでしょ……」

むむ、と表情を歪める凛月をかわいい、と思うのは私だけではないはずだ。なんていうか、少しばかりサドスティックな精神がぐらついてしまう。危ない世界に飛び込んでしまいそうだ。
それにしても、先程のセリフはやっぱり狙い過ぎだっただろうか。凛月を照れさせることはできたけれど、だんだん恥ずかしくなってきた。

「……」
「……」
「……鹿矢も照れてる」
「そりゃ、照れるよ……」
「ふふ。……鹿矢、かわいいねえ」

仕返しと言わんばかりに、わざとらしく耳元で囁かれるとそれはほぼ死刑宣告に等しく、頭の中は真っ白になる。

「降参、降参するから!」
「から?」
「勘弁してください……」
「えー」

いつの間にか、形勢は大逆転。
頬を染めていた凛月はどこへやら。

「鹿矢がどこまで耐えられるか、勝負しよっか」

にやにやといくつもの悪戯を考えているであろう彼は、しばらく帰してくれなさそうだ。




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