#22




地下に、空を観た。
スポットライトに照らされた赤色の双眼に、星を見つけた。

建造物じゃまもののひとつもない夜空を見上げた心地だった。若しくは黄昏。夜への入り口に目を奪われて夢中でロックを聴いていた。
手の届かないものに手を伸ばすこともせずにただ呆然と眺めていた。
少しだけ、彼らのことを頭の脇に置いて。

楽しい思い出の隅にある罪悪感が突いてくる。
そんな時間さえも焼べていればもっと未来は違ったんじゃないかって。私のような凡人が策を練ったところで何も出来なかっただろうに。

未だに後悔をし続けている。
けど――『Knights』以外のひとびとと関わったことを記憶から切り取ることは出来ない。したくない。楽しいと思ったことも美しいと感じたことも、大切なものだから。
泡沫の夢のような刹那の時だとしても私は彼らと関わった。その末に得た友人や肩書きを誇りに思っている。

それでも。いつか終わってしまう非日常を生きることがなによりも辛いと気づいてから、臆病に下を向いて歩いている。悲劇のヒロインぶりながら虚勢を張っている。
本当にしんどかったりもするわけだけど、なりたかったのは“そう”じゃない。……いつの間にか褒められたものでもいられなくなってしまったね。

後悔を取り戻すことはできないし、選択のやり直しなんて出来ない。終わりを変えることなんて出来ない。
ならば。いつか過去になる今を後悔しないように、歩いていくしかない――出来れば笑顔で。悲しみの一つも残さないように青春を味わいながら堂々と。振り返った時に楽しかった、って泣き喚くことができるように。

そんな幸福を夢見て。幸福の先に何があるかなんて考えずに、星に誓う。




***



「素敵なイヤリングですねぇ」
「日々樹くん」

着替えを終えたらしい日々樹くんは南国風の衣装を纏い、涼しげに髪を揺らしながらこちらへやってくる。
みんなしてよくこの暑さの中でそんな表情ができるものだ――と常々思う。夏の、とくに野外ステージで行われるライブは灼熱地獄だろうに。

私の耳に揺れているのは花型のイヤリング。
小ぶりのそれはこの島の隠れた名産らしい。
街にも植えられているし、よく見れば看板や道行く観光客の着ているシャツにもプリントされている。
ハイビスカスとはまた違った可憐さのある花だ。派手ではないものの煌びやかで、目に馴染むかたちをしている。

「貰い物だけどね。似合ってるならよかった」
「……ああ、通りで見覚えがあると思ったら!贈り主は昨日の雑貨屋の方ですね?ずいぶんと打ち解けていたようですし……もしかして愛の告白でもされました?」

にやりと笑って、日々樹くんは私のイヤリングを興味深そうに眺めている。

「べつにされてない。妹が私と同じくらいの歳で、日本の文化にも興味があるんだって。たくさん話してくれたお礼にってもらったの。……単語しか聞き取れなかったから多分だけど」
「そんなものは建前でしょう、この国で異性にアクセサリーを贈ることは特別な意味を持つようですから。零も苦労しますねぇ?」
「苦労も何も朔間さんは昔の男だから関係ありません〜」
「フフフ、零が聞いたら泣きますよ」

あのひとも私のことを元カノだのなんだって言っているから泣かないとは思うが、日々樹くんはフェイクの噂を撒いた張本人で、誰よりも早く真偽を知っていたのだから茶化さないでほしい。
……それにしてもアクセサリーを贈ることがそういう意味とは知らなかった。まぁ、好意を向けられているのはなんとなく察してはいたけど。


――昨日。滞在二日目。
午後のレッスンを終え買い出しに赴いた先で、ふらりと消えかけた日々樹くんを追いかけて。流れるように彼と本島の街を彷徨いて――偶然入った雑貨屋の店番のひとに、端的に言えば好かれたのである。

第一印象は寡黙で屈強なお兄さんだったけれど、よく笑うひとで、妹が大好きで。……音楽が大好きで、作曲もするのだという。もちろんお祭りにも参加するのだと話していた。
『fine』と『UNDEAD』のライブに誘ったところ観に行くと快諾してくれたし、人当たりの良い男性だった。そんな彼が別れ際に贈ってくれたのが、今付けているイヤリングだ。

「もし彼の気持ちに応えるつもりがないのなら、誤解される前に外しておいたほうが良いかもしれませんねぇ。少なくとも今日に関しては。ライブにも誘っているのでしょう?」
「……まぁね」

それも戦略の一つとするのなら話は変わってきますけど!と不敵に唇を緩める日々樹くんは悪い顔をしている。
どういう戦略よ。ため息を吐きながら私はイヤリングを外す。

「私のイヤリングの有無が戦局を変えるなら付けておくけどね」
「……おやおや。さすがの鹿矢も今回はお手上げですか。策の一つや二つ練っているかと思っていましたが」
「なにも無いよ。二つも企めたら苦労しない」


――そう。企むことも、覆すこともできない。
昨日から今日にかけて聞き込んだ限り、伏見くんは本島に根を下ろす天祥院の名を借りて『fine』有利な場を作り上げている。
加えて海外に名の知れた朔間さんの名前も使って集客をしているらしい、というのはさすがに心が荒んだけれど――戦略としては大正解と分かるのがムカつく。
まぁそれはそれとして、地の利が『fine』にあることには違いない。

凡人で何の力もない私に逆転勝ちへ導くなんて不可能。歌って誰かの心を変えたりすることも出来ないし、サポートの名を貰ったところで後ろ盾のない私は無力だ。
文化も違う、言葉も通じないとなると出来ることの範囲すら狭くなってしまってイヤになる。海外に来てまで自己嫌悪とか、笑えない。でも。だからといって下ばかりを向いていられないから上を向く。

ステージを映す。異国の地を見渡す。
『fine』の現地の言葉を交えた美しいパフォーマンスや、『UNDEAD』の――言語の壁すら壊すような、お構い無しに彼らの音楽をぶつける様に息を呑みながら。

集まったひとびとは声を上げ、道行くひとは足を止めて興味津々に彼らを眺めている。
世界中から観光客の集うお祭りという大舞台だ。
多種多様な言葉が飛び交う中で、音楽だけが共通言語のように鳴り響いている。
その光景は圧巻。形容し難い高揚感に足は震えている。すごく、綺麗。

僅かに風が吹く。
熱狂しているひとびとは気付かないだろう小さなものだ。揺れる髪に、視界を奪う砂はもう付いていない。

――私は、何をしたかったんだっけ。初めは。何も知らなかった頃の私は。今まで、たしかに『Knights』のためにと奔走してきたけれど、今もそうなんだけど、その始まりは。

「(……アイドルを、好きだと思ったから)」

眩しくて仕方のない煌めきをまだ知らない誰かに伝えたいと思ったから、私は此処に居る。
いま一度心に刻みつけるように言葉を食み、飲み込んだ。

レンズ越しに、朔間さんと目が合う。
ううん、合った気がしただけだと思うけれど。遠くから見ても彼の瞳は綺麗で、ギラついていて、手が届かないと分かっていても伸ばしたい衝動に駆られる。――その代わりにとシャッターを切る。

情熱だけで動くことなんてもうできない。
……だから心のままに、だなんて。知識も思考も環境も雁字搦めになった今、アドバイスとして受けた言葉は優しくも険しいもので、いくら考えても具体的な方法は思いつかない。
乙狩くんの献身がなければこの盤上は詰んでいただろう、考えただけでゾッとする。

【サマーライブ】同様何を失うわけでもない、敗北したところでただ『fine』の名を知らしめるモノになるだけだった。
伏見くんの動向からして今回の合同ライブは“そういう”策を練られていたのだろう。

「(でもそんなの勿体無いじゃない)」

せっかくの海外でのステージなのにたったひとつのユニットだけが得をする舞台なんて、勿体無い。
私が『UNDEAD』のサポートで、こんな状況だからこそ思うことだから綺麗事で、命を張って事を起こした乙狩くんの覚悟とは別のベクトルなのだろうけど――それはそれで。私にしか得られない感情だってあるのだから。
私は、私らしく。
心のままに、身体を動かす。




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