#22.5




「あれ、朔間さん。部屋に戻ったんじゃないの」
「おぬしらこそ、今日はもう休むようにと言っておったじゃろ。素直に聞くとは思っておらんかったが」

夜景を眺めながらグラスを口にしていると、見慣れた顔がやってくる。
合同ライブの打ち上げの打ち上げ――と称した、マスコミ陣やら現地のお偉いさんの接待を終えた鹿矢ちゃんを労う場でもあったんだけどなぁ。何も知らない朔間さんの呆れた視線は俺と、その隣の彼女に注がれている。

――ラウンジのスタッフが俺たちを恋仲だと勘違いをして気を利かせてくれたのか、ムーディな音楽が流れていて、ほんのり酔ってしまいそうな気分だった。朔間さんの登場で若干醒めた心地だけど。

「心配しなくても、もうお開きにするところだよ。鹿矢ちゃんもこの通り寝落ちちゃったし」

アルコールなんて微塵も入っていないドリンクを一気に流し込む。
鹿矢ちゃんのグラスには半分ほど残ったままだ。

「……天祥院くんから聞いたぞい。初日の夜も二人きりで話しておったとか。そんなに仲良しじゃったとはのう?」
「まぁね〜。俺たち一応、長いことクラスメイトだから。いつもは瀬名くんとべったりだけど世間話とかはするし、去年も少しライブハウスの手伝いをしてくれてたし……実はけっこう接点があるんだよ」
「なんかそれ、わんこも言っておった気がする。……いや、思えばそういう――先輩の話をきちんと聞いて実行に移す“まじめ”な子じゃった。この鹿矢ちゃんは」

俺の言葉の何かが腑に落ちたらしい朔間さんは、椅子に腰掛けて鹿矢ちゃんの髪を優しく撫でている。

……初日のそれはそもそも朔間さんの変な距離の詰め方がきっかけだったんだけどね、と言ってあげたいところだけど――告げ口されたくはないだろうし。可愛らしい彼女の悩みのタネは言わないでおいてあげよう。

「それにしても。薫くんはあやつのことを知っておったかえ?」

ぴたり、彼女を撫でていた手が止まる。
朔間さんの言う“あやつ”は恐らく――鹿矢ちゃんに熱烈な視線を送っていた、現地のミュージシャンのことだろう。

夜のライブが始まる前に、火を使ったパフォーマンスを始めた彼らのうちの、リーダーらしきパワフルな男性。
控えめに言っても接点は全く思い付かなかったから、鹿矢ちゃんがライブに誘ったと聞いて――日々樹くん以外は驚いていたっけ。

「鹿矢ちゃんモテ事件ね。俺は知らなかったよ?すごい気に入られようだったよね〜、一目惚れしたの?ってくらい」
「うむ……鹿矢はああ見えて人をたらし込む才能があるから、その辺が上手く嵌ったんじゃろうが。……なにやら日々樹くんと買い出しに行った際に意気投合したらしくてのう。音楽の話で盛り上がって――『fine』や『UNDEAD』の曲も嬉々として聞かせておったんじゃとか」
「おぉ、がっつり宣伝活動してるね」
「くくく。根っからの『広報』じゃもの。想像に容易いわい」

それでこそ我輩の誇れる後輩であり友人じゃけども、と朔間さんはため息混じりに笑っている。

「……まぁそんな鹿矢の情熱が、あやつのプライドに火を付けたらしい。さらには昼間のライブの盛り上がり様を目の当たりにして――これは負けておられぬと奮起したようじゃ。要は格好を付けたかったんじゃろうな」
「好きな子の前ならそうじゃない?その気持ちは分かる気がする。……でもそっか、ああいう目立ち方ができたのは鹿矢ちゃんのお陰でもあったんだね」

当の本人は思ってもみなかっただろうが、彼女なりに走り回った結果についてきたのだから間違っていないだろう。
ただでさえ『Knights』も『広報準備室』も色々と大変そうなのに、よく働くいい子だ。たしか『プロデュース科』のサポートや育成もなんだっけ――本当に、摩耗していないほうがおかしいと思う。

……そういうの、耳にしてるだろうし朔間さんこそ気付いてそうなものだけどね。
近頃はやたらと距離を詰めたりで空回ってる気がするし、鹿矢ちゃんの混乱ももっともだ。気遣いの一種なのか知らないけど。お得意の先輩ムーブというよりも、なんていうか――。

「っていうか朔間さん、直接本人に聞いてきたみたいな言い回しじゃない?……もしかして話してきたの?」
「ライブ終わりに向こうから話しかけてくれたんじゃよ。『UNDEAD』に感銘を受けたと興奮気味に語ってくれてのう、熱い抱擁も交わしたぞい♪」
「な〜んだ。てっきり鹿矢ちゃんは渡さない!って牽制でもしに行ったのかと思ったよ」
「薫くんは我輩を何だと思っておるのじゃ」

ああでも、と朔間さんはわざとらしく口元を緩める。

「鹿矢のことは、潔く身を引くと言っておった。我輩には勝てぬとかなんとか言っておった気もするが……瀬名くんから預かっておる身じゃし、悪い虫も付かず一安心と言ったところじゃのう」
「……へぇ、そうなんだ?」

未だすやすやと寝息を立てている彼女を愛おしげに見やりながら。
その視線が特別な後輩や友人に対するものなのかは分からない。……でも、どちらにせよ朔間さんにこんな表情をさせるなんて、鹿矢ちゃんも罪な女の子だ。

視線が彼女に戻ったところで。もう遅いし部屋に送って行ってあげたら、と俺にしてはナイスパスを出してみる。
一瞬ぐらりと朔間さんの瞳の奥が揺れた気がしたけれど。見なかったフリをしておこう。

「……それもそうじゃな。初めての海外を果敢に駆け抜けた褒美に、我輩が送り届けてやるとしよう」
「うん、そうしてあげて。こんなところで寝てたら風邪引いちゃうだろうし」
「ルームキーは……おお、これか。まったく、雑に放り出して」

薫くんもきちんと休むんじゃぞ、と笑って――朔間さんは軽々と鹿矢ちゃんを抱えてラウンジを後にする。
……鹿矢ちゃんの部屋とは逆方向に曲がった気もするけど。そっちは朔間さんの部屋じゃなかったっけ、と考えたところで。なんとなく展開が読めてしまったので頭を抱える。

絶対あのひと、自分のことを『悪い虫』カウントしてないよね。




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