#25





かんかん照りの太陽光が傘を突き抜けている気さえする、お昼間際。【スターマイン】の演目確認も終えてひと段落。
絶不調でグロッキーなセッちゃんから目を逸らす傍ら、今すぐにでも家に帰りたい気分のままに端末を開く。

受信メールが、一件。送り主は『妻瀬鹿矢』。
午後イチには間に合いそうにないということと、セッちゃんの様子を心配する言葉が簡素に並んでいた。

「……あ〜。鹿矢、まだ来れないっぽい。午後イチ合流は難しそうだってさ」
「う〜ん。鹿矢ちゃんも大忙しねェ?泉ちゃんもあんなだし、早いところ来て欲しいのが本音だけど……。司ちゃん、アタシたちが居なかった時の様子も含めて報告しておいてくれる?」
「はい。進行状況も添えて返信しておきますね」

連絡役を任されたス〜ちゃんは「おや」と不思議そうに端末を見つめている。
大方、セッちゃんが宛先に入っていないことに気付いたのだろう。

「ええと。瀬名先輩が宛先から抜けているようなのですが……?」
「あらほんと。鹿矢ちゃん、そういうミスはしない子だから『わざと』でしょうけど。調子が悪いみたいだからって泉ちゃんの端末を鳴らすのも遠慮しちゃったのかしら?」
「かもね〜。ズレた気遣いだよまったく」

朝は行動を共にしていたというス〜ちゃん曰く、鹿矢は会場までの道中で『インターン』先からの呼び出しがあったらしい。
さすがに仕事を放っていくのは、と渋っていたところにセッちゃんの鶴の一声。何を話したかは知らないけど、とにかくゴーサインを出したのだという。
意外や意外――セッちゃんは去年のあれそれ以降、鹿矢が『Knights』以外と関わることを嫌がってると思ってたんだけどなぁ。

……近頃はお互いに忙しくて会っていなかったみたいだし、そもそも【サマーライブ】からこっちセッちゃんと鹿矢はあまりきちんと話していない気がする。
あの二人はわりと、俺の知る限りそんな感じではあるんだけど。言葉にしなくても視線で分かり合っちゃうみたいな。

メールを打ち終えたス〜ちゃんは、不服そうに腕を組んでいる。

「……妻瀬先輩も今日は仕事があると事前に伝えていたと聞きました。『internship』先とはいえ、横取りをされたようであまり良い気はしませんね」
「急なスケジュール調整なんかはこの業界じゃ当たり前だけどねェ?鹿矢ちゃんもいちおう学院を代表してるわけだし、ヘタに断るのは不味いんじゃないかしら」

きっと泉ちゃんも“それ”を分かって背中を押したのよ、とナッちゃんは『ゆうくん』を追いかけ回すセッちゃんへ視線を向ける。
それでも思うところはあるようで、表情は曇り気味だ。

――飽きもせず、と言えば悪い意味合いにとれるのだが。鹿矢は夏休みを消費して再び『インターン』に繰り出している。
今度はカメラマンである彼女の父親と縁のある事務所で、エッちゃん的にも気になるとかで視察がてら五日ほど寄越したんだとか。

コズプロ、兄者、そしてエッちゃんの駒のように扱われて過ぎていく鹿矢の夏は哀れで目も当てられない。
夏休みの期間の『Knights』での仕事といえばポートレート撮影なんかもあったけど、そのなかでも鹿矢が心待ちにしていたのが今日。海岸で行われる花火大会に合わせたライブ――【スターマイン】である。

「(鹿矢、セッちゃんがこの仕事を引き受けた時すっごく嬉しそうにしてたのに)」

あんずと連携して自治体の代表と連絡も取って気合いもたっぷりで、宣伝費用だっていつもの比じゃないくらいかけていた気もするし。
何より、きっと。他のユニットのステージの手伝いを多くこなしているうちに恋しくなったのだと思う。

『プロデューサー』である彼女もまた先程のメールの宛先にも入っていた。なので、『先輩』の到着が遅れることも把握しているはず。
……今は『Trickstar』に付き添っているけど、寂しそうな様子が見て取れる。

鹿矢はあまり話したがらないから、詳細は知らない。だからま〜くんがざっくりと話してくれたことを整理すると。鹿矢は【サマーライブ】で『Trickstar』を打ち負かす『敵』を演じて大活躍だったらしい。
つまるところ──あんずにとっては、自分の預かり知らぬところで『先輩』の手によって大切な仲間が大敗北を喫したのである。
けれど、それで彼女らの築き上げてきた関係性が崩れてしまったわけでもなく。むしろリベンジに燃えているのだと言っていた。

あれは特殊中の特殊で、鹿矢も軽く暴走してたみたいだったから起きたことで、さすがにもう『敵』に回ることは無いだろう。
外部との関わり方は『例の事務所』の件で懲りただろうし、兄者も苦言を呈したみたいだったし──正直悪役っぽいムーブは似合わない。
たとえあんずや『Trickstar』を焚き付けるとかいう馬鹿げた理由だったとしても、だ。

「(……本番は花火の始まる夕方からだけど、本当は今もここに居たかったはずだよねぇ。ス〜ちゃんに託したクーラーボックスが代わりに一人で泣いてるよ)」

つんつん、と試しに突いてみても鹿矢は出てきそうにない。
実は中にいました、なんてサプライズは起こり得るはずもなく、砂っぽい感触だけが指に残る。

「ともかく。瀬名先輩のこともありますし、せめて本番までに間に合えばいいのですが」
「車で一時間くらいらしいけど……野外ライブなんだっけ?あのお人好し星人、太陽に焼かれながらまたいいように使われてるんだろうねぇ」
「んもう、凛月ちゃんったら。雑務を任せてるアタシたちが言えたことじゃないわよォ?」
「鹿矢だっておうちが『いちばん』でしょ〜。どっかの知らない奴らより、俺たちのお世話をしたいに決まってるよ」

あ、こういうのいつもならセッちゃんの言いそうな台詞だなぁ、と吐いてしまってから気付く。
当の本人はなんとか正気を保とうとしているのか――もしくは『彼』を気遣っているのかこちらの会話に加わる気配はない。

「そうですね。ここだけの話、今朝別れる間際に──今回の『Internship』では私たちの躍進に役立つConnectionにも期待できると仰っていましたし」
「ウフフ。“『Knights』贔屓の広報”らしい発言じゃない。椚先生にはとてもじゃないけど聞かせられないわァ?でもまぁ……アタシたちは寂しがってないで、贔屓されるに値するステージを準備しなきゃよねェ」

ああ、椚先生って、『広報準備室』の担当なんだっけ。度々呼び出されているのはそのせいか、と腑に落ちる。


――あの日も。たしか。校内放送で鹿矢を呼び出していたのは椚先生だ。
まだ深くまで潜んでいない夏の初め頃の光景を取り出して再生する。

俺との会話やセッちゃんとの日直当番を忘れていたりで、いつもより気が抜けた雰囲気ではあったけど。……ううん。違う。なにか違和感があった。そうだ。彼女のポケットから何か、くしゃくしゃの紙の端が、見えたような。

「(申請用紙とかきちんとクリアファイルに入れるタイプなのに。気にしすぎかなぁ)」




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