#26




「それにしても。『広報』としては若干『問題児』で――夢ノ咲学院が『プロデューサー』を優等生視してるのも目に見えて分かるから心配になるんだけど……鹿矢ちゃん、本当に大丈夫なのかしら」

ナッちゃんの視線はセッちゃんたちからあんずと『Trickstar』を見守る椚先生へ。
いつもの浮かれた雰囲気は無く、真剣な眼差しで見つめている。
その視線を追いかけて疑問符を浮かべるス〜ちゃんは、やや納得のいかない声色だ。

「妻瀬先輩は決して『問題児』ではないでしょう。『広報準備室』の評判は良いと聞いていますし、なによりあの瀬名先輩が認めたお方です。お姉さまも太鼓判を押していますし……その、俄には信じ難いのですが」

いちおう、注釈を入れておくと――セッちゃんはまずもって鹿矢を『認めた』なんて一言も発したことがないので、ス〜ちゃんのそれは肌感覚でしかない。
認めているからこそ側に置いていて、そういう素振りを見せてるんだろうけど。無自覚に。ただ、肝心の本人に伝わってないのがかなりの痛手である。

「司ちゃんの認識は間違ってないし、事実よ。でもそれはあくまで身内周りと外部からの話。評価も高くて実力もあるからそう思われがちなんだけど……お偉方にとってはちょっとねェ。今の扱いを見てると勘繰っちゃうのよね」
「……たしかに学院主催のLiveでは妻瀬先輩よりもお姉さまの権威が『上』なのだろう、と感じることも少なくありません。けれどそれは役割が異なるからだと……先輩はそう仰っていましたが」
「ん〜、アタシももちろん役割の違いは理解してるんだけど、なんていうか。鹿矢ちゃんに対する当たりが良くも悪くも『適当』じゃない?雑務とか外回りとか体よく学院から剥がされつつ、後輩育成に使われてる気がしちゃって」

な〜んかヤな感じ、とため息をついてナッちゃんはドリンクを喉に流し入れる。

……気付く人は気付くレベルだった、というか。鹿矢の扱いの悪さは今に始まったことではない。
春頃からは『広報準備室』の閉鎖が決まって悪化したうえに彼女の自棄もあったりして今がちょうど最高潮だから。より可視化された、というのが正しいんだけど。

それでも気づかないひとが大半で。
『プロデューサー』に注目が集まる今、鹿矢の進退を気にするひとたちなんて恐らくは数えられる程度。
この数ヶ月で、『プロデュース科』をサポートする『広報準備室』という印象を植え付けるみたいに仕事を割り振られていたし。ス〜ちゃんはまだしも、他の下級生の認識なんてそんなものだろう。

「(まぁ、それこそ今更だよねぇ。印象操作っぽいこともされてるし、去年のことを覚えてる連中だっている。それに。……優秀で、平等で、誰にでも好かれるような――そんな『特殊枠』の片割れがいるなら余計に霞んじゃう)」

……当事者ではない俺たちに分かるのは不味い状況ってだけ。
全景が見えてこないのは、鹿矢がひた隠しにしていることとエッちゃんあたりの情報統制のせいだ。学院のことをなんでも知ってると宣う兄者ですら把握していないみたいだし。
つまり――そこそこ重大な事項が知らないところで動いているのだろうけど、憶測だけで語るには材料が足りない。

「……まぁまぁ。実際、鹿矢はそれもそれで責任感を持って“まじめ”にやってるし……だだ漏れの悪意に気付かずに流されるほど馬鹿じゃないよ。それすらも食ってやろう〜利用してやろう〜って意気込んでるんじゃないかなぁ」
「凛月ちゃんが言うと妙に説得力があるわねェ……?」
「俺は鹿矢を甘やかす係だから。セッちゃんの次くらいには鹿矢のことを知ってるつもり。えらいでしょ〜、崇めるが良い♪」

ふふん、と偉そうにしてみれば――ス〜ちゃんはどうも俺の態度が気に食わないらしい。

「わ、私は騙されませんよっ!?凛月先輩の言う『甘やかす係』というのは――妻瀬先輩を甘やかしたことを代償に、最終的には自分が甘やかしてもらうということでしょう」
「え〜?ス〜ちゃんってば勘繰りすぎ。俺は純粋に甘やかしてるだけだよ〜?」
「そう言いながらよく布団を引っ剥がされてはおんぶしてもらっていますよね、凛月先輩。思いっきり甘えているように見えますよ」
「何事においてもバランスが大事なの。ス〜ちゃんも俺を見倣うように♪」

えいえい、とス〜ちゃんの脇腹を突いているとナッちゃんの諌める声が降ってくる。
……あっ、セッちゃんがこっち見た。鹿矢の名前に反応したのかな。
軽く手を振ってみても、絶不調なせいか反応は鈍い。

「もう、凛月ちゃんも司ちゃんをおちょくらないの。……ちょっと違うかもだけど、司ちゃんは鹿矢ちゃんにとって癒しの存在だと思うわよォ。よく撫でてるし。そういうのも甘やかしてるって部類に入るんじゃない?」
「むう……釈然としませんが。そういう考え方もできますね。正直なところ凛月先輩より格段に癒せている自負はありますし……♪」
「『ぽっと出の新人』が生意気〜。俺のほうが癒やせてるよ、絶対」

とまあ、そんな具合で――鹿矢にとって掘り下げられたくないだろう話題から逸らすことには成功したようなのでひと安心。
これ以上話題にしようものならセッちゃんやあんずの耳にも入ってしまって、探りを入れられる可能性だってある。
嫌がることをするとは思わないけど、俺にすら頑なに話さなかった話題に近い内容だろうから。触れられたく無い部分を不在の間に晒し上げるのはさすがに可哀想だ。

……ただ、ナッちゃんの気を逸らすには不十分だったのか、眉を顰めて何やら考え込んでいる様子で。
『Knights』はそういう馴れ合いっぽいこととは無縁で、仕事さえこなせばいい、過干渉はしない、って風潮だったけど。ついさっきそんな台詞を聞いた気もするけど――鹿矢のことを気に留めているらしい。
まぁ、鹿矢は『Knights』のメンバーではないからそういう枠組みの対象外なんだろう。

「(…………あ〜。今の、無し)」

残酷な言葉が脳裏を過って息を吐く。
思考すら鈍らせる陽光が、じりじりと地面を焼いている。
着信を知らせることのない端末がポケットを占領しているのが、うざったくて仕方ない。




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