#27




「浮気だねっ!」

きーん、と大音量の声が脳を揺らす。
助けを求めるように隣に視線を送れば首を振る漣くん。
存外早くに訪れた再会に喜ぶ間も無く、私の下げていた関係者パスを目にした途端――目の前の友人はあからさまに不機嫌を晒したのだった。いやいや。そもそもの話。

「『インターン』に浮気もなにもないから!」
「あるね。ぼくが浮気だって思えばそれは浮気だからね……!」
「はいはい、とりあえず二人とも落ち着いてください。感動の再会が台無しですよぉ?……つうかおひいさん、あんたはアイドルなんですから『浮気』とか公衆の面前で叫ぶのはやめてください」

まぁ、もう開演して少し経ってるんでほとんど人はいないですけどねぇ?と漣くんはキャップを深く被り直して呆れ顔だ。

「だって本当のことだからね。こういうのはしっかり言っておかないと。……はぁ、久しぶりの再会だっていうのに悲しいね。悪い日和っ」
「本当も何もありません〜。あと二日で終わりだし。いま受付済ませるからちょっと待ってね」
「ジュンくん!鹿矢が冷たいねっ!?」
「再会早々妄言ぶちかますからですよぉ……自業自得です」

久しぶりとか言うけれど、【サマーライブ】は昨年とか一昨年とかでもなく今年のイベントである。
精々一ヶ月とかそこらぶりの再会をそう称するのはいかがなものか。

来賓リストに名前の無かった『Eve』の二人は、近くでロケをしていたこともあって――ついでにと数週間後に行うライブ会場の下見で急遽足を運んだらしい。
コズプロ系列のアーティストの出演があることは知っていたので彼らの顔を思い浮かべはしたが、数刻前に共有された時には驚いたものだ。

「(すごいな、『Eve』も……。CMにも出てたし。それだけ戦略が上手くて実力もあるってことだ)」

夢ノ咲学院人気ユニットも大きなステージに立つことはあれど、この規模は早々に無い。
新興勢力とはいえ資金力やコネクション、営業力なんかは凄まじく、『Eden』を筆頭にコズプロ系列のアイドルをメディアや現場で見ることは少なくない。

今の『インターン』先にも歴史と実績はある。
大規模でこそないものの、様々な事業へ手を伸ばして業界に根を張り続けている事務所だ。
父も昔からお世話になっているようだし、【サマーライブ】の件で目に留まって――私を受け入れてみたらしいけど。コズプロと比べれば堅実な風潮で、なんとなく対局に感じる。どちらが良いとかは別として。

夢ノ咲学院も、二度の革命を経て確実に活気付いてきている。
去年とは段違いに盛り上がっているから外部からの評価も右肩上がりで、営業活動もスムーズに運ぶことが増えてきた。
……何もかもが目まぐるしく変わっていく。
ひょっとしたら長く停滞していたアイドル業界――芸能界の、何からかの節目が訪れているのかもしれない、なんて、視野が広がりたてほやほやのいち高校生でも感じ取れてしまうくらいには夢ノ咲学院を取り巻く環境は混沌としてきているように思う。

そんな──アイドルをはじめ数多のタレントが跋扈する業界の中で『Knights』が躍進するためには、大きな仕事を成功させる必要がある。
地道なボランティア活動なんかで評判も取り戻してきた今が好機で、そのための【スターマイン】。リーダー代理として瀬名も同じようなことを考えていたところに案件が転がり込んできたのだ。
……この機を逃すわけにはいかない。だからまぁ、本当の本当は一ミリも離れたくなかった。仕方ないことだと分かっていても。

「はい。これ、会場内では首から下げててね」
「ありがとうございます。……もしかして俺らで最後でした?」
「うん、これで私の任されてた仕事も終わり」

関係者パスを渡して、リストをチェックして――そばにいたスタッフさんに渡して完了。
結局会えずじまいにはなったが、呼び出された原因となった人物は無事開演には間に合ったようなので私は晴れてお役御免である。

終わればもう帰っていい、と雑な指示があったけど。一応メッセージを残して、机の下に潜ませておいた荷物を取り出す。
行きに背負っていたよりも重く感じるのは疲労からだろうか。夏バテには気をつけていたんだけどなぁ。
……炎天下の中駆け回ったり、日陰ではあるものの地面の熱で蒸されながら雑務をこなしていたせいで若干ふらふらするが、今日の、私にとっての『本番』はこれからだ。

――司くんとあんずちゃんからのメッセージ曰く瀬名はやはり不調らしい。
それでも遊木くんを追い回している画像や報告から鑑みるに、パフォーマンスに支障は無さそうで思わず笑みが溢れる。さすがの瀬名である。
早いところ合流しなければ。瀬名は暑いのがそもそも苦手だったし、そばにいれば何かの力になれる可能性だって、残ってる。

「……鹿矢、もしかしてこの後も仕事なの?相変わらず働き者だね?」
「大きな声では言えないけど今日は急遽呼び出されて。そっちが元々の予定なの。後輩が取ってきてくれた仕事でね、花火大会でのライブなんだよ」
「ふぅん?あの『後輩』ちゃんが取ってきたんだ。夏らしい仕事だね。……そうだ、ぼくたちのライブで花火を打ち上げるのもいいね!」
「名案とは思いますけど。今更演出変更とかどうなんすかねぇ……?」

想像しただけで豪華だなぁ、と思っていると端末が振動していることに気づいて、ポケットから取り出す。
今度は、椚先生からの業務連絡。どうやら撮影が押して今から通し稽古に入るらしい。本番には間に合いそうですか?というメッセージに答えて、送信。
【スターマイン】では長丁場の演目が予定されているし、これから向かっても通し稽古には合流できるだろう。

「今度のライブ頑張ってね。応援してる」
「どうも。でも、夢ノ咲で贔屓にしてるユニットがいるんでしょ、鹿矢さん。『インターン』外で俺らを応援しようもんならそれこそ『浮気』になっちまいますよぉ?俺らとしては大歓迎ですけど」
「応援はともかく『浮気』するつもりは全然ないけど……そう言ってもらえるのは純粋に嬉しいよ。ありがとね」
「……あんたも大概緩いですよねぇ」

でもまぁ、気持ちは受け取っておきます、と頬を緩める漣くんは少し嬉しそうだ。
対して巴は――嬉しいんだか寂しいんだか複雑そうな表情を浮かべている……ように見える。
少し霞んで見えるのは陽炎的なもので……じわじわと身体を蒸している、暑さのせいだろう。

「ジュンくん、いつの間に鹿矢と仲良くなったの?きみたちが仲良くしているのはべつに悪い気はしないけどね……?」
「『インターン』の時、悠々自適に過ごして俺らに雑用押し付けてたのはあんたでしょうが。お陰様ですっかり仲良しです」

ねぇ、鹿矢さん?とぐわんぐわんと歪んでいく漣くんの声に頷いて、息を吸う。
…………なんか不味い気がする。はやく、移動しないと。

「……ご、ごめん。私、せっかくだけどもう行かないと。此処も日陰だけど暑いし、早く会場入りなね」
「ああ、引き止めてごめんね。鹿矢は今から移動するんだったね?もうお別れなのは名残惜しいけれど、また連絡するね」
「うん、」

私も連絡するよ、と笑って急足で日向へと踏み出す。――ううん、きちんとそう言って、踏み出したはずだったのだけれど。駐車場へ、向かっているつもりなのだけれど。
おかしなことに、地面との距離が短くなっていく。

「……鹿矢?」

ずきん、ずきん、と頭が締められていくみたいな感覚と胃がごちゃごちゃに混ぜられていく気持ち悪さが降りかかってきて――やばい。やばい。だめだ、このままじゃ倒れてしまうのに。そう分かっているのに、ぐるぐるしてて踏ん張れそうにない。手も、つけそうにない。




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