#33
夜空に輝く大輪を彩る、輝かしい星たちを映すそのひとの背中は相変わらず頼もしい。
『妻瀬はお前の先輩みたいなもんだ。でも、あんまり真似はするなよ?』
むしろ反面教師にしたほうが良い、と――転入当初『広報準備室』について聞いたとき、佐賀美先生はなんとも言えない表情をしていたっけ。
椚先生に至ってはあれは本当に問題児ですよ、と深くため息をつきながらも仕事面だけは参考にするようにと言っていた。
見た目や雰囲気に反してかつてはかなりやんちゃをしていたらしい。まったく想像がつかないけど。
先輩の評判は様々だった。
親交の深いという朔間先輩曰く“まじめ”で勤勉、多くの修羅場を潜ってきた頼れる友人。
贔屓にしている『Knights』の面々(瀬名先輩をのぞく)曰く、働き者で『Knights』が大好きな瀬名先輩の秘書。
ライブやイベントの依頼元の――所謂取引先の人たちからは活発で、気立のいい女の子。あまり交流の無い生徒からは少し近寄り難い『広報』さん。
春からいくつもの現場を共にした私の感覚はどちらかというと朔間先輩の評したものに近く、恐らくは距離感だとかが関係しているのだと思う。
それも【サマーライブ】で少し形を変えたけれど大きく変化したわけではない。
【サマーライブ】は『SS』へ向けての前哨戦。
夢ノ咲学院の代表である『Trickstar』を広報としてサポートする、というのが本来の先輩の立場だっただろう。
しかしながら、鹿矢先輩はかねてからアプローチされていたというコズミックプロダクションのインターン生として、ホームであるはずの夢ノ咲学院を蹂躙する役を演じた。
……本意だったかは分からない。『インターン』の件で先生たちの間で不穏な空気が流れていたのも知っている。一本取られてしまった、という悔しさもあった。
それでも、迷いを微塵も纏わずに全うした姿は堂々としていて格好良いとすら思ったものだ。
「お疲れ様、あんずちゃん」
「お疲れ様です。撮影、もういいんですか?」
「一旦放送委員の子に任せてきた」
椚先生が席を外したところで入れ替わるようにやってきた鹿矢先輩は、若干の疲労を見せつつも満足気味に息を吐く。
――大好きな『Knights』のライブを観た後に決まって見せるその表情が、好きだった。
どんなアイドルも好きだという風だけど、群を抜いて幸福そうにみえるから。
この夏は『Knights』以外のサポートも多くこなしてきた先輩も、やはり彼らのそばが一番しっくりくる。
「『Knights』も『Trickstar』も良い調子だね」
「はい」
【スターマイン】の演目も中盤に差し掛かり、任せても良いと判断したのだろう。
この夏から卒業へ向けて放送委員へ広報活動の一部を移管していくのは知っていたけれど、ライブの最中に先輩がそばにいるというのは新鮮だ。
「……さっき先生が言ってたこと、あんまり気負わないでね。ていうか、私はべつに愛されるためにご機嫌とりながら仕事をしても良いんじゃないかな〜と思うんだよね……」
こんなこと言ったらゲンコツが飛んできそうだけど、と先輩は薄ら笑いを浮かべている。
どうやらライブが始まる直前の話は先輩の耳にも届いていたらしい。
「だって嫌われるのって疲れるし、しんどいじゃない。相手のためを想って嫌われたとしても結局自分が潰れたら意味がないしね。……どれもこれもひとつの選択肢に過ぎない。必ずしも先生が言ってることが正しいとは限らないでしょ。適度に、ハイブリッドでいいのよ」
ハンカチで汗を拭いながらちょっぴり毒付いてみせた先輩は悪い顔をしている。
要は最高の仕事をすれば良い。未来につながるのなら尚よし。結果さえ出せば見えない部分はせめて自由で、自分勝手でいいのだと。……今日の先輩はなんだか饒舌だ。
なるほど、椚先生のため息の理由も分かった気がする。“まじめ”とか言われているけれど、だいぶ大雑把で破天荒な気質なのだ。
私の前では比較的堂々と、キリッとしている先輩の垣間見えた意外な一面に思わず頬が緩む。今までのものはたぶん、鹿矢先輩なりの理想の『先輩像』だったのだろう。
「……ああ、あとこれ。綺麗だと思って撮ったんだけど。隠し撮り〜って瀬名とかに言われそうだから、みんなには内緒で」
「これは……」
「夢ノ咲学院御一行のオフショット。現像したらあげるね」
差し出されたデジタルカメラの液晶には、ステージの記録ではなく――『Trickstar』や『Knights』の面々と言葉を交わす私の姿が映し出されている。
みんながフレームの中に綺麗に収まっていて、まるでドラマのワンシーンを見ているみたいだ。ほんの少し前の、通し稽古の最中の光景ということもすぐにわかった。
きっとこんな場面だけじゃなかったのに。
ギスギスした空気は少なからずあったし、先輩が合流してからも瀬名先輩は不調で遊木くんの表情も決して楽しげなものではなかった。
でも。先輩はそんな隙間の、美しいものを上手に切り取って、間違ってないよって――私を肯定してくれているのだろう。
「……厳しい言葉で落ち込んだり迷ったりすることもあるだろうけど。ステージだけじゃなくて、こういうなんでもない日常もいつかの活力になるから……楽しみながら、あんずちゃんらしく進んでね」
先輩の辿ってきた二年間を私は知らない。
けれど、辛いことだけではなかったのだろう。きっと“そういう”ものを糧に鹿矢先輩は生きているのだ。
応えるように強く頷けば、先輩はほんの一瞬だけ少しの憂いを帯びながらも嬉しそうに瞼を伏せる。
そしてにこりと得意げに笑って、いつもの調子でお決まりの台詞を紡ぐ。
「これからも『Knights』をよろしくね、『プロデューサー』さん」
「ふふっ、はい。こちらこそ――」
笑い合ったと同時に大輪の花が咲く。
歌が、花火の落ちていく音が、夏の海に溶けていく。
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