#34
『インターン』パート2を無事終えて、帰還。
蒸し暑さをくぐり抜けるように闊歩して、漂う晩ご飯の匂いに羨望を覚えながらもエレベーターへと乗り込む。あ、郵便ポスト見るの忘れてた。まぁ明日でいいか。
電気代が嵩むけど冷房付けてくればよかった、とタオルで汗を拭って家の前。
帰るまでが遠足だとか言うけれど帰るまでがインターン、みたいな心地だったのでようやく落ち着けそう。
今回のレポートは夏休み明けでいいと言われているし、今日はキッチンに立つ気も起きないのでデリバリーでもしてカロリーをお腹に溜め込んでやると決意したのだ。空はまだまだ夕方の色合いで、夏だなぁと思いながら鍵を開ける。
「……ん、んん……?」
扉を開けて真っ先に目についたのはきちんと揃えられたよく目に馴染む靴たち。
そして聞こえてくるのはコトコトと何かを煮込む音。……生姜の良い香りが玄関まで漂っている。匂いだけでも美味しそう。………………いやいや。な、なんで。私、凛月に合鍵とか渡してたっけ――と近づく足音に顔を上げれば紺色のエプロンを身に纏った人物が一人。母のように、ううん、あたかも家主であるかのようにそのひとは私を出迎えた。
「……おかえり。晩御飯、できてるよ」
「……た、ただいま。お母さん……」
「妻瀬の親になった覚えはないんだけどぉ?」
さっさと手洗ってきなよ、と私のカバンをひょいと持ち上げた瀬名はそこまで長くない廊下を歩いて部屋へ戻っていく。
なんだか、熱のときにみる夢みたいだ。
***
「ったく。連絡くらいマメにとりなよねぇ……心配してたよ」
曰く。瀬名はなかなか連絡をよこさない私に痺れを切らした母からの勅命を受けて部屋で待ってくれたのだという。というか、いざというときのために合鍵を渡していたらしい。そういうの事前に言っておいてほしい。
……あのひとが偶然仕事で夢ノ咲に訪れて街を案内をしている最中に鉢合わせた時なんか、キラキラオーラを放ちながら気心の知れた友人です!みたいな面をして話も弾んでいたので、私の知らないところで交流を深めていることはなんとなく予感していたけれど。
「瀬名、私より頻繁に連絡取ってるでしょ〜。うう、メッセージ見たくない……」
「あんたが連絡返さないから俺に連絡がくるの。忙しくても返事くらいしてあげたら」
「返事はしてるよ三日おきくらいに……あ〜……スープおいしい。白米も最高〜……」
「そ。俺が作ったんだから美味しいのは当たり前だけどねぇ?おかわりはあるからゆっくり食べなよ」
相変わらずの小言はともかく、まさか瀬名に料理を振る舞ってもらえる日が来るだなんて思ってもみなかった。
善行を多く積んだわけでもないがちょっと報われた気分で顔が緩みっぱなしな気がする。
私のためにと作ってくれたご飯を食べるのは格別である。
――【スターマイン】の帰り道。
あれだけ盛大に遅刻してしまえば事情を説明しないというのも不義理だろうと、帰途につく際『インターン』が長引いたうえ体調を崩してしまったので少し休んでいたのだと話をした。
懸念していた椚先生や瀬名からのお説教は私の体調のこともあり軽め。心配をかけておいてだけど、反省会の流れでさりげなく言ったのは我ながらグッドタイミングだったと思う。良い感じに有耶無耶にできたと思うし――というのは冗談で。
「(……心配かけたことくらいわかってる)」
過信して失敗して、というのは私の最悪な得意技。それをきっかけに沈んで悪い方向へ走ってしまうのもよく自覚している。
コズプロの件で定型のルートを辿ろうとしていたことはまだ伝えていないのだけれど、付き合いの長い二人だ。なんとなく察知して、私のもとを訪れてくれたのだろう。本当に反省しなくては。
内容も何もかも違うけれど、去年の夏から秋にかけてもキャパオーバー気味だった。
私にとってあまり調子の良い季節ではないのかもしれない、と明日の天気を垂れ流し始めたテレビを観ながら咀嚼する。
疲労の蓄積された身体に野菜スープの味がじんわり沁みて幸せだ。
「鹿矢。お米ついてる」
「まじか」
隣で黙々と“瀬名ごはん”を頬張っていた凛月――当たり前のように隣に座っているがどうも瀬名が誘ったらしい――はこちらを向いたと思えば私の頬に付いていた米粒を取って口に運ぶ。ちょっと恥ずかしい。
「そんなにいそがなくたってご飯は逃げないよ。セッちゃん、鹿矢のためにって気合入れてたくさん作ってたから」
「……ふふ。そうなんだ」
「あぁもう……余計なこと言わないで。また倒れられても面倒ってだけだからねぇ?」
「素直じゃないなぁセッちゃんは」
「ねー」
「妻瀬も乗らないの」
所詮一人暮らし用のテーブル。三人で夕食を囲むには狭いからと瀬名は味見も兼ねて先に食べたらしく、持参したミネラルウォーターを飲みながら私の部屋をじっくり眺めている。
あまり片付けていないから見ないで欲しいけど。とくにメモやら資料で混沌としている机の上とか。
「……妻瀬、机周りとか“きちんと”してると思ってたけど……けっこう雑なんだねぇ」
「あはは。同じこと凛月にも言われた」
「あ〜、なんか言った気がする。ていうかふだんの鹿矢を見てたら誰でも抱く感想だと思うけど」
「同感。……まったく、誰かさんの部屋を思い出すよ」
てっきり片付けろとかちゃんとしてないことを口うるさく言われると思ったのだけれど。
瀬名は呆れ気味にそんなところまで似なくてもいいのにねぇと溢して、この話は終わりと言わんばかりに腰を上げてキッチンへと向かう。
「……妻瀬、くまくん。おかわりは?」
「ほしい!」
「じゃあ俺も〜」
「はいはい。お皿持ってきな」
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