#05



『S1』まで一週間を切り、『Trickstar』はユニット練習の期間に突入する。

朔間さんのバックアップはここまでらしい。
防音レッスン室を一週間予約しておいてほしいと頼まれた時はついに『UNDEAD』の特訓でもするのかと思ったけれど。
どうやら『Trickstar』への餞別なのだという。決して安い金額ではないのに。さすが朔間さん、太っ腹である。

彼らは一週間という短い期間で『Trickstar』という一品料理を仕上げなければならない。
衣更くんも合流したようなので、此処から本腰を入れることになるのだろう。

「ところであんずちゃんは裁縫キット?を持ってどうしたの?」
「……実は、鬼龍先輩に裁縫を教えてもらえることになったんです。今日はその約束をしていて」
「え、鬼龍に!?」
「あっ。鹿矢先輩、大声は」
「ご、ごめんごめん」

聞けばあんずちゃんは『紅月』の鬼龍と転校初日に出会っており、巡り巡って教鞭を取ってもらえることになったらしい。
正直どういう巡り合わせかは分からないけど、『Trickstar』にとって有益なものには違いない。
内緒話をするくらいの大きさにボリュームを落として、私は納得するみたいに声をこぼす。

生徒会は独自の情報網をもっているから、会話の一つにも気を配る必要がある。
世間話はともかく……革命に関する話が漏れてしまうのは褒められた話ではない。
『Trickstar』やあんずちゃんが叛逆分子として怪しまれるのは避けるべき状況だ。

まあ“不穏な動きがある”くらいの噂話は生徒会の――蓮巳の耳に入ってはいるのだろうが。
動きはないし、現段階では警戒するレベルでもないとの見立てなのだと思う。
やはり『S1』は、生徒会に一泡吹かせる絶好のチャンスなのだ。

「ユニット衣装、自分で作るんだね」
「はい。お金も無いし、買うよりは安価になるので。……みんなも頑張ってるから。私も負けてられません」

そんな好機に転校してきたあんずちゃんと運命のように出会った『Trickstar』は、物語の主人公みたいだ。
熱を帯びた瞳で静かに闘志を燃やす彼女に、思わず笑みが溢れる。

「『Trickstar』は心強いね。あんずちゃんみたいな『プロデューサー』がついてるんだもん」
「い、いえ!先輩方のお力添えあってのことですから」
「……期待してるから、力を貸してるんだよ。だから頑張ってね。色々大変だとは思うけど」

朔間さんも、あの鬼龍でさえも――みんな学院がこのままで良いとは思っていないのだ。
ゆえに『Trickstar』に力を貸している。
身勝手に期待をしている。
夢も希望も消えてしまいかけているこの学院に、ひと筋の光が差したのだから。

「でも無理だけはしないようにね。仮に入院でもしたら何も出来ないから」
「肝に銘じておきます。……でも今回は、それくらいしないとだめかもしれないですけど」

どの口で言うんだって怒られそうではあるけど、経験者は語るというか。先輩が後輩を心配するのは当然だ。
まあ、目の下にすっかりクマを作ってしまっている彼女に言ってもきっと無駄なんだろう。
衣更くんや遊木くんもどうやら泊まり込みで練習をするらしいし。みんな、命を削って戦いに挑もうとしている。
今回は出来る限り彼女たちをサポートしよう。
衣装作りは手伝えないけど、雑用ならば慣れたものだから。

それに。これは確信に近い何かなのだけれど、彼女は勝利の女神さまになれる。
『Trickstar』を――いや、もしかすると夢ノ咲学院自体を引っ張ることのできる存在に。
大物との縁といい、努力をする様といい、その資質を感じるのだ。
……報われてほしいと、勝手に願っている。



***



――夕刻、夢ノ咲学院内スタジオ。
『Knights』の根城にて。

「……疲れた。誰かいる?もう帰る頃だろうけど……」

しん、と静まり返ったスタジオ内に虚しく響いた声に脱力する。
瀬名のカバンは残されているので、彼はまだ帰っていないのだろうけど。
隅から聞こえてくる寝息は返答ではない。

「……風邪引くよ。凛月」

珍しくスタジオで、何も羽織らずに眠っている凛月に自分のブレザーをかけて椅子にどっかりと座る。
ひと息吐こうと――ついでに先日瀬名の言っていた“新入り”候補くんに挨拶をできればと――立ち寄ったのだが、どうやらお目当ての子はとっくに帰ってしまっているようだった。

すっかり熱を失ってしまったホットココアを開けて、癖のようにノートパソコンを起動する。頭よりも先に身体が仕事をしろと言っているみたいだ。余計なお世話なのに。
そういえば最近は自分の仕事以外の外部講習や『Trickstar』のサポートに忙殺されてプライベートな時間を作れていない。最後に私服を着て出かけた記憶ははるか遠くだ。

だから落ち着かない日常のなかで、一息つける場所というのは貴重で。
私にとっては夢ノ咲学院での時間の多くをともにした『Knights』のお膝元こそがそれにあたる。
……なんだか今は仕事をこなせる気がしないし、一回寝よう。そうしよう。

パソコンをカバンの上に放って、音楽でも聞きながら眠ろうと端末にイヤホンを接続して。
ランダムで曲を流せば、再生されたのは題目すらも無いインストで――うわあ、と声を溢しそうになる。
作曲のいろはを月永に教えてもらったときに初めて作った、自分の曲だ。

ちぐはぐに奏でられるピアノ音に、鼻歌まじりのメロディが遠くに聞こえる。
詞は無い。誰のためでも無い。
まだ私は何かを為せると思い込んでいたときの愚かしいくらいに揚々とした歌は、聞いてられない。

「(……何を思って作ったんだか)」

机に伏せて仕方なくそれに耳を傾ける。
春は眠いのだから、眠ってしまっても仕方ないだろう。



***



「……鹿矢」
「ん……」

優しく名前を呼ばれて、微睡から引き上げられて。薄闇の中に深紅の瞳が見えてはっとする。
少しだけ眠るつもりがすっかり寝入ってしまっていたようだ。

「おはよ……」
「おはよう、鹿矢。随分寝てたねぇ」
「うん……、」

外はもう真っ暗で、ということは、凛月が元気な時間だ。彼にかけたはずのブレザーはいつの間にか私の肩にかかっている。
凛月が起きて、かけてくれたのだろう。
カバンの上に放置してしまったPCもご丁寧に閉じられている。

「セッちゃんのこと待ってた?起きないから、もう帰っちゃったよ」
「あーいや、“新入り”候補くんに挨拶しようかなって。もう居なかったから、休憩がてらうとうとしてたら寝ちゃった」
「……ふぅん。最近大変なの?」
「まあ色々と。明日も午前は外部講習だし」
「へぇ。鹿矢、なんだか最近よく外に行くようになったもんねぇ」
「そうだね。色んな制度が生まれたてだった去年と比べれば……復帰してから生徒会っていうか、蓮巳が色々と気を利かせてくれてるみたいだし」

嬉しいような、複雑なような心地だ。
春からはとくに、外部講習や職場体験のように――学院を離れる機会が増えた気がする。
知識を得られる機会を設けてくれるのは嬉しいが、学院から離れている時間が増えるのは寂しい。

「(……あ。しまった)」

昨年度のことを口にすると凛月があまりいい顔をしないことを失念していた。
視線をやれば、やはり表情を曇らせている。

「さ、さて、最近ご無沙汰だったし。掃除でもしようかなー」
「……鹿矢って」
「うん?」
「ほんっと。人の気も知らないで……」

まあ、私も無理な話題転換だったとは思うけど。
凛月はわざとらしく大きなため息を吐いて、私をじとりと睨む。

「あはは、その節はどうも……」
「あんなの、もう二度とごめんだからね」
「分かってるよ。大丈夫」

埃をとって、汚れを拭いて消臭も忘れずに。
根城にしているとはいえ、使用した人が掃除をするのが一応の決まりなのでたまにこうして清掃をしなければならない。……今する必要はあまりないし、話題を逸らすために清掃具を手に取ったのだけど。
始めたものは仕方がない。さっさと終わらせてしまおう。

私が鼻歌を歌いながら掃除をする傍ら、凛月は椅子に座って私を眺めつつ机に伏せている。
先ほどまでの自分を俯瞰しているみたいだ。

「鹿矢〜。今のとこ、半音違う」

凛月はまだ寝足りないのだろうか。なんて思っていれば手痛い指摘がびしりと入る。
きちんと聞いてたんかい、と若干恥ずかしい心地である。

「たかが鼻歌なのに……」
「俺たちの歌なんだから鼻歌だって厳しいよ〜?この調子じゃあ、鹿矢はアイドルにはなれそうにないねぇ」
「アイドル目指してないし!」

残念ながら、近くにレベルの高いアイドルが居るからといって、自分の能力値も上がるみたいな……パーティに属しているからといって経験値が振り分けられるような、ゲームじみた世界ではない。
日頃からボイストレーニングやダンスレッスンをしているわけでもないし、ましてやプロを目指すわけでもないのだけれど、歌うのは結構好きなほうだ。
上手くなりたいかと言われれば、まあなりたい。プロを目指すのかと言われるとそれは違う気がするが。

「仕方ないなぁ。一度歌ってあげるから、きちんと覚えてね。今度音を外したら罰ゲームだから」
「罰ゲーム?!理不尽なんですけど!」
「ふふふ、精々頑張って♪」

――常闇の時間はまだまだ始まったばかり。
かつて『王さま』の編んだ旋律は凛月の声に乗って、音を運んでいく。
私は必死にそれを記憶して、辿ってみるけれどやっぱりどこかズレているように思う。

途中から、訂正するみたいに凛月の澄んだ歌声が重なっていく。
なるほど、と私はそれに倣ってテンポだとか音程を取り戻して歌に浸っていく。
凛月も少しだけ満足そうな表情をしているので、及第点は取れたのだろうか。
……音を外さずに歌えるのは心地が良い。
この音だ、と決められただけあって自分の発している声だというのに綺麗に感じる。やっぱり、月永の音楽はすごい。




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