#39




事情を聞けば、朔間さんと日々樹くんは近頃登校していない深海くんを心配して様子を見に水族館を訪れたらしい。
先に彼の様子を探るための先遣隊、もとい朔間さんの代理で先行して水族館へ向かっていた三毛縞くんからの連絡もあり、自らも足を運ぶことになったのだという。

「おやおや?控え室が無人だと思ったら、もうすでにライブが始まってるみたいですね!奏汰〜、相変わらず素晴らしい歌声です……☆」
「いや、まだ本番前のリハーサルではないかえ。衣装に着替えてもおらんようじゃし……。まぁ、突発的なライブっぽいので用意しとる暇がなかったのかもしらんが」

予定なんて無かったから、なんとなく。
流れのままに二人にふらふらと着いてきたわけだけど――なにがどうなったのか、私たちはイルカショーやらが行われるプールサイドを歩いている。

「……半信半疑だったけど本当に此処でライブするんだね」
「あんまり聞き馴染みはないですけど、ショーをするだけあって音響設備とかもありますもんね〜。イルカとアイドルのコラボレーションって広報的にどうなんです?」
「夏らしくて良いと思います」
「おぉ、好感触♪」

まあ、残暑ではあるけれど。……そういえばもうすぐ夏も終わるのか、季節の巡りは早い。
出かける機会があるかは定かではないがカーディガンやら秋物の服を用意する頃合いだろう。

揺れる水面に映るワンピース姿の私を臨む。
お世辞だろうが、褒めてもらったこの服を着るのもあと片手で数える程度しかないのは寂しい。
ううん、次に日の目を見るのは来年かもしれないし、ひょっとしたらもう二度と来ないかもしれない。なんて、大袈裟だけど。


プールサイドには深海くんの優しく清らかな歌声が響いている。
──道中で遭遇したひなたくんと春川くん曰く、どうやら深海くんたちはイルカショーとミックスしたライブに出演するらしく、朔間さんの言う通りリハーサルの最中なのだろう。
挨拶だけでも、と足を進めた私たちを視界にとらえた深海くんは目を丸くして旧友の名を呟いた。

「れい。わたる……。それにれいの『もとかの』さんまで……。どうしたんですか、そろいもそろって?めずらしいですね〜?」

校内で集う様子も見なくなって久しい五奇人のうち半数以上が揃ったわけなので、深海くんの反応は当然ではある。が、元の噂すら知らないだろう後輩たちが居る手前その呼び方はやめてほしい。
元カノ?妻瀬先輩が?と案の定漏れ出た困惑の声(ひなたくん)には触れてくれるな、と効くかもわからないオーラをとりあえず放っておく。

どんな視線を向けられようが何を言われようが毅然としていれば案外どうにかなるものでは、ある。
夢ノ咲学院での生活を通じて学び得たことのひとつで──葵兄弟や司くんはともかく、そんな姿勢が染み付いているせいで後輩周りに若干怖がられているのは否めないが。

「いやいや、『どうしたんですか』じゃなかろう。おぬしが心配で、わざわざ老骨に鞭打って遠路はるばる足を運んだんじゃろうが」
「そうですか……。ほんとうに、ぼくは『はんせい』しなくちゃ『だめ』ですね」
「うむ。まぁ気に病む必要はないがのう、我らも好きで動いておるだけじゃから。べつに迷惑を被ったわけでもないしのう。単なる巡りあわせじゃ、この子らなどはたまたま遊びにきただけのようじゃし」
「はい!今日は楽しい一日です!たくさんたくさん、新しいものが見られたな〜♪」

ライブに出演する『臨時ユニット』のメンバーは、深海くん、羽風、神崎くん──海洋生物部の面子に加えて三毛縞くんの計四名。
所属するユニットの色は違えどそれぞれ独特な華やかさを持っているからステージも映えることだろう。その点は、心配ないのだけれど。
異色なステージをプロデュースする張本人、もといあんずちゃんは隅で落ち込んでいる様子が見て取れる。
ひなたくんもそんなあんずちゃんを目に留めたのか、窺うように言葉を溢した。

「あのう、なぜか見た感じあんずさんが隅っこのほうで『しょんぼり』してるんですけど……。どうしたんですか、あのひと?」

……水も滴っているあたりイルカのジャンプで水飛沫を全身に浴びでもしたのだろうか。それにしては悲壮感が漂っているけれど。

「何かライブの人手とか宣伝とか足りないようだったら、やっぱり俺らもお手伝いしましょうか?あんずさんが元気ないってことは、絶対に仕事絡みにちがいないし――あ、ほら!せっかく本職の妻瀬先輩も居ることですし?」
「もちろん私でよければ手伝うよ。最低限の仕事道具は持ち歩いてるし何なりと」
「さっすが先輩〜!デートより仕事を優先させるなんて泣けるなあ……じゃなくって、頼りになる〜♪」
「あはは。デートではないですが」

え〜ほんとに?元カノなのに?とニヤニヤと疑いの眼差しを向けてくるひなたくんを適当にあしらっていると、まるで孫が戯れあっているかのように微笑む朔間さんと目が合う。他人事みたいに楽しまないでほしい。ニコ、じゃないんですよ。そもそも元カレ元カノがデートってシチュエーションがおかしいでしょうが。そこに気付け、ひなた少年。
……深海くんの色々と誤解を生みかねない呼び方は『こうほう』さんにでも変えてもらうよう申請しなければ。

「ははは。大丈夫大丈夫、ライブについては万全だぞお。君たちはお客さんとして、のんびり楽しんでくれたらいい。もちろん、鹿矢さんも今日は観客として楽しんでくれて構わないぞお」

一連の話を黙って聞いていた三毛縞くんは満を辞して口を開く。
そしてさらりと私たちの申し出を断れば、朔間さんと神崎くんを筆頭とする呆れ気味な視線を集めた。

「いや、三毛縞くん……。どうしてライブをすることになってるのかが、まずわからんのじゃけど。何でもお祭り騒ぎにしちゃうの、おぬしの悪い癖じゃぞ?」
「うむ。たぶん、三毛縞殿以外の誰も状況についていけておらぬ。何の説明もされないまま、我らも引きずり回されておってな」
「お粗末!説明不足を責められたら返す言葉もないが、まあ今は俺を信じてついてきてほしい!」

快活に、自信満々に笑う彼は構わないとか言いながらも半ば強制的に自分の意見を押し通すつもりなのだろう。困りはしないのでしゃしゃり出ることはしないが、手のひらの上のようでむず痒い。

それでも。前夜祭、学院祭と裏方業務やらあれそれの陣頭指揮を担っていた三毛縞くんならば上手くやるに違いないし、本職がアイドルとはいえ器用さや顔の広さはよく知っているので、『大丈夫』だの『上首尾に終わる』だのは説得力がある。


三毛縞くんは月永の、仲の良い友人のひとりだ。
月永が頑なに説明を拒んでいた骨折の子細を瀬名に告げたのも彼だった。
気が合うとかなんとかで、友人になったとかで──【チェックメイト】では『Knights』の助っ人としてステージに立ってくれた。
以降付き合いがあったのかどうかは知らないが、秋には海外に居ながらも深海くんや守沢を心配して電話をかけてきたくらいだ。
月永の話していた限りの人物像と私の知り得る彼の情深さを考えれば、そう簡単に縁を切るような人間には思えない。なので、今も恐らくは友人なのだろう。

朔間さんの後継を名乗るだけあってかなりの実力者で、情報通。『MaM』やかつて所属していた『流星隊』での活動含めなんでもそつなくこなす印象があった。
というかそもそもクラスメイトだし、月永だけでなくもちろん現『流星隊』の深海くんや守沢とも縁がある。なるくんは同じ部活だしあんずちゃんに至っては幼馴染なんだとか。
そんな具合に周囲も含めて悉く関わりのある人物ではあるけど、決して多くの言葉を交わしたことはない。一言聞きさえすれば月永の様子だって何か知れるかもしれないのに。

「(……でも。瀬名にすら何も言わないってことは。……『大丈夫』じゃ、ないんでしょ)」

【DDD】の前に、『Knights』のリーダーである彼の判子をもらうために月永の家を訪れたと言っていた瀬名からは──それ以降、近況を聞いていない。
三毛縞くんも瀬名も知っていて話してくれないのか、何も知らないのかは分からないが。

「(………まぁ今聞くことじゃない。なら、いつがタイミングなんだ〜って話だけど)」

例えば。ぽん、と『答え』を口に出されたところで咀嚼することはきっとできないから。
聞いて、それで君はどうするつもりなんだと言われてしまったら、言葉に詰まってしまうから。

『聞かない』理由を探して何十回目、今日も私は口を閉ざして、視線を逸らす。
彼を通して月永を彷彿とさせてしまう前に。





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