#42




はっきりと輪郭を保った月永が、司くんと向き合ってステージに立っている。
試すように――いつの日かの別れすら彷彿とさせる色を纏いながら『Knights』を斃さんと対峙する。
瀬名が守って、凛月やなるくんが集って、司くんが焦がれ追いかけた『Knights』をどっしりと構えて見据えている。

約束の終着点はきっともうすぐ。
……たとえその時が来ても。存在意義を失うとしても。私はようやく期待されて求められたことを為せたのだ。
幸福感と充足感が脳を満たしていく。
目の前の景色を身体中に焼き付けて、決して忘れ去ることのないように青春の色を更新する。

心からの祝福を。
大好きな貴方の帰還に、精一杯の花束を。




***




「皆さま!早く早くっ、Hurry-up!緊急事態です……!」

夏と秋の狭間。
曖昧な季節の変わり目は、事前告知も無く何食わぬ顔で思わぬ知らせを連れてやって来た。

予定では『Knights』の活動はお休み。
広報業務の引き継ぎが順調に進んでいることもあり、『プロデューサー』のお手伝いもとい『ユニット』の巡回にでも行こうとしていたところに突如招集を受け――やや興奮気味な司くんにずりずりと引き摺られていく凛月の肩を持ちながらたどり着いた先に在ったのは、久しく目にしていなかった友人の姿。
かねてよりリーダー不在を気に掛けていた司くんがあんずちゃんに捜索を依頼して、見つけたので連れてきた、という具合らしい。

「…………月永」

ぽつんと呟いた言葉は賑やかな場のなかでも耳に届いたようで、ぴくりとオレンジ色の触角が揺れた。

黄緑色の、ビー玉のように綺麗な瞳。
夏を凝縮したオレンジ色の髪の毛。
何度も夢に見た、月永レオ、そのひと。

最後に見た時よりもいくらか生気を取り戻した様子の彼の視線が私を捉える。
すると嬉しそうにこちらへと駆け寄ってきて――その光景はあまりにも現実離れしていて、声が出ない。

「――おおっ、鹿矢だっ!鹿矢もいる!おまえ相変わらず顔面蒼白だな!よく顔を見せてくれっ」
「あ――えっ、ちょ、近っ」
「うん?おれたちの仲じゃん、いまさら恥ずかしがることないだろ〜?あれっ、ちょっと痩せたか?」
「ぐえっ」

困惑と動揺が脳内の大半を占めていてほぼ擬音しか発せていないままにも、月永はペンを片手に私をぎゅうぎゅうと抱擁して、楽しげに笑っている――みたいだ。

耳のそばで聞こえた声に、ようやくこれは夢ではないのだと実感する。
いや、久しぶりのわりに滅茶苦茶失礼なことを言われている気もするしさすが高校生男子の腕力、正直苦しいんだけど――なによりも嬉しさが優って、懐かしくって――大したリアクションも出来ずされるがままになっていると、見るに見かねたらしい凛月がやれやれと口を開いた。

「ちょっと『王さま』、鹿矢が潰れちゃうからそんなに圧縮しないで〜……。最近ようやく回復してきたところなんだから」
「回復……?もしかしてまた怪我させられたのか?どこのどいつだっ、今度こそおれが成敗してやる!がるるる……」
「はい、隙あり〜♪」
「ぎゃっ!リッツに取られた!」
「回収回収っと。お〜い鹿矢、生きてる〜?」
「あ、ありがと〜……。一瞬走馬灯が見えた」
「ったく。何してんだか」

瀬名はそんな私たちの様子を呆れ顔で見つめながら腕を組んでいる。
ただ、その表情は厳しいものではなくどこか安心したように柔らかだ。


──正気を取り戻して辺りを見渡せば、恐らくは私たちが訪れる数刻の間にスタジオは月永の楽譜と化していたようだった。
あんずちゃんが床や壁に描かれた音符を呆然と眺めながら途方に暮れていたのもそのせいだろう、なにしろ彼は奇人の多い夢ノ咲学院の中でも選りすぐりの『天才』で、彼女の接してきたアイドルたちとはまた一癖違う。

とはいえ此処まで連れてきたということは少なからずコミュニケーションをとれた証拠で、つくづく『プロデューサー』の手腕には感服する。
当の連れてこられた本人は作曲に夢中のあまり、今の今まで夢ノ咲学院に来た理由を忘れてしまっていたようだが。

「思い出した!おまえら、明日ライブやるから!『Knights』でっ♪」
「はぁ?何を勝手なこと言ってんの、急に戻ってきてライブとかさぁ?」
「いや、あんずが仕事とってきてくれたんだよ!おれがいない間に、夢ノ咲学院で何が起きてたのか教えてくれる見返りになっ?」

突発的な仕事はこの夢ノ咲学院では日常茶飯事ではあるものの、思わず声を上げた瀬名には同情する。

……夢ノ咲学院で起きた出来事を聞いたということはつまり、『Knights』と『Trickstar』の因縁や天祥院が革命に倒れたこともあらかた知っている、ということだろうか。
心境は彼のみぞ知るところだが若干胃が痛い。

「おれは教えなくても、妄想で補うからいいって言ったのに〜?勝手にぺらぺら喋るからさ、聞いちゃったからさ!その恩義は踏み倒せないでしょ、楽しそうだしっ⭐︎」

──けれど。
勝手に話を聞かせられただけなのに恩義を感じてしまったのもまた月永らしいな、と思わず笑みが溢れてしまう。

まあ、急遽決まった仕事だとしても。
『Knights』にとって決して難しい話ではない。マイペースな人間の集まりではあるけれど、仕事に関しては臨機応変に対応できるプロフェッショナルたちなのだから。
成長途中の司くんも春に比べれば彼自身の努力もあってかなりレベルアップしているし、なにより月永の曲と『Knights』が揃っていれば無敵だろう。とか多少浮かれ過ぎな気もするが。

「待ってて!曲はいま書いてるからっ、明日には間に合うから!メロディはもうできてるからっ、そこの新入りっぽいやつも不確定要素になって面白い曲ができるから!わはは……⭐︎降りてきた降りてきたっ、霊感(インスピレーション)が!」
「はいはい。お気に召すまま、アタシたちの『王さま』。あなたの用意してくれる曲で……『武器』で、あらゆる敵を討ち滅ぼしましょう♪──とはいえ、食事と睡眠ぐらいとりなさいよォ。ぶっ倒れられても、困っちゃうんだから。あんずちゃん、ちょっと厄介な子だけど面倒見てあげてくれる?」

同級生であり『姉』っぽく振る舞うくらいには仲良しに昇進していたらしいなるくんは、今回の功績もあってあんずちゃんが月永の世話係に適していると託したのだろう。
もちろん、と強く頷いて快諾の意を示すあんずちゃんに満足げに微笑んだなるくんは続けて私へと視線を移す。

先の言葉の一部は自分にも向けられているのは分かっていたけれど。
隣に居た凛月も感じ取ったのか、釘刺されちゃったねぇ、と茶化すように私の頬を突いた。

「う……、今後はより一層、健康第一で仕事に励む所存です……」
「とのことなので、甘やかす係としても一層甘やかす所存です」
「ウフフ。その言葉、信じてるわ。鹿矢ちゃんにはまだまだ現役で、元気に頑張ってもらわなきゃだしねェ?さぁて、これから忙しくなるわよォ……♪」

忙しくなるというわりには楽しげだけれど、声にも溢れ出ている高揚感には共感しかない。

なるくんの考える『Knights』の忙しさのなかに当たり前に居られるのは幸せなことだ。
そんな風に言われたら気合いの一つや二つじゃ済まされないでしょ。……とかひとりでに考えていることも、読まれてしまったのか。私が分かりやすいだけなのか、力を抜けと言わんばかりに瀬名の声が飛んでくる。私からすれば普段の数倍嬉しそうな声色だ。
──でもそれは多分、凛月や私だって同じで。

「ふふふ。久しぶりに……ううん、この面子だと初めて『Knights』が勢揃いするライブになるね〜♪」
「え〜俺はまだライブに出演するなんて承諾してないんだけど?まぁ、仕方ないかなぁ?『王さま』が戻ってきたからには、『Trickstar』や他の連中にデカい顔はさせないよ〜♪」
「当然。これを機に『Knights』の実力を改めて知らしめてやろう。そうと決まれば色々と仕込まないと。腕が鳴る♪」

理由は簡単でひとつだけ。
月永が帰ってきたということだけが、士気を高めている。

「──な、なぜ先輩がたは乗り気なのですか!私、ついていけません!バラバラだった『Knights』が、奇妙な一体感を見せているのは興味深いですが……?」

司くんやあんずちゃんの困惑はもっともなんだけど。それすらも気に留められないほどに、感情は溢れてどこまでも止まらない。

熱の名残はあと数分経てば逃げてしまって、現実味を失っていくのだろう。
夢見心地でソワソワしてしまっているので変な挙動になっているに違いないけれど。敢えて言葉にしておく。

「よかったね、瀬名」
「なにが」
「なんでも」
「はぁ?意味わかんないんだけど」

なんて、身体中から音符飛ばしてるくせによく言うよ。





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