#06
従順な犬にも、いわゆる八方美人にもなりきれなくて、結構中途半端な私はよく夢ノ咲で生きれてこれたなあと思う。
それでも生きているのだから、やるべきことはやるし、後輩の進む道を整える。それが先輩の務めである。
私なりにただ、私のすべきことをするだけ。
「もう講堂に行くの?」
「瀬名」
慌ただしく準備をしていると、教室で『S1』を観戦するらしい彼は悠然と隣の席に座る。
「『広報』も大変だよねぇ?始まるまでまだ一時間半近くあるっていうのにさ」
「ま、まあね……。ほら、音響器具の二重チェックとかもあるし?」
「……ふぅん?」
つい吃ってしまったことを怪しく思われてしまったのか、瀬名は眉を顰めて私をじいっと見つめる。
心臓を引っ掴まれた気分だ。屈するな、と良心から目を背けるように私は口を開く。
「観客の入りも、見ておかないといけないし。今日は『Knights』は出ないけど、今後の参考にもなると思うから」
「妻瀬」
「う、うん?」
「……俺に何か隠してない?」
「……隠してないよ?」
「……なら、いいけどさ」
実際のところ、『広報』だからではなく生徒会の寝首を掻く『奇襲作戦』のためなのだけれど。
放送委員と関わりがあるとはいえ、毎度音響チェックに同席しているわけではなくて、今回は『UNDEAD』や『2wink』の準備の手伝いもあるから、早く会場――講堂へ向かう必要があるのだ。
瀬名に嘘をつくのは心苦しいが、万が一にも作戦を私が漏らすわけにもいかないし、話したところできっといい顔はしないだろう。だから、と言い訳をして。
「じゃあ、行ってくるね」
「あっ。ちょっと、手帳忘れてる!まったく……しっかりしなよねぇ?」
「あ、ありがとう」
ぎゅうぎゅうのカバンに、無理やり手帳を押し込んだ。
***
いよいよ運命の『S1』が幕を開ける。
……といっても、幕が開く前にひと騒ぎ起きる予感。寧ろ、起こす予定であるのだが。
運営を任されている生徒会の名代である蓮巳が、出番の時間を逆算して――ギリギリまで生徒会室に詰めていることは予測の範囲内で、それは朔間さんと共通の認識だったらしい。
飛び入り参戦組である『2wink』と『UNDEAD』の控える舞台袖は黒にネオンにでギラついてるなあと思いながら、機材の最終チェックを放送委員の後輩と行う。
昨年度から委員会のメンバーは一新されて――仁兎が放送委員長に就任して、増えた工程である。
“もうあんな事故が二度と起きないように”と、音響機器には細心の注意を払っているのだ。
「やっほ〜。鹿矢ちゃん、今日も元気に社畜やってる〜?」
準備を終えたらしい羽風がにこにこと笑顔を浮かべてこちらへやってくる。
朔間さんとは対照的な金色の髪がさらりと揺れて、きらきらしている。今日は外部からのファン、すなわち羽風のお目当てである女子も大勢来るだろうから、テンションも高いのだろう。
「見ての通り、元気に社畜やってるよー」
「本当にマメだよね〜。そういう雑用は男どもに任せておけばいいのに」
「あはは、力仕事はさすがに任せてるけどね」
「そうなんだ?あ、今日も俺のカッコいいところ沢山撮ってね〜?」
鹿矢ちゃんの撮る写真、ファンの子たちから評判なんだよ、なんて嬉しい言葉を貰っては腕も鳴るもので。
普段は不真面目な羽風はおそらく朔間さんの口車に乗せられて今日の『S1』に参加することになったのだろうけれど、せめてそのくらいの報酬はあるべきだろうし。
「頑張ってね。応援してるよ」
「うん、ありがと〜!やっぱり女の子からのエールって嬉しいよね」
女の子なら誰でもいいんかい、なんて思いながらも『UNDEAD』と『2wink』の面々を激励して、最後に朔間さんと眴をする。ごくりと息を呑む。
吉と出るか、凶と出るか。――仁兎たちも協力してくれたので、準備は万端だ。放送委員の首領を味方につけられたのは大きい。
まあ、策は考え得る限り講じたのだけれど、すべては始まってみないと分からない。
私は予め確保していた席へ移動して、まだ今から何が起きるかも知らない観客を見渡す。
夢ノ咲学院は男性アイドルに特化した養成学校だから――みんな、アイドルを観ようとお小遣いやお給料から捻り出してチケット代を払って、この講堂に集っている。
これから彼、彼女たちは自分たちが思ってもみなかった歓声を上げることになるだろう。
照明が落とされて、観客の視線は一気にステージに注がれる。
奇襲攻撃の、開始である。
***
『紅月』は、決して努力を怠ってきたわけではない。
少しのミスも無ければパフォーマンスだって群を抜いて素晴らしいし、非の打ち所がないのがその証拠で。
たとえば『Knights』は個々のレベルの高さが売りのひとつではあるのだけれど、『紅月』においては勿論演舞の素晴らしさもあるが――メンバー間の結束力と絆こそが最大の強みだと思う。
生徒会の力だけで成り上がった集団ではないのだ。
【龍王戦】で苦い思いをしたとはいえ、『紅月』である鬼龍は奇襲に真っ先に対応してきたし、神崎くんも蓮巳の元へ向かったのだろう――冷静に状況を把握し、早々に講堂から姿を消した。
間も無く蓮巳は舞台に現れ、寸分の狂いもなく咲く花に、牙が向けられる。
「(……おっと。蓮巳、もう来たみたいだ)」
とはいえやはり想定外のことには弱い、というのが『紅月』の首魁――蓮巳の欠点である。
『紅月』のパフォーマンスを待たずして、掻き乱され続ける舞台を前に、観客の熱気は鎮まることを知らず、燃え盛り次々と侵食していく炎のように講堂じゅうへと伝染していく。
“無法者たち”の参戦を受けた蓮巳は、神崎くんに先導され異様な熱気に包まれたステージにようやくやってきたが――彼がすぐに御しきれる範疇はとうに超えていた。
何やら朔間さんと言葉を交わしていたようだけれど、彼は喧嘩を買うというよりは、覇者として粛々といつも通りに――『紅月』の衣装を纏い、パフォーマンスを行うことを決めたようだった。
朔間さんの思惑通り、対バン形式で相対するかたちとなった『紅月』と『UNDEAD』の白熱していくさまに、私はシャッターを切る。
「(……そういうところ。憎めないんだよ)」
『紅月』は経験したこともないだろうに、この異様なシチュエーションにも即座に対応していく。
彼らは紛れもなくこの半年ほどを支えてきた盤石な生徒会――「秩序」そのものだった。
彼らがいたからこそ支えられたものも、希望を持てたものがあることを知っている。
勿論名の通りの圧政ではあったし、夢を摘むことも失脚させることもあって――私はそれが堪らなくイヤだったのだけれど。
決して「悪」では無いのだと、思っている。
お互いの音を食い合うように彼らは時間いっぱい音楽を奏で、観客を歓喜の渦へと誘っていく。
終盤、蓮巳はようやく朔間さんの企みに気付いたようだったけれど、時すでに遅し。
タイムリミットを迎え、ペナルティを受けないためにも『紅月』と『UNDEAD』の面々はステージから撤退していった。
しかし、『UNDEAD』からバトンを繋ぐように、『2wink』はステージに居残って――熱気止まぬ講堂を、持ち前の大道芸で盛り立てていく。
この後に控える“彼ら”に場を繋ぐためだ。
集計作業中ということもあってサイリウムを紫色に灯しているけれど、ネオンに輝かせたい気持ちでいっぱいである。
彼らの初戦は結果としては苦いものだけれど、しっかりとその存在感を刻みつけた。
きっと、校内でも注目を浴びることだろう。
新進気鋭のユニットは、なにも『Trickstar』だけではないのだ。
写真も上手く撮れたので、それがせめて彼らへの対価になるのならばいいのだけれど。
ともあれ、舞台は整った。
最前列には『Ra*bits』の面々に囲まれたあんずちゃんの姿が見えたので、『Trickstar』も今頃袖に控えていることだろう。
もちろん席を立とうとする無作法なひとはいない。
これから目の前で起きるだろう出来事に、誰もが期待して、胸を躍らせている。
私は何が起こるかは知っているし、自分のことではないのにドキドキして心臓が飛び出してしまいそうだ。
「お待たせしました!本日の主役の登場です〜!」
「謎と神秘に包まれた新進気鋭のアイドル集団!超新星!夢ノ咲学院の革命児たち!『Trickstar』の入場です〜!」
真打登場、というやつである。
『2wink』はパフォーマンスをひと通りおえて、まだ誰も見たことのない星の名を呼んで――あんずちゃんが丹精込めて作り上げた衣装を纏った『Trickstar』の面々を、丁寧にひとりひとり紹介していく。
青と赤に彩られた衣装は、情熱に溢れていて、でもどこか爽快感があって、青春を象徴しているようにも思える。
青春物語は、大好きだ。
一生懸命前を向いて、挫けることがあっても、頑張り続ける男の子はひときわ輝いて見えるから。
陰鬱としていた夢ノ咲学院に新しい歴史が刻まれるその瞬間を、見逃す手はないだろう。
『Trickstar』――輝ける星々。
星は、観測する者が付けた名称なのだから、観るものが居なければそれは星ではないし、輝けない。
この講堂に集った観客こそが観測者となり、彼らに価値を与える。
「(がんばれ、『Trickstar』)」
私も『Trickstar』という星座の生誕を、心から祝福しよう。
この革命でもし、何かが変わるのならば。
――たらればでしかないけれど。
無い未来の話かもしれないけれど。
彼が戻ってきたときに、笑って過ごせる場所になったのならいいなと思うのだ。
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