#45
音の心地良さは一級品。
聞けばひとたびその世界観に引き摺り込まれて、大好きになった。
『曲をつくりたい?』
『そう、つくってみたくて。……だから教えてください!』
――そして、憧れた。
かき集めた言葉や音のすべてに意味があるように、それらが美しく在るように。想いを綴るみたいに五線譜を撫でていく。
大好きな月永の音楽のように。
心の赴くままに。
一曲でもいい。そうやって私の歌を完成させるのが、
世に出す作品でもなし、楽しく興味の赴くままに作って完成したならそれでおしまい。
初心者にしてはまあまあなんじゃないとか、頑張ったなとか、正直そのくらいのコメントは欲しかったけど成果を求めて始めたわけじゃなかった。
そんな及第点のゴールを目指し始めたのは一年生の冬とか、そのくらい。
けれど『Knights』として活動を始めて短い栄華のさなか、疲弊の色が見え始めた頃。
武器になり得る強さを求めてつくりあげた第一作目は王道のアイドルソングから遠のいてしまったうえに、直感的に『強い』印象のあったロックやメタルを真似ただけの破壊音の連なりのような歌で、苦心した割に良い出来とは言えなかった。
そもそも『Knights』の得意なジャンルでもなかったので、誰に言われるまでもなく没にする予定のものだったのだ。
『次』へ繋げるために自分の手で屠るつもりだった。
『うわ。お前、ほんとに作曲してるのかよ』
『作曲家の領分をお遊び半分の素人が犯すなって。時間は有意義に使えよ』
……でもその役割は横取りされてしまって。
私が作曲していることが気に食わなかったらしい同級生のひとりは、勝手に取り上げた楽譜を流し見てはその場にばら撒いて、呆然と立ち尽くす私を一瞥もせずに去っていった。
地に伏せてしまうのは仕方ない。
だって所詮素人がつくった失敗作だし。私の仕事の範疇じゃないし。言う通りだよ。間違ってない、的を得ている。
いや――でも、それでも、頑張って作ったものなので、しゃがみ込んで、散り散りになった楽譜をただ眺めることしかできないのはちょっとだけ悔しい。
「(…………はやく拾おう。……せっかく先輩とお茶する約束したのに、遅れちゃう)」
自分のつくったものを投げ捨てられるのって、罵詈雑言よりも心臓に響くものだ。
……今まで写真やポスターを目の前で捨てられたことはなかった。
「(そっちこそ、私に構わないで時間を有意義に使えば良いのに。時間を無駄にしたのはどっちよ)」
その瞬間は終わったはずなのに、未だ続いているみたいにフラッシュバックし続ける。
咄嗟に吐けなかった言葉たちが思考を侵食していく。何も言えなかった悔しさで体が強張っていく。
地面に散らばる楽譜は虚しく風に揺られていて、今にも飛んでいってしまいそうだ。
……どうして。どうして私が、自分で散らしてしまったわけでもないのに、拾わなきゃいけないの。
意味が無いから?価値がないから?
だったらもう拾わなくたっていいんじゃない。
「(…………あー、もう)」
ただ完成させるという当初の目的よりも。
もしかしたら彼らの武器になるかもしれないからと期待して夢をみて、つくっていた。
でも絶対に武器になんかなりやしない。
精々場を和ませられるかどうか、くらい。
それも今の空気感では若干危ういだろう。
どんな曲をつくったって醜態を晒すだけだ。
じゃあ――私はなんのために。
意地になって、歌をつくるのだろうか。
***
オレンジが間借りした晴天に気の早い月がうっすら浮かんでいる。
アポイント先から戻った校舎からは防音設備の整っていない部屋や空き教室での歌唱練習が混ざり合って、様々な歌声が聞こえてくる。
喜ばしいことに今の夢ノ咲学院ではそれが日常の音。
更に入り混ざる部活動や委員会の活動に励む声を潜り抜けて、目的地へ急ぎ足。
けれどそのなかにひとつを見つけてしまったので、最短ルートを逸れてなぞっていく。
道すがらユニット活動に勤しむ後輩たちの姿を眺めて、最上級生っぽく微笑ましそうにしてみたりもして。
「(……絵に描いたような青春だ)」
校舎の壁に雑多に書かれた痕跡と見えない音符を辿って行き着いたのは校舎からは死角の木陰。
――やっぱり。ご機嫌な様子で楽譜に筆を走らせている月永に思わず頬が緩んで、そばに寄っていく。
作曲に没頭しているから特に反応を期待したわけでもなかったが、ひらひらと手を振ってみれば当たり前のように彼はこちらを向いた。
「なんだ、敵情視察か〜?あいつらがおまえにスパイっぽいことさせるとは思えないけどっ!」
「スパイが正面から手ぇ振らないでしょ」
「それもそっか!じゃあ、隣座れよ」
「うん。お邪魔しまーす」
五分やそこらの休憩なら問題ないだろう。
それに見つけてしまったものは仕方がない、と浮つきながら、教科書が無い分少しだけ軽い鞄を枕に寝転べば、視界の斜め上でオレンジの髪束が楽しそうに揺れている。
つい数秒前まで話していたのに意識はとっくに楽譜へ向かっているようだ。
隣り合って各々作業に没頭することは、それなりにあったと思う。
まあ私が勝手に月永のそばを陣取っていただけなんだけど――あまりにも昔と変わらない風景につられて安堵して、気が抜けて、微睡んでしまいそうになる。
瞼を閉じればいよいよ本格的に睡魔に襲われて、危険信号がチラつき始める。これは五分じゃきかなくなるやつだ。だめだめ、やるべきことは山積みだっていうのに。
「(戻ったら楽譜印刷して、アレンジ案まとめて……あんずちゃんに衣装とステージ設営の進捗確認。別件のメールと電話の折り返し。諸々の報告書もそろそろ取り掛からないと……)」
正しく変わらないものはきっとない。
景色も、風向きも温度も、似ているだけ。
月永が紡ぐ音は『Knights』のためであっても――【ジャッジメント】で『敵』を演じるためのモノ。
私がかき集めているのは月永を倒す武器たち。
平凡に隣り合う私たちは互いに刃を向け合う準備をしている真っ最中なのだ。
“『Knights』は五人体制で再スタートした”
それじゃダメだったのかと少しは考えてしまったが、月永の感情の一切を無視した私だけに都合の良いシナリオは当たり前に存在しない。
「ねー、月永ぁ」
「ん〜?」
「あら、聞こえてた。呼んだだけだよ」
「なんだよ、気になるだろ〜」
作曲中にも私の声が意識のうちに届くとはとんでもない再会ボーナスもあったもので。
薄く目を開けば、夢で見るよりも数百倍鮮明なオレンジと青が視界を占拠している。色合いがなんとも夏っぽくて好きだ。もうすぐ夏は終わってしまうけど。
「……眠いのか?」
「……ちょっとだけ。心地良い気温だしね」
「たしかに昼寝には絶好の天気だしな〜……、う〜、なんかおまえの顔見てたらおれまで眠くなってきた!」
ごろんとそのまま隣に寝転がってきそうな月永は草や土で汚れるとかを気にしていないのだろう、すかさず自分の枕もとい鞄を月永の頭の下に滑り込ませる。
「おぉ、ナイス鹿矢……⭐︎」
「ナイスじゃないよもう」
瀬名であれば深いため息を吐いたのち、髪や制服が汚れるとかでガミガミお説教コースだったに違いない。一ミリくらい私の優しさに感謝してほしい。
そして流れるように差し出されたのは寝転んだ月永の懐で、こっちへ来いということなのだろう――が、膝枕ならまだしも腕、とは。
いつぞやのあんずちゃんの指を舐めていた凛月よろしく絵面が危ない気もするけど。
「満足したら解放してやるからさ、おれの休憩に付き合ってくれよ」
仕舞いには、男前を絵に描いたような台詞を吐くものだから。負けを認めざるを得なくなってしまう。
「はあ、軽率にそういう事を言う……」
「ふふん。ときめいたか?こういう漫画好きだっただろ〜、目ぇ輝かせて読んでたから覚えてる!」
「そりゃあときめきますけど〜。腕枕とか世の全女子高生が憧れるシチュエーションだし」
「腕枕が?」
「半分くらいは多分。いや、四分の一くらいかも」
急に自信ないな、と笑う月永に引かれて倒れ込んだ先は懐のどまんなか。
まあまあな至近距離で目が合って不思議な心地だ。
……ああ、月永が、そこにいる。もう再会して何日も経っているはずなのに、こうして触れていると改めて実感して、脳が焼かれてしまいそうだ。
「わはは、鹿矢がいる……⭐︎」
「……いるよー」
確かめるみたいに伸ばされた指は私の髪をさらりと掬う。
……もしかしたら一度くらいは月永も私のことを夢に見ていたりしたのかもしれない。とか。調子に乗ってみたりして。
「満足しても野に放たないでね」
「当たり前だろ。おれをなんだと思ってるんだ……ていうか、おまえ実はときめいてないな?」
「あはは、超ときめいてるときめいてる」
校舎からは良い感じの死角で――この場所は滅多に人が通らないし、短時間であれば誰の目にも留まらないだろう。
清々しいほどの月永イズムを眼前で浴びてしまえば、少しくらいならいいかと瞼を伏せる。
……眠くなってきたとか言ってたのに鼻歌うたってるし。
でも、子守唄のつもりなのかもしれないから、ありがたく享受して夢に浸ろうか。
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